第652話
早朝の町中をイザベルが突っ走る。
両脇に一杯の荷物を抱え、揺らさぬよう、ぶつからぬよう・・・
あの山を本日中に!
しかも高級店が並ぶ通りは、町の反対側!
さささ! と通りを歩く人の隙間を抜けて、
「うお!?」「げえっ!?」「何だあっ!?」
と、声が上がる。
ぶつかってはならぬ!
ずざーッ!
「ふぁっ!」
執事がにっこり笑って、
「おお! イザベル様、お懐かしゅう」
「急ぐ! どこへ置く!」
「こちらへ」
ふわりと執事が懐から風呂敷を出して地面に広げる。
イザベルがそっと荷物を置いて、懐から依頼書を出し、
「確認願う! 私が依頼の指名者、イザベルだ!」
執事が懐から依頼書の写しを出して、さっと目を通し、
「確かに」
「では!」
さー! とイザベルが走って行った。
「ははは!」
執事が腹を抱えて笑った。
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ばたん! さー!
(次、次!)
ぱぱぱ!
(よし、武具ではない)
さささ!
蓋を閉めて、両脇に抱え、また駆け出して行く・・・
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その頃、魔術師協会。
マサヒデ達はギルドに稽古に行った。
マツとクレールが一服中。
クレールがイザベルの慌てる姿を想像して、くすくす笑う。
「クレールさん、どうしたんですか?」
「んふふ・・・イザベルさんのお金の問題、解決しますけど・・・」
「あ、何か良い考えでも?」
「はい! イザベルさんが依頼をこなせたら! ですけど!」
「依頼? 冒険者の依頼ですよね?」
「はい! うぷぷ」
マツがにやにやしながら、にじにじと膝を寄せて、
「どんなご依頼を出されたんですか?」
「んふー、んふふふ! すっごく難しい依頼ですよ!」
「どんな? どんなご依頼?」
「荷物運びです」
「荷物運び?」
クレールが口を押さえて、
「はい! うくく・・・す、す、すごく難しい荷物運び!」
「何を運ぶんですか?」
「贈り物です」
「贈り物? ギルドの倉庫の?」
「はい。あれを全部、手で運ぶ! 今日中に!」
「ええ!? 倉庫一杯って聞きましたよ!?」
「はい! 今、今、イザベルさん、すっ飛んで走ってます! うぷぷ」
「そ、そ、それは酷い! ぷ、くすくす!」
「にひひ・・・割れ物もありますから!
慎重に手で運んで頂きませんと!」
「で? で? おいくらで?」
「売却額の半額! あの量だと、200枚くらいにはなると思います。
良い物が混じっていたら、もう少し。
それなりの服、1着は作れると思います。
少し妥協して、香水の小瓶も良いかと」
「やっぱり、安く済ませるなら和装で匂い袋ですよ」
「あ、そう言えば、カオルさんも言ってましたね!
和装の方が威圧感もあるし、動きやすいって!
イザベルさん、きっと護衛で動きますよね!
マサヒデ様にべったり!」
「そうですよ。匂い袋で済ませておけば、良い物でも金貨数枚ですし。
いくつも買えますよ」
「うんうん、確かに! 和装を勧めるよう、伝えておきましょう!」
クレールが立ち上がって、庭を向いて手をぱん! ぱん! と叩く。
「誰か!」
「は!」
「依頼完了時に、和装を勧めるように伝えてきなさい!」
「は!」
よし、と座って、湯呑を取る。
「これで良いですね!」
「はい。大変な依頼に相応の金額ですしね。
納得して受け取って頂けるでしょう」
「そうそう、イザベルさん、本を書きたいって言ってましたよね!
人の国の戦をまとめて、用兵を学ぶって!」
「ええ、感心な事です」
「マツ様、何か良さそうな本を知ってますか?
私、まだウー=スン兵法書とモートシーの戦しか読んでないんです」
「ううん・・・戦・・・」
マツが首を傾げる。
「ああ! ゲンシン軍学書! これもすごく有名ですよ!」
「あ! ゲンシン!? もしかして、ゲンシン=ブデン!?
年表にも名前が載ってました! 戦乱期で1、2を争う名将ですよね!」
「そう! そのゲンシン! 素敵ですよね!
旗印にウー=スンの教えを書いていたんですよ。風木炎石!
其速如風!(其の速きこと風の如く)
其静如木!(其の静かなること木の如く)
其攻如炎!(其の攻むること炎の如く)
不動如石!(其の動かざること石の如く)
人の国の戦国一の騎馬隊で有名なんですよ! この旗をなびかせて・・・」
「うわあ・・・格好良かったでしょうね・・・」
2人の目がきらきらと輝く。
「ゲンシンが人の国を統一出来なかったのは、ただ山国で、あまり動けなかったからって言われる程。こと戦となると、戦術、戦略は見事だったそうです」
「へえー!」
「惜しい事に、ゲンシン軍学書って、家臣の方々の口述をまとめた物で、色々と他の歴史書とは違う所も多いんです。でも、歴史書でなく戦の参考書であれば、きっと良い資料になりますよ」
「イザベルさんに教えてあげましょう!」
ぱちん! とマツが手を合わせ、
「あ、そうそう! 戦ではないんですけど、面白い本!
これはカオルさんも好きかも! シズクさんが最近読み始めたんです。
私も読ませてもらったんですけど、凄く面白いんですよ!」
「何という本ですか?」
「裏仕事! いっぱいあるんですって!」
「裏仕事! 忍っぽいですね!」
「主人公は、奉行所のへっぽこ同心なんですけど」
「ふんふん」
「実は・・・殺し屋なんです!」
「ええー!? 同心がですか!?」
「これが格好良いんですよ!
俺らの仕事? ワルとワルの食い合いさ・・・とか!
悪いお坊様を始末した後に、お経は自前でな・・・なんて決め台詞!」
「ひゃー! 痺れますねえー!」
「でしょう! この人がですね、決して善人ではないって所がキモなんです」
「え? 主人公なのに? こう、悪代官を暗殺とかじゃないんですか?」
「違うんですねえ。あくまで金で殺しをするだけ。
法で裁けぬ悪党は! という、正義感ではないんです。
強そうな人かもとなると、平気で逃げますし」
「ええっ!?」
「正義よりも金! 金より自分の命!」
「ええー!」
「ワルとワルの食い合いさ・・・ですよ。
でも、依頼料? 真っ当に稼いだ金なら銅貨1枚で構わねえぜ・・・
なーんて所もあったりして!」
「うわあー! それも教えてあげましょう! あ、でもまず私が借ります!
他には他には!? 面白そうなのありますか!?」
「ええと・・・あ! 御家人首切り役!」
「首切りっ!?」
「そう! 一応は王族ではあるんですけど、すっごく貧乏な武士。
貴族でもないんです。で、公には出来ない処刑人の仕事で稼ぐんです」
「ええー・・・そんなお仕事で?」
「でも、剣の腕は天下一品!」
「あーっ! 分かりました! 貴族でもない、貧乏武士!
ほとんど平民って事ですね?
その剣の腕で、ばっさばっさと町の問題解決!
ちょっとマサヒデ様みたいですね!」
「そう! でも、この本の良い所は、万事解決、一件落着で終わらない所。
救いのないお話も多いんです。そこが何と言うか・・・良いんです!」
「ううん! 面白そうですね!」
いつの間にか、兵書から離れた本の話になってしまった。
町では、クレールにまんまとはめられたイザベルが走り回っている。