第651話
翌早朝、冒険者ギルド。
今日は初めての冒険者仕事。
男の作業品店で買ったつなぎ。丈夫な地下足袋。
何でもやってやるぞ!
うきうきしながら、イザベルがギルドに入り、掲示板に向かうと、
「おう!」
と、後ろから冒険者が手を上げて声を掛けてきた。
馴れ馴れしい! と思いながら、仲良くしないと・・・
「うむ。おはよう」
と、固い笑顔で振り向くと、また馴れ馴れしく肩に手を掛けてくる。
こいつ! と手を振り払おうとした時。
「レイシクランです」
冒険者が囁く。
む! ちらちらと周りを見る。
低い声で、
「何か」
「緊急の仕事です」
「む」
忍を通して・・・これは危険な仕事か。
「ご安心下さい。ギルドに許可は取ってあります。
汚い仕事ではありませんが、ちと問題が」
「危険な仕事か」
「危険ではありませんが、非常に繊細な・・・」
冒険者姿の忍が、イザベルのつなぎのポケットにそっと封を入れる。
「我らは護衛でここを離れられませぬゆえ、お請け頂きたく」
「分かった」
ちらりと忍が魔術師協会の方を向き、
「マサヒデ様には絶対にバレませぬよう。
それゆえ、これはカオル殿にもお任せ出来ぬ仕事なのです。
マサヒデ様にバレますと、クレール様が叱責をうけますゆえ」
「クレール様が? どういう事か」
「詳細は封に。マサヒデ様が来る前に、お手続きを」
「請ける。請けねばクレール様が叱責をうけるのであるな」
「はい。繊細な仕事ゆえ、条件をしかとお確かめ下さいませ。
成功報酬は確約しますゆえ」
「うむ。クレール様の為であれば、報酬などどうでも良いわ」
ふ、と冒険者姿の忍が笑って、
「もう少し笑顔は軽くした方が宜しいですぞ。では」
ううむ、と渋い顔をしながら、ロビーから抜け、廊下へ。
ちら、ちら、と周りを見て、封を開く。
依頼書と手紙。
手紙はクレールからか・・・
『イザベル=エッセン=ファッテンベルク様
冒険者ギルドの倉庫に、マサヒデ様宛の贈り物が貯まってしまいました。
処分は私に任されておりましたが、うっかり忘れてしまいました。
昨日、ギルドから連絡があって、急いで処分しないとなりません。
しかし、忘れていた事をマサヒデ様にバレたくありません。
マサヒデ様にバレないよう、荷の運び出しを手伝って下さい。
バレないよう馬車や大八車など、目立つ物を使わないようお願いします。
売却は私の執事が行います。
運び出しのみで結構です。
武具類はマサヒデ様が後に吟味致しますので、必ず残しておいて下さい。
貴方の友、クレール=フォン=レイシクラン』
手紙をするりと封に入れ、ポケットに入れる。
依頼内容は荷運びか・・・
マサヒデ様にバレないよう。
なるほど、これは難しい。
魔術師協会は向かいではないか。
依頼書を見る。
依頼者。クレール=フォン=レイシクラン。
指名者。イザベル=エッセン=ファッテンベルク。
内容。壊れ物の配達。
場所。商店街奥、高級店の通り。
受取人。クレールの執事。
報酬。総売却額の半分。
必須要件。
本日中、店が閉まる前に全て配達する事。
配達品の破損は厳禁。
マサヒデ様にバレない事。
「・・・」
破損厳禁は、配送依頼なら当然だ。
マサヒデ様にバレない事。
決して見られてはならない。
外出する事も当然あるから、気を付けて配送せねば。
後は配送する品だが、倉庫にあると書いてある。
贈り物と言えば、皿やらカップやら割れ物が多いから、気を付けねば。
クレールがいるから、ワインはあるまい。
ふむ。
もう一度見直してみる。
マサヒデ様にバレさえしなければ、それほど難しくはなさそうだ。
練習として、クレールが用意してくれたのだろう。
贈り物の売却額の半分。
金貨何枚かにはなるか。
着込みの手甲くらいは買えるかもしれない。
練習用の長剣を買っても良い。
(よし)
すたすたと地下足袋を鳴らして受付に向かう。
受付嬢に依頼書を差し出し、
「この依頼を請ける」
ちらっと受付嬢が見て、
「おおー! 初日から指名ですか! さすがイザベル様!」
「なに、お情けの依頼よ」
「どれどれ・・・」
読んでいくうちに、受付嬢の顔が変わっていく。
「クレール様のご依頼ですか・・・」
「うむ。まあ練習用に出してくれたのであろう」
「これは断れませんよね」
「うむ」
「トミヤス様にバレないように、ですか・・・」
「うむ」
「倉庫のすぐ側に搬送用の裏口があります。
そちらの使用許可を出しておきます」
「む、助かる」
「頑張って下さいね!」
ぽん! と印を押して、
「では、これを持って、依頼主の所へ。
こちらは領収証で、報酬を受け取ったらサインを頂いて下さい」
「うむ」
「メイドさーん!」
つかつかとメイドが歩いて来て、頭を下げる。
「イザベル様を倉庫にご案内して下さい。
トミヤス様の贈り物の運び出しをします」
「はい」
「それと、トミヤス様にバレないよう、この依頼は口外厳禁。
搬送口の使用許可を取りますから、イザベル様の出入りはそちらから」
「はい。ではイザベル様」
「頼む」
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がちゃ・・・きいい・・・
「む、む・・・」
仕切りの中に、山積みの箱。
まさか・・・
「確認の為に聞くが・・・」
「はい」
「マサヒデ様への贈り物とは、この・・・仕切りの中の物か?」
「はい」
「この山積みのか?」
「はい」
横に回ってみる。
倉庫の奥までみっちり。
「ううむ・・・これを、馬車も大八車も使わずに、今日中にか」
「え」
メイドが驚く。
「マサヒデ様にバレないよう、目立ってはならぬでな・・・
それが依頼条件よ」
「という事は、手で持って・・・ですか?」
「うむ・・・」
「あの、風呂敷など」
「いや、割れ物が多かろうしな・・・引っ掛けたり、通行人に当たったり。
当然、それで破損が少しでもあれば、失敗だ。
馬車が使えたら、藁束に突っ込んで運んでも良かったのだが」
「厳しいですね・・・」
「うむ・・・すまぬが、ひとつ頼んでも良いか」
「はい」
「後払いになってしまうが、ここに水と飯を置いておいてもらえぬか?
・・・水を多目に・・・」
「はい・・・」
箱を取って、ぱ、ぱ、ぱ、と蓋を開け、中を確認。
武具ではない。
さささ、と蓋を閉め、両脇に抱え、
「では、行って参る!」