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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十五章 初めての道場、初めての仕事
653/760

第653話


 商店街、高級店地区。


 執事と店主が張り合っている。

 店の入り口で、イザベルがはあはあと息を切らせてしゃがみこんでいる。


「お客さん、もうちょいまからん?」


「では失礼」


「あー待った待った! これでどう?」


 さらさら・・・


「失礼致しました」


 さらさら・・・


「おおまけにまけて!」


「ううむ・・・まあ、譲って・・・いや、本日はこれで失礼」


「厳しいなあ! これが限界! 限界の限界!」


 さらさら・・・


「むう、まあここで譲りましょうかな。では伝票を」


「やるなあ、お客さん」


「場数は踏んでおりますので」


「ううん・・・参った! ほなら金持って来ますわ」


「お待ちしております」


 すたすた・・・


「イザベル様。売却が終わりました」


「ふうーっ・・・終わったか・・・」


「こちらが伝票。半額で、イザベル様の取り分は217枚」


 差し出された伝票を確認して、イザベルが頷く。


「ううむ、217枚。これは稼げた。良い得物を揃えられそうだ」


「此度は得物でなく、服と宝飾を揃えなさった方が宜しいかと」


「服? 宝飾?」


「財産一切をお送り返されたとお聞きしましたが」


「ああ」


「マサヒデ様がパーティーに出る際、イザベル様はどうなさいます。

 いつもお留守番で?」


「む」


「イザベル様ご自身も高名な家の出。お誘いもあるかもしれませぬぞ。

 毎回、服がないからとお断りに?」


「ううむ・・・そうだ、そうだった・・・」


「ドレスではなく、紋付袴で揃えると宜しいかと。

 香りは香水でなく、匂い袋で揃えられませ。

 匂い袋であれば、御用達などの特別品でなければ、高くて金貨数枚。

 安ければ銀貨数枚」


「何? 匂い袋はそんなに安い物なのか? 知らなんだ」


「いかにも。服と一緒に箱に入れておけば、香りが移って香水いらず。

 それから、ドレスではいざと言う時に動けますまい。

 サダマキ様、シズク様もそこを考えて羽織袴ですぞ」


「そうであったか。いや、そうであらねば。我もそうするか」


「動きやすさで言えば、スーツも宜しいかと思います。

 スカートでなく、パンツスーツにて」


「ふむ。お二人共が和装であるし、それも良いか・・・」


「ぎりぎりまで使わず、手入れや手直し用に少し取っておきなされませ。

 200枚を目安にで宜しいでしょう」


「うむ。助言、感謝する」


「出来上がりの際には箱入でしょうが、箱もしかと確認なさいませ。

 湿気に弱い箱ではすぐに傷んでしまいますぞ」


「うむ。おお、そうだ。宝飾に助言はあろうか」


「黒、赤、青は避けた方が宜しいでしょう。

 マツ様、クレール様、シズク様と被ります」


「むうん、その点は大丈夫だが・・・この町に黄水晶はあろうか・・・

 我が家の宝石は、大体黄水晶で揃えてあるな」


 ううむ、と執事が首を傾げ、


「黄水晶・・・シトリンは・・・あまりないでしょうな・・・

 それに、シトリンは値が張りますぞ」


「ううむ・・・」


「黄色の代表格と言えば・・・そうですな・・・

 トパーズ、琥珀・・・ガーネット・・・

 うむ、トパーズが宜しいかと存じます。

 値の割に美しい物が揃えられますぞ」


「トパーズか」


「石言葉は、誠実。潔白」


「おお! 家臣にぴったりではないか。よし、我はトパーズで選ぼう」


「和装、スーツであれば、ヘッドドレスは必要ありますまい」


「であるな。指輪とネックレスだけで良いか・・・

 どのような形にするか・・・家臣たる者、目立つ物は避けた方が良いな」


 2人が宝飾であれこれと喋っていると、店主が戻って来て、


「お待たせしました! ご確認下さいませー!」


「む。しばし、失礼致します」


 と、執事がカウンターに戻って行った。

 意外と早く終わったので、まだ日は高い。

 まずギルドに完了報告。

 クレール様にも無事済んだと報告せねば。

 服は早く仕立てておかねばなるまい。

 旅の途中にも誘いはあったし、いつ呼ばれるか分かったものではない。


「はあ・・・助かった」



----------



 冒険者ギルド、受付。


「あ! イザベル様!」


 受付嬢の元気な声。


「済んだぞ・・・無事、済んだ」


 疲労困憊のイザベルが依頼書を出して、のっぺりとしゃがみ込む。


「うわあ、イザベル様がそんなにお疲れになるなんて・・・

 大変だったんですねえ・・・お疲れ様でした!

 依頼者のサイン、よし! ではイザベル様、こちらにサインを」


「うむ」


 立ち上がってペンを受け取り、さらさらと名を書く。


「はい! これにて完了です!」


「終わったか! ああ、疲れた・・・いや、大変であった!

 何往復したであろうか・・・途中で死ぬかと思った。

 走りながら、目眩がしたぞ」


 ちらちらと受付嬢が周りを見て、ぐっと身を乗り出し、


(おいくらになられました?)


 イザベルが膨らんだポケットをぽんぽんと叩き、


(金貨で217枚だ)


「ええーっ!?」


 ぱ、とイザベルが受付嬢の口を押さえて、顔を近付けて囁く。


(いや、これで服を揃えねば。主のパーティーに合わせた服だぞ。

 それですっからかんになるわ)


(えっ? お七夜のパーティーはそんなものではありませんでしたけど)


(この町の者だけの、身内のパーティーであったのであろう)


(そうですけど)


(聞いたぞ。マサヒデ様は国王陛下ともお言葉を交わす仲であろう。

 個人的なお手紙も、しょっちゅう送っているそうではないか)


(あ、よくここでお手紙を・・・あ、あっ、あっ)


 うむ、とイザベルが頷き、


(で、マツ様は元王宮魔術師。クレール様も、本来は国賓待遇の身。

 さあて、先日、お子のお七夜の祝宴があったぞ。

 これが国王陛下の耳に入るぞ。さあ、どうなると思う?)


 こく、と受付嬢が喉を鳴らして、


(まさか・・・お城で・・・)


 イザベルが頷く。


(贈り物で済めば良い。だが、祝宴を開くとなればそうなる。

 で、我は欠席か? 理由は? 服がないから? 恥ずかしいと思わぬか?

 そのような家臣を持つマサヒデ様は、何と思われようかな?

 家臣の服も揃えられぬ主か。我のせいで鼻で笑われる事になるわ)


(・・・大変ですね・・・)


(恐らく、マサヒデ様はここに気付いていなかったのであろうな。

 此度の依頼は、クレール様が気を回しつつ・・・我を試されたのよ)


(試された?)


(この依頼を失敗し、服を揃えられねば、我はクビであったという訳だ)


(き、厳しい・・・)


(だが、おかげで何とか助かった。クレール様に感謝せねば。

 此度のお試しを合格する事が出来て、まだ家臣でいられるのだ)


 ふう、とイザベルが息をついて、乗り出した身を戻し、


「今回はそなたの助力もあって何とか助かった。

 裏の搬入口を開けてもらえねば、失敗しておった」


「ううん・・・これからも頑張って下さいね!」


 イザベルがちゃりっと金貨を1枚出して、ぱちんと置き、


「これは、そなたへの礼と、倉庫へ案内してくれたメイドへの礼だ。

 あのメイドが水と飯を用意してくれたゆえ、我は走る事が出来た。

 2人で美味い物でも食ってくれ」


「えっ!? ええーっ!? こんなにー!?」


「構わん。あと何枚あると思う。まあ、明日には全部飛んでしまうだろうが」


「全部!? ふぇー・・・」


「王宮に行くかもしれんのだぞ?」


「ひぇー・・・」


「では、クレール様にも報告せねばならぬゆえ、本日はこれで」


「お疲れ様でしたーっ!」


 イザベルが振り返って、ぐったりと疲れた肩を落として出ていった。

 受付の上に、まばゆいばかりの1枚の金貨。

 さ、と握りこんで、ん、ん、と周りを見渡す。

 あのメイドは・・・いる。


「メイドさーん!」


「はい」


 かつかつ・・・


「なにか?」


 受付嬢が口に手を当てる。

 む? とメイドが顔を近付ける。


(今晩、空いてますか?)


(は?)


(イザベル様が、ご褒美をくれましたよ)


 ちょいちょい、と受付嬢が小さく手で招いて、膝の上を指差す。

 ぐぐぐ・・・とメイドが覗き込む。ちら。

 う! 金!? 金貨! ご褒美が金貨!?


(秘密ですよ。あの依頼の成功報酬、金貨で217枚だったんですって)


(え!?)


(2人で美味しい物をって)


(美味しい物・・・って・・・)


(ブリ=サンク、一緒に行きませんか?)


 ちらちら・・・こくり。


(参りましょう)


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