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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十五章 初めての道場、初めての仕事
643/760

第643話


 明朝、卯の刻。


 がらりと玄関が開いた。


「おはようございます! イザベルでございます!」


「おっ! 入って下さい!」


 マサヒデの声!

 うきうきとイザベルが入って行く。

 一晩離れていただけなのに、すごく懐かしい感じがする。

 お奉行様が言われた通り、やはり血で主と認めたのだろうか?


 それで良い!

 マサヒデ様は強い!

 マサヒデ様は厳しく見えて、すごく優しい!

 マサヒデ様は皆に好かれている!

 こんな理想の主が他にいるものか!


「マサヒデ様! 皆様! おはようございます!」


 稽古着のイザベルが頭を下げる。


「本日は父上に挨拶です」


「は!」


「私が注意した所、言ってみて下さい」


「ひとつ! 立ち会いを望まれたら、殺す気で振るべし!

 ひとつ! 注意された点は、一言一句漏らすべからず!

 ひとつ! 馬術の稽古をしておられたら、遠慮なく進言せよ!」


 マサヒデが頷く。


「よろしい。ちょっと訂正。殺す気、ではなく殺せ。それで行きなさい。

 ただし、一振りずつ。決してぶんぶん振り回さない事」


「は!」


「叩きのめされてきなさい。

 剣聖とはどういう者か、その身でしかと感じてきなさい」


「は!」


「気になったかもしれませんが、土産などは要りません。

 あなたの腕を見せる事。それが土産です。

 安い土産になって、父上をがっかりさせないように」


「ははっ!」


「そうそう。もうひとつ付け加えます。

 馬術の稽古をしていて、イザベルさんが良いと思った所があれば・・・」


 マサヒデがにやりと笑う。


「しかと盗んできて下さい」


「は!」


 マサヒデがカオルの方を向き、


「では、カオルさん。頼みます」


「は」


 同じく稽古着のカオルが立ち上がり、


「イザベル様。参りましょう」


「は!」


 ぴし! とイザベルが立ち上がり、胸に手を当てて頭を下げ、


「イザベル=エッセン=ファッテンべルク!

 これより、カゲミツ=トミヤス様に挨拶に参ります!」


「良い気合です。くどいですがもう一度。立ち会いを望まれた際は、本当に命を捨てるつもりで頑張って下さい。父上との立ち会い稽古は、稽古であって稽古ではない。先日お話しした『その場』です。最高のドレスで頼みますよ」


「は!」


「そして、貴方が強くなるための最高の場でもある。

 父上の一言は、私の稽古1ヶ月分。

 何としても、お言葉を頂いてきなさい」


「はあーっ!」


 マサヒデが頷く。


「引き止めてしまいましたね。行ってきて下さい」


「失礼致します!」



----------



 ぽくぽく。

 ざすざす。


 白百合と黒影が並んで街道を歩いて行く。

 カオルは白百合に。

 イザベルは黒影に。


「カオル殿」


「なんでしょう」


「カゲミツ様とは、どのようなお方でしょう」


「ふふ。一言で言えば豪放磊落。

 ただし、剣を持てば竜か悪魔か。いや、それ以上」


「竜か悪魔か・・・」


 こく、とイザベルの喉が鳴る。


「されど、お心の広い方。楽しいお方。優しいお方。幼子の如く無邪気なお方。

 よく喜び、よく怒り、よく涙し、よく笑われる。

 私は、あれも粋というもののひとつと思います。

 言うなれば、お奉行様は涼やかな粋、カゲミツ様は艶やかな粋」


「ううむ・・・」


「知っての通り、トミヤス道場には貴族の門弟の方も多い。

 最初こそ、家の命で嫌々送られて方々も多いはず。

 カゲミツ様は平民。平民になどと考える方は必ずいる。

 されど、いつの間にか皆がカゲミツ様を慕うようになる」


「それほどお強いのですね」


「だけではないのです。その御心に惹かれるから。

 強さを見せて、怖れられるからではない。

 それは慕われるというのとは違いませんか?

 イザベル様にはよく分かるはず」


「はっ! そうです、それでは怖れられるだけ・・・慕われるには心が必要」


「そう。謂わば、心の強さ。剣だけではない。

 ご主人様のあの広いお心も、カゲミツ様譲りでしょう」


「ううむ! それ程の!」


 うむむ、とイザベルが感心して唸る。

 剣聖とは、剣の腕のみにあらず!

 心の腕もあって、剣聖か!


「時にイザベル様」


「む、なんでしょうか」


「エッセン=ファッテンベルクは古い家とお聞きしましたが」


「はい」


「立ち入ったご質問ゆえ、お答えせずとも構いません。

 フォン、の隠し姓はございませんか」


「フォン? 魔王家の、フォン=ダ=トゥクラインの、フォン?」


「はい。そのフォンです」


「ううむ、私は存じませんが、何故?」


「魔王様が挙兵当時からお付き合いのある家には、皆、フォンが付きます。

 クレール様も、フォン=レイシクラン。

 初代レイシクランが、魔王様のご友人であったから」


「おお、そうだったのですか!」


「さて、魔王様の最初の兵は何族でしたか?」


「あ! 狼族!」


「ファッテンベルクは歴史ある古い家」


「なるほど・・・それで」


「畏れ多しと、フォンを名乗るを憚る家もあるとか。

 もしやしてと思いまして」


「父上に尋ねてみましょうか?」


「いえ、構いません。私の個人的な興味です。

 ふふ、この辺り、マツ様にお聞きになってみては」


「マツ様に?」


「魔王様の若き日のお話、ご興味はございませんか?

 挙兵前の魔王様。クレール様のご先祖。

 魔王様に付き従った狼族達のご様子・・・

 マツ様は色々と魔王様からご自身からお聞きのようで」


「ううむ! 若き日の魔王様!」


「建国記には載っておらぬ時代の、若き魔王様。

 ふふふ。私もお聞きして、笑い、涙を堪えたもの」


「カオル殿、そう煽らないで下さい。興味が堪えられません」


「ふふふ」


 カオルがにやにやしながら前を指差し、


「見えて参りました。あの小高い所にある建物が、トミヤス道場」


「あれが・・・」


「見ての通り、さして大きな建物ではございませんが・・・」


「中は、という訳ですね」


「その通り。しかし、現在の門弟は、そう大した者はおりません。

 勇者祭に出て行った者が多いからです。

 ハワード様のように、家からの命で無理に出される者も多いですし」


「されど、大した事がないのは、門弟のみ」


「はい」


「・・・」


 イザベルが険しい顔でトミヤス道場を見つめる。


「トミヤス道場は剣のみならず、多くの武術を教えておられます。

 イザベル様も広く習ったでしょう。色々と見てみては。

 マサヒデ様も、多くを叩き込まれております」


「ううむ・・・」


「ご興味が湧きませんか」


「いや、とてもあるのですが・・・

 叩きのめされるとなると、見学出来るかどうか」


「ふふふ。まずは馬術を始めているか、お尋ねしましょう。

 カゲミツ様とのお稽古は、その後になさいましょうか」


「は!」


「皆様の前では、私には上の物言いで・・・

 カゲミツ様は私が忍とは知っておりますが、門弟の皆様は違いますゆえ」


「は!」


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