第659話
冒険者ギルド、食堂。
マサヒデ達が定食をつついている。
「マサちゃん、厳しかったねえ」
「何がです?」
「イザベル様ー! 弱い、弱いって」
「実際、弱いんですから。私は幇間稽古はしません」
「うーん。ちょっとかわいそう」
シズクががぶっと肉の塊をかじる。
「カオルさんはどう見ました」
「ご主人様のおっしゃる通り。成っていません。
ただし・・・身体の使い方。これもご主人様のおっしゃる通り」
「でしょう? 少しの手直しで、あっという間に良くなります」
「はい。細かな所に、鍛えた動きがしかと見られます」
「なのにあんなに弱い。何故だと思います?」
「やはり身体に傾きすぎ?」
「うーん・・・」
カオルとシズクが首を傾げる。
「カオルさん、半分正解。傾きすぎなだけ。それも半端なく酷い。
端々に鍛えた動きが見える。が、学んだ技術が全て死んでいる。
それを身体能力に依存するあまり、全部殺している。
所々に技術が見える。死んだ技術が折角の身体を引っ張ってしまっている。
身体も技術も互いに殺し合っている。ここまで酷い者は見たことがない」
「うーわー! マサちゃん厳しーい!」
ふ、とマサヒデが苦笑いして、
「ま、ここまで来られたのも、身に着けていた装備の良さと、お供の方々のお陰でしょう。戦っても、身体だけで押していけたから。それで更に身体だけに傾いていった。まあ、こんな所ではないですかね」
「疑問があります」
「む、カオルさん、なんでしょう」
「何故、ファッテンベルクがそんな教えを」
「私もそこを疑問に思いましたが・・・
イザベルさんが家に連絡した時、ほら、私が家が許してくれるか聞いた時」
「はい」
「イザベルさんの返答、覚えてます?」
「武を磨く為であれば、家の名誉など、という・・・」
「いえ、そこではない。
お父上に、好きにしろ、投げられていると言った所」
んん? とカオルとシズクが首を傾げる。
「まあ、推測でしかないですよ。
お父上も、イザベルさんの悪い所は分かっていたんじゃないですかね。
いくら教えても、いつまで経っても身体任せ。分からない。
教えた技術を殺し、殺した技術に変に引っ張られ、身体まで死んでいる。
こりゃ武術は駄目だ、もういいや、と投げられたのでは?」
「なるほど、それで」
「兄上はどんな武術家相手にも、引けを取らない強さと聞きました。
同じ狼族、同じ家で稽古を受けているのに、この差はちょっと考えられない。
もう才能云々の差ではありませんよ。
実際、身体は優れたものがある。
あの力。俊敏性。鋭い五感。勘の良さ。
なのに、冒険者相手に簡単に負けるほど弱い」
「ううん・・・」
「勇者祭は良い機会。お供もつけておけば、イザベルさんならまず死なない。
痛い目を見て来れば、武術の道は諦めるだろうって所じゃないですか。
学の道に行かせて軍の文官辺りにするか、何処かに嫁に出すか。
どちらにしても、諦めて大人しく聞くだろうって感じ」
ごきゅん、とシズクが口の中の物を飲み込み、
「そっかあー」
と頷く。
マサヒデがにやっと笑って、
「が、ここで大事件。大きく事情が変わった。私が主になった。
私の命令を何でも聞くようになってしまった。
どんな教えも素直に聞いて、言われるまま。
では、私が命令を出してみよう。素直に聞いていけば・・・」
「簡単に、大きく伸びる」
「その通り。使えていないだけで、既に技術は叩き込まれている。
軽く手直しするだけで、どんどん伸びるのでは?
魔族と人族の覚えの早さは関係ない。
だって、もう技術は叩き込まれているんですから。
さて、教える所は? 身体に傾きすぎないことだけ。
簡単に言えば、余計な力を抜くだけ。たったそれだけ。技術でもなんでもない」
くす、とカオルが笑って、
「楽しみですね」
「ええ。家に戻ったら、お父上も驚くのではないですか?」
「ふふ。もう驚いているのでは?」
「何をです」
「ご主人様が主になると連絡が届いているはず。
近々、あちらからお返事が届くでしょう」
む、とマサヒデが顔をしかめて、
「そうでした・・・また面倒ごとにならないでしょうね・・・
そう言えば、陛下にも連絡するとか言ってましたよね」
ぐっとシズクが身を乗り出し、
「本当に凄い事なんだって!」
「ううむ、いまいちそこが良く分からないですね。
主になった人が数が少ない、というのは分かります。
でも、まあ珍しいなってだけでしょう? 何が名誉なんだか」
「魔王様の兵士って、狼族だったんだよ!?
この凄さ、分かんない!? 魔王様と同じ家臣を持ってるって事!」
「ええ? 何か酷いこじつけですね・・・
カオルさんもそう思いません?」
はて? とカオルも首を傾げる。
「言われてみれば・・・大名誉だ、ああそうなのか・・・
ううん、それが何故かと理由を考えた事はありませんでした」
「ですよね。珍しい以外の理由がさっぱり」
「魔王様と同じ家臣だよ!?」
「家臣は他にもいるではありませんか。
同一人物であればともかく、ただ同じ種族というだけです。
それに、他の種族の方だって、たくさんいるでしょう?」
「ん? あれ? そういえば、そうか・・・あれれ? じゃあなんで?」
シズクも首を傾げる。
「ね? 分からないでしょう? 珍しい、しか理由がないんですよ」
「うーん・・・なんで?」
マサヒデは肩を竦め、
「さあ? さっぱり。珍しいというだけで、陛下に連絡するほどですかね。
そんな事はないはずです。となると、何か他にあるんでしょうが・・・」
「奥方様に聞けば分かるでしょうか?」
「どうでしょうね? マツさんも、数少ない! これは名誉だ!
としか言ってませんでしたし・・・理由、知ってますかね」
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マサヒデ達が首を傾げ、さあそろそろ、と立ち上がった時。
「カオルどっ、カオルー!」
イザベルの大きな声。
食堂の皆が驚いてイザベルを見る。
「む」
険しい顔でイザベルが歩いて来て、カオルの前に立つ。
「なにか・・・」
ば! とイザベルがカオルの肩を掴み、
「時間がある時で良い。我に化粧を教えてくれぬか」
「はっ?」
予想外。化粧?
なんだ? とマサヒデとシズクが顔を見合わせる。
「我は自分で化粧をしたことがない。頼む」
「・・・」
「どうか。頼んで良いか」
「はあ・・・」
「そうか!」
「化粧品は?」
「いや、まだない。これから買ってくるゆえ」
「左様で・・・では、お買い上げになりましたら・・・」
「おお! 助かる! では!」
くるりと振り向いて、イザベルは食堂を出ていった。
はー・・・とシズクが食堂の入り口を見つめたまま、
「お化粧、な・・・歌舞伎役者みたいにならないだろうな?」
「う、ううむ・・・」
マサヒデが首を傾げ、
「冒険者仕事ですよ。化粧なんて滅多にしないでしょうに。
必要な時は美容室、で良いのでは?」
「ええ・・・」