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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十五章 初めての道場、初めての仕事
652/762

第652話


 早朝の町中をイザベルが突っ走る。


 両脇に一杯の荷物を抱え、揺らさぬよう、ぶつからぬよう・・・

 あの山を本日中に!

 しかも高級店が並ぶ通りは、町の反対側!


 さささ! と通りを歩く人の隙間を抜けて、


「うお!?」「げえっ!?」「何だあっ!?」


 と、声が上がる。

 ぶつかってはならぬ!


 ずざーッ!


「ふぁっ!」


 執事がにっこり笑って、


「おお! イザベル様、お懐かしゅう」


「急ぐ! どこへ置く!」


「こちらへ」


 ふわりと執事が懐から風呂敷を出して地面に広げる。

 イザベルがそっと荷物を置いて、懐から依頼書を出し、


「確認願う! 私が依頼の指名者、イザベルだ!」


 執事が懐から依頼書の写しを出して、さっと目を通し、


「確かに」


「では!」


 さー! とイザベルが走って行った。


「ははは!」


 執事が腹を抱えて笑った。



----------



 ばたん! さー!


(次、次!)


 ぱぱぱ!


(よし、武具ではない)


 さささ!

 蓋を閉めて、両脇に抱え、また駆け出して行く・・・



----------



 その頃、魔術師協会。


 マサヒデ達はギルドに稽古に行った。

 マツとクレールが一服中。

 クレールがイザベルの慌てる姿を想像して、くすくす笑う。


「クレールさん、どうしたんですか?」


「んふふ・・・イザベルさんのお金の問題、解決しますけど・・・」


「あ、何か良い考えでも?」


「はい! イザベルさんが依頼をこなせたら! ですけど!」


「依頼? 冒険者の依頼ですよね?」


「はい! うぷぷ」


 マツがにやにやしながら、にじにじと膝を寄せて、


「どんなご依頼を出されたんですか?」


「んふー、んふふふ! すっごく難しい依頼ですよ!」


「どんな? どんなご依頼?」


「荷物運びです」


「荷物運び?」


 クレールが口を押さえて、


「はい! うくく・・・す、す、すごく難しい荷物運び!」


「何を運ぶんですか?」


「贈り物です」


「贈り物? ギルドの倉庫の?」


「はい。あれを全部、手で運ぶ! 今日中に!」


「ええ!? 倉庫一杯って聞きましたよ!?」


「はい! 今、今、イザベルさん、すっ飛んで走ってます! うぷぷ」


「そ、そ、それは酷い! ぷ、くすくす!」


「にひひ・・・割れ物もありますから!

 慎重に手で運んで頂きませんと!」


「で? で? おいくらで?」


「売却額の半額! あの量だと、200枚くらいにはなると思います。

 良い物が混じっていたら、もう少し。

 それなりの服、1着は作れると思います。

 少し妥協して、香水の小瓶も良いかと」


「やっぱり、安く済ませるなら和装で匂い袋ですよ」


「あ、そう言えば、カオルさんも言ってましたね!

 和装の方が威圧感もあるし、動きやすいって!

 イザベルさん、きっと護衛で動きますよね!

 マサヒデ様にべったり!」


「そうですよ。匂い袋で済ませておけば、良い物でも金貨数枚ですし。

 いくつも買えますよ」


「うんうん、確かに! 和装を勧めるよう、伝えておきましょう!」


 クレールが立ち上がって、庭を向いて手をぱん! ぱん! と叩く。


「誰か!」


「は!」


「依頼完了時に、和装を勧めるように伝えてきなさい!」


「は!」


 よし、と座って、湯呑を取る。


「これで良いですね!」


「はい。大変な依頼に相応の金額ですしね。

 納得して受け取って頂けるでしょう」


「そうそう、イザベルさん、本を書きたいって言ってましたよね!

 人の国の戦をまとめて、用兵を学ぶって!」


「ええ、感心な事です」


「マツ様、何か良さそうな本を知ってますか?

 私、まだウー=スン兵法書とモートシーの戦しか読んでないんです」


「ううん・・・戦・・・」


 マツが首を傾げる。


「ああ! ゲンシン軍学書! これもすごく有名ですよ!」


「あ! ゲンシン!? もしかして、ゲンシン=ブデン!?

 年表にも名前が載ってました! 戦乱期で1、2を争う名将ですよね!」


「そう! そのゲンシン! 素敵ですよね!

 旗印にウー=スンの教えを書いていたんですよ。風木炎石!

 其速如風!(其の速きこと風の如く)

 其静如木!(其の静かなること木の如く)

 其攻如炎!(其の攻むること炎の如く)

 不動如石!(其の動かざること石の如く)

 人の国の戦国一の騎馬隊で有名なんですよ! この旗をなびかせて・・・」


「うわあ・・・格好良かったでしょうね・・・」


 2人の目がきらきらと輝く。


「ゲンシンが人の国を統一出来なかったのは、ただ山国で、あまり動けなかったからって言われる程。こと戦となると、戦術、戦略は見事だったそうです」


「へえー!」


「惜しい事に、ゲンシン軍学書って、家臣の方々の口述をまとめた物で、色々と他の歴史書とは違う所も多いんです。でも、歴史書でなく戦の参考書であれば、きっと良い資料になりますよ」


「イザベルさんに教えてあげましょう!」


 ぱちん! とマツが手を合わせ、


「あ、そうそう! 戦ではないんですけど、面白い本!

 これはカオルさんも好きかも! シズクさんが最近読み始めたんです。

 私も読ませてもらったんですけど、凄く面白いんですよ!」


「何という本ですか?」


「裏仕事! いっぱいあるんですって!」


「裏仕事! 忍っぽいですね!」


「主人公は、奉行所のへっぽこ同心なんですけど」


「ふんふん」


「実は・・・殺し屋なんです!」


「ええー!? 同心がですか!?」


「これが格好良いんですよ!

 俺らの仕事? ワルとワルの食い合いさ・・・とか!

 悪いお坊様を始末した後に、お経は自前でな・・・なんて決め台詞!」


「ひゃー! 痺れますねえー!」


「でしょう! この人がですね、決して善人ではないって所がキモなんです」


「え? 主人公なのに? こう、悪代官を暗殺とかじゃないんですか?」


「違うんですねえ。あくまで金で殺しをするだけ。

 法で裁けぬ悪党は! という、正義感ではないんです。

 強そうな人かもとなると、平気で逃げますし」


「ええっ!?」


「正義よりも金! 金より自分の命!」


「ええー!」


「ワルとワルの食い合いさ・・・ですよ。

 でも、依頼料? 真っ当に稼いだ金なら銅貨1枚で構わねえぜ・・・

 なーんて所もあったりして!」


「うわあー! それも教えてあげましょう! あ、でもまず私が借ります!

 他には他には!? 面白そうなのありますか!?」


「ええと・・・あ! 御家人首切り役!」


「首切りっ!?」


「そう! 一応は王族ではあるんですけど、すっごく貧乏な武士。

 貴族でもないんです。で、公には出来ない処刑人の仕事で稼ぐんです」


「ええー・・・そんなお仕事で?」


「でも、剣の腕は天下一品!」


「あーっ! 分かりました! 貴族でもない、貧乏武士!

 ほとんど平民って事ですね?

 その剣の腕で、ばっさばっさと町の問題解決!

 ちょっとマサヒデ様みたいですね!」


「そう! でも、この本の良い所は、万事解決、一件落着で終わらない所。

 救いのないお話も多いんです。そこが何と言うか・・・良いんです!」


「ううん! 面白そうですね!」


 いつの間にか、兵書から離れた本の話になってしまった。

 町では、クレールにまんまとはめられたイザベルが走り回っている。


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