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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十六章 救国の者
658/756

第658話


 冒険者ギルド、訓練場。


 稽古着に着替え、長い木剣を持ったイザベルが重い戸を開ける。


「おお・・・」


 想像以上に広い。天井も高い。

 マサヒデは、こんなに高い天井まで、シズクに飛ばされたのか!


 弓を射っている者。

 人形に向かって剣を振る者。

 魔術を練習している者。クレール様もいる。

 そして・・・


(ああっ!)


 マサヒデ様がいる!

 わきわき。

 駆け出したい気持ちを押さえ、ぴし! と襟を正して歩いて行く。


 マサヒデは2人1組の立ち会い稽古の中を「違う!」「背中を回す!」と大きな声で怒鳴りながら、びしびし指導している。


 ああ・・・厳しそうだあ・・・

 にやにや。


「む」


 マサヒデがこちらを向いた。

 目が鋭い。

 やはり稽古中は違うぞ!

 にやにや。


「やめ! 一旦休憩!」


 ふう、と冒険者達が息をついて、剣を止める。


「イザベルさん! こちらへ!」


 マサヒデの目が、いつもの目に戻った。


「は!」


 たたた・・・

 マサヒデが苦笑しながら、


「何をにやにやしているんです」


「あ、あ」


 ぺちぺち、と顔に手を当てる。


「初めての訓練場で浮かれていますか」


「は、は!」


「ふふふ」


 やれやれ、といった顔でマサヒデが冒険者達の方を向き、


「皆さんに紹介します。こちら、イザベルさん。

 既に知っている方もいるでしょう。

 エッセン=ファッテンベルク家の方です」


 決めねば!

 ぴ! 背筋を伸ばし、腹から声!


「イザベル=エッセン=ファッテンベルクである!

 皆の者! 宜しく頼む!」


 ばしん! とマサヒデがイザベルの頭をはたき、


「貴方は皆さんの後輩です! 貴方は下! 皆さんが上!」


 そうだった! 90度に礼!


「は! 皆様、無礼をお許し下さいませ!

 イザベル=エッセン=ファッテンベルクでございます!

 宜しくお願い致します!」


「全く・・・まあ、宜しい。

 この通りの方ですが、彼女には貴族として接しなくても構いません。

 ファッテンベルクは武門の家。

 武の為であれば名などいらぬという家。

 武術の前では身分など関係なし! 名などいらぬ!

 そう言って、イザベルさんは、武術を磨くためにここに来ました。

 そして、武術修行の為、全てを捨てて平民の私の家臣になりました。

 ですが・・・」


 ぱん、とマサヒデが竹刀を手に置き、


「はっきり言って、剣術は弱いです!

 皆さんの方が遥かに上です!」


 頭を下げたまま、ぐ! とイザベルが目を瞑る。

 私の剣術は1点!

 私の剣は赤子の剣!


「ただし! 馬術だけは一級以上です!

 トミヤス道場の代稽古に選ばれる程の腕です!」


 トミヤス道場の代稽古!?

 おお! と冒険者達から声が上がる。


「馬術の稽古をしたいと思ったら、一度イザベルさんにご相談下さい。

 ただ、イザベルさんは、まだ馬を用意出来ていません。

 また、全財産を実家に送り返した上に、まだ冒険者見習い。

 そして、家からの仕送りも禁止しています。

 貧乏です。しばらくは忙しく、時間を取れないかもしれません。

 しかし、運良く馬術の稽古を受けられたら、凄いものが見られます」


 凄いもの・・・どんな馬術なんだ・・・

 冒険者達が顔を見合わせ、さわさわと囁く。


「さて。実際に彼女がどのくらい弱いか、見てもらいますか。

 ええと・・・」


 マサヒデが冒険者達を見渡し、1人の冒険者に目を止めた。


「ソウジさん! こちらへ!」


「はい!」


 獣人族・・・犬族の男だ。


「イザベルさんは狼族。ソウジさんとは身体能力も全然違います。

 実際、物凄い力と瞬発力がありますが・・・

 さて。ソウジさん、彼女と立ち会って下さい」


「えっ・・・トミヤス先生、本当にやるんですか?」


「はい。そうですね・・・うん、ソウジさんなら7割で勝てるでしょう」


「は!? イザベル様は狼族では!? ファッテンベルクでは!?」


「はい。でも弱いです。ソウジさんの腕なら余裕です。

 イザベルさんは頑丈ですから、寸止めは要りません。

 打ち込んでしまって構いません」


「は・・・」


「さ、イザベルさん。頭を上げて」


「は!」


 マサヒデが下がり、2人の得物を指差し、


「見ての通り、イザベルさんの得物は長剣。

 実際の所、真剣の大剣でも振り回せる力はあるでしょうね。

 ま、結果は見てもらえば分かるでしょう」


 マサヒデがイザベルの方を向き、


「イザベルさん。相手は片手剣ですよ。

 あなたなら、片手剣と同じ速さで長剣を振れますよ。

 勝って当然の勝負です」


「は!」


「では、構え!」


 ソウジが下段に。

 イザベルが中段に。


「はじめ!」


 突く! と一瞬引いた所に、剣の横にソウジの顔。

 あ、と思ったら下から斬り上げが伸びてきて、イザベルの顎の下。

 一瞬で決まってしまった・・・


「そこまで!」


 マサヒデが歩いて来て、がっくりと肩を落とすイザベルの横に立つ。


「ソウジさん、結構本気でしたね。

 狼族と聞いて、力が入ってしまいましたか」


「は・・・申し訳ありません」


「7割でも勝てそうだったでしょう」


 ソウジが気不味そうに目を逸らす。

 イザベルの背中ががくん、と重くなった。


「まあ、こういう事ですが・・・」


 くい、とマサヒデが竹刀でイザベルの木剣を持ち上げ、


「見ての通り、イザベルさんの剣は、剣術ではない。ただの剣です。

 ですから、心得のある皆さんには、逆立ちしても勝てないでしょう。

 しかし、このただの剣が剣術になったら・・・分かりますね」


 ぽん、とマサヒデがイザベルの肩に手を置く。


「皆さん、遠慮は要りません。稽古の際は、びしびしお願いします。

 イザベルさんのなまくらな剣を、剣術にしてあげて下さい。

 魔の国一の武門の家、ファッテンベルクをこのギルドで磨きましょう。

 地は最高級です。ほんの少し磨くだけで、恐ろしく輝きはじめるでしょう」


 ふ、とマサヒデが笑って、


「ファッテンベルクがこのギルドで稽古して輝いた!

 一体、誰と稽古して輝いた!? その名誉を勝ち取って下さい!」


「「「はい!」」」


 うん、とマサヒデが頷いて、


「では、ソウジさん。今日はソウジさんが相手をしてやって下さい」


「はい!」


 マサヒデがイザベルの背中をそっと押す。

 消沈したイザベルに微笑んで、


「ほら。赤子は覚えが早いものですよ。行きなさい」


「は、はい! 行きます!」


「あの握りを忘れずに」


「あ! 奥義!」


 マサヒデが慌てて口に人差し指を当て、


(しー、しー・・・伝授は秘密です)


(はい)


 んん! とマサヒデは咳払いして、


「良く聞いて下さい。人族と魔族の覚えの早さは違うでしょう」


「あ・・・そうでした・・・」


 イザベルがまたがっくりと肩を落とす。


「最後まで聞きなさい。技術は既に家で叩き込まれているでしょう。

 もう覚えているから問題ないんです。身体に頼りすぎない事、これだけ。

 あっと言う間に磨かれていきますよ。

 あなたは最高級の宝石の原石なんです」


「はっ、はっ、はいっ! ソウジ殿ー!」


 消沈した顔から一転、ぱっと顔を明るくして、イザベルが走って行った。

 浮かれて走るイザベルの背中を見て、マサヒデが苦笑する。


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