第660話
イザベルの野営地。
戻って来て、テントから少し離れ、周りにじっと集中。
よし、誰も居ない。
そっと落ち葉をどけて、木の根本を掘る。
大事な大事な、金の隠し場所。
靴の代金に10枚くらい。余裕を持って、15枚。
何かあった時の為、服の補修などに使えるよう、15枚。
30枚を別の小袋に入れて、地面に埋める。
この30枚は絶対に使ってはいけない。
残りの金貨、86枚。
これで指輪とネックレスを揃えねば。
控えめかつ、それなりに華はあるが、前に出過ぎない物。
家臣として恥ずかしくなく、しかし周りを食ってしまわない。
執事曰く、トパーズであれば安く揃えられるそうだが・・・
(実際の値が分からんな?)
大体、この田舎町で揃えられるか?
控えめ、控えめ。石は小さくても良いか。
細工もシンプル目に。
かつ、安く見られない物・・・難しい。
(店の者と相談するか)
よし、と金貨の袋をポケットに突っ込んで、さーと森を駆け抜けていく。
----------
職人街、宝飾店。
「う、ぷぁー!」
「あ! 大丈夫ですか!?」
ぱたぱたと店員が駆け寄ってくる。
「ううむ、すまぬ・・・平気ではないが、平気だ。
この職人街の、革なめしの臭いがたまらんだけよ」
ふうー、と息をついて、イザベルが顔をしかめて立ち上がる。
くす、と店員が笑って、
「ああ。獣人族の方ですときついですよね。ふふふ」
「堪らん! ふぁー・・・助かったわ・・・」
「あの、お間違いでしたら、失礼ですけど」
「なんだ?」
「イザベル様ですか? トミヤス様のご家臣になられた」
「む。いかにも・・・もう知れておるのか?」
「うふふ。最近、青い顔をした獣人族が職人街を走り回ってるって」
イザベルが気不味い顔をして目を逸らす。
「ううむ・・・」
「古物屋さんでお倒れになられたとか」
「そうだっ! あんなに臭いとは、知らんかったのだ・・・」
「うふふ。それで、今日はお買い物ですか? 避難ですか?」
「ええい! 買い物だ! もうやめてくれ!」
「はい。どのような物をお探しですか?」
イザベルがぷんぷんしながら腕を組んで、
「むうん! トパーズだ! 黄色の物! 指輪とネックレス!
あまり攻めすぎない程度で、それなりの物!」
「あら・・・それは難しいですね」
「ううむ・・・やはり難しいか」
「ええ! イザベル様は、お顔で攻めておりますもの! お綺麗な顔!」
「ふん! そんな安い世辞で我の機嫌は直らんぞ!」
「まあまあ、お気をお鎮めに。こちらへ」
ふん、と鼻を鳴らして、店員の後に付いていく。
「実際の所、着ける方の容姿や立ち居振る舞い、ご性格・・・
それで、デザインの派手さ、地味さも大きく変わって参ります」
「ふうん! そうか!」
「うふふ」
連れて行かれた、指輪の棚。
「例えばこちら。さ、お手を」
イザベルが手を差し出すと、店員が指輪をはめ、同じ物を店員がはめる。
手を並べて、
「私の指輪。イザベル様の指輪。同じ物です」
「うむ」
「ですけど、簡単に見て、目立ち方など違うと思いませんか?」
「そうであるな」
「このように、身に着ける方によって、同じ物でも見え方が変わってきます。
選び方も変わってきますから・・・」
「ふうむ・・・」
「攻めすぎず、かと言って、控えめに過ぎず・・・
ご家臣と・・・やはり、トミヤス様の護衛や、警護などを?」
「と、考えておるが、マサヒデ様に我の護衛など必要ないか。
我など手も足も出ぬ始末であるし・・・壁にはなれようか」
「うふふ」
店員がイザベルの指輪を外して棚に戻し、手を取ったまま、顔を見つめる。
イザベルの手を見て、もう一度顔を見て、一歩下がって、もう一度。
棚から指輪を取る。
「私の見立てですと、こちら」
ん? とイザベルが首を傾げる。
デザインはシンプルだが、石が少し大きく見える。
「んん? ううむ、石がやや大きく見えるが・・・」
「はめて見ますと・・・」
店員がイザベルの指を取ってはめる。
自分の指にもはめる。
「ほら。イザベル様には、違和感はございませんでしょう?
私では浮きに浮いて、宝石が攻めて前に出過ぎますけれど」
くる、くる、と手を回す。
確かに。地味なデザインという所もあるが、浮いては見えない。
はて、と店員の手を見れば、浮きまくっている。
「ううむ・・・参った」
「うふふ! 参っただなんて!」
うむ、と頷いて、
「先程の非礼を詫びよう。見事な目である」
「お褒め、ありがとうございます」
「これはいくらであろうか」
「金貨30枚です」
「30枚? トパーズは安いと聞いたが、この大きさで30枚か」
「ええ」
「これがシトリンであれば如何ほどするであろうか」
「シトリンですか! ううん・・・倍は軽く超えますね。
最高品質になると、この大きさで・・・何倍になりましょうか・・・」
「何? 高いと聞いたが、それほどか」
「シトリンは数だけはあるんですよ。数珠なんかにも入ってたり。
でも、本格的な宝飾にするとなると別。選定がすごく厳しいんです。
質の良い物が非常に少なくて、それはもう貴重な宝石なんです」
「ほう? 適当な質の物は意外とあるのか?」
「ええ。露天の銀貨数枚程度の安いブレスレットについていたり」
「何? そうなのか? ふうむ・・・」
「シトリンにご興味が?」
「いや。実は、我が家の宝石はシトリンと決まっておってな。
されど、金がないゆえ、同じ色のトパーズを探しに来たのよ」
「へえ・・・イザベル様のお家には、何かシトリンに謂れでも」
ふ、とイザベルが笑って、指輪を外してケースに入れ、手に取る。
「謂れはあるが、実に下らん謂れだ」
とん、と指で目の下を指差し、
「ほれ。目が黄色いからよ」
「うふふ」
「ふふふ。だから、同じ色であるトパーズで良いのだ。
何ならイエローダイヤモンドでも良いな!」
「あら! シトリンを超えてしまいますね!」
「ははは! うむ、ネックレスも任せるぞ!
お主の目は見事だからな!」
「はい。お任せ下さい。
でも、お家の石がシトリンでしたら、トパーズは良い選定ですよ」
「色が同じだからか」
「いいえ。シトリンは黄色の水晶です。ご存知ですか?」
「ああ」
「トパーズは水晶の親戚なんですよ」
「何? そうだったのか?」
「ええ。6角形の結晶が水晶。4角形の結晶がトパーズです」
「それは知らなんだ・・・」
店員がネックレスを順に見ていきながら、
「トパーズは凄く硬いんですけど・・・」
これでもかという大きな石のネックレスを取り、上下に指で挟み、
「この向き。縦向きに当たってしまうと、簡単にぱきんと割れます。
竹のようなものですね。これが水晶との違いです」
「縦には割れやすい。竹な・・・ううむ、なるほど。気を付けよう」
店員がネックレスを戻し、指差しながら歩いて行く。
うん、と店員が頷いて、涙の形の石が着いたネックレスを取る。
石は小さいが、石を囲む銀の装飾がやや派手に見える。
黄色に近いが色味が違う、オレンジに近い色。
「これはインペリアルトパーズ」
「インペリアル。王宮、王室」
「そして、最上級の、威厳を持つ、という意味の・・・」
店員がそっとイザベルの首に手を回し、にっこり笑う。
「うん。黄金色の瞳。威厳ある立ち居振る舞い。イザベル様にはぴったり。
この色のトパーズは少なくて、当店にはこの程度しかありませんけど」
「いくらか」
「50枚でいかがでしょう」
「買おう」
店員が頷いて、ネックレスを外して箱に入れる。