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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十四章 冒険者へ
642/756

第642話


 オリネオの町、門前。


 衛兵に尋ねてみたが、やはり門前に個人の野営は許されないそうな。


 衛兵の松明の火を借りて、買ってきた松明に火を点け、イザベルは森に向かって風のように走って行った。松明の明かりがあっという間に遠ざかる。

 松明の火が点のようになり、明かりも見えなくなり、マサヒデは振り返って魔術師協会へと戻って行った。


 明日、卯の刻(6時)。

 イザベルがトミヤス道場に向かう。



----------



 からからから・・・


「おかえりなさいませ」


「遅くなりました」


 カオルが手を付いて迎えてくれた。

 足を払って、居間に入る。


「おかえりなさいませ」「マサヒデ様ー!」「おっかえりー!」


「やあ、遅くなりました」


 マツが柔らかく笑って、


「どうでしたか?」


「何とかひと通りは揃えましたよ。

 冒険者心得なんちゃらって本は、明日渡しましょう」


「どこにお泊りに?」


 マサヒデが笑って、


「森の中。ふふ、マツさんがお祈りしてた辺り」


「もう・・・忘れて下さい!」


「ははは!」


 クレールが、んー? と首を傾げ、


「町の中ではいけないんですか?」


「探せばあるでしょう。畑とかもあるし、その隅を借りたりしても良い。

 代わりに畑仕事を手伝うとか」


「今日はなぜ森に?」


「町の中に居たいなら、イザベルさんが自分で場所を探さないと。

 彼女はもう冒険者になったんです。

 宿を借りるにしても、場所を借りるにしても、全部自分で。

 あの森を教えたのも、かなり優しくしてあげたんですよ。

 では後は自分で、と放り出しても良かったんです」


「うはー! 厳しいねえ!」


「無一文からって条件ですからね。

 そこはしっかり守ってもらいますが・・・」


 カオルが温めた夕餉の膳をマサヒデの前に置く。


「ありがとうございます。頂きます」


 はー! と息をついて、茶を一口。

 汁をすすって、がつがつと飯を放り込む。

 ごくっと飲み込み、


「ま、イザベルさんなら、すぐ金を貯められる。

 みっちりこなせば、3、4日で見習い期間も終わるんじゃないですか。

 順調に行けば、最低ランクも1週間で終わるでしょう。

 駆け回ってれば、規定の依頼数なんてあっという間にこなせます。

 力仕事も配達仕事も、1日で何件も出来ちゃいますよ」


「さすがイザベルさん! すごいですね!」


「ええ。金もどんどん貯まるでしょうね。

 見習い、最低ランクでも、日に金貨1枚近く稼げるでしょう。

 あの身体能力は、普通の獣人族とは格が違います」


「そんなに稼げますか?」


「稼げますよ。低いランクの依頼なんて、1人で完璧に、あっという間に終わらせられる。多分、高いランクで時間が掛かる仕事より、安い仕事を大量にこなしたほうが稼げるでしょうね」


「ランクが低い仕事の方が良いんですか?」


 ずずっと汁をすすり、


「多分ですけどね。イザベルさんは、今は組んで仕事をするには向いてない。

 1人で簡単にこなせる仕事を、大量にこなした方が良いと思います。

 まあ、実際にやってみないことには何ともですけど・・・」


 魚を頭からかじって、飯を放り込む。


「カオルさんはどう見ます?」


 カオルは頷いて、


「ご主人様と全く同じです」


「ですよね。弓でも買って、森で狩りでもしたら、肉も皮も売って。

 イザベルさんなら、さくさく狩れますから、どんどん金が貯まる」


 マサヒデはちょっと首を傾げて、


「ううむ、1年もしたら、結構良い宿で暮らしてるんじゃないですか?

 宿を我慢して森で暮らしてれば、良い装備を揃えてるでしょう。

 ベテラン冒険者と変わらないくらい」


「ひゅーう!」


 シズクが口を鳴らす。


「ただ、大きな問題は貴族だって所」


 クレールが悲しい顔をして、


「やっぱり、皆から煙たがれるんでしょうか」


「それはイザベルさん次第です。

 クレールさんだって、皆と仲良くしてるではありませんか。

 貴族だからという問題は、別にあります」


「別って、どういう問題ですか?」


「ドレスやら香水やら、高級品を揃えていかないといけない。

 またパーティーがあれば、イザベルさんも連れて行かなきゃ。

 イザベルさん個人が呼ばれる事もあるかも知れない。

 貧乏貴族とは言っても、魔の国一の武門だって名声は凄く高いんです」


 カオルが気不味い顔をして、


「あの、ご主人様」


「ん? 何でしょう」


「礼服だけは、私が預かりました。

 冠婚葬祭は、いつあるか分かりませんし」


 マサヒデは軽く手を振って、


「ああ、その程度、別に構いませんよ。

 他にも大量に金を掛ける必要がありますからね」


「他って、どんな所でしょう?」


「例えば香水。ひとつ買うのに、どれだけ掛かるでしょう。

 日に金貨1枚。香水1瓶が金貨100枚だとして、3ヶ月以上。

 半額でも1ヶ月半以上。

 大変ですよ、これ。宝飾品もいる。靴もいる。

 ドレスも場に合わせた物が必要だから、何着も必要。

 そのドレスに合わせた香水や宝飾品も揃えて・・・もうきりがない」


「ん、んん・・・」


「貧乏貴族って言いますけど、我々平民と貴族って、それだけ大きな格差があるんですよ。クレールさん、金貨1枚って、平民の暮らしなら慎ましくしてれば1ヶ月は働かずに過ごせる額なんです」


「むーん・・・」


「和装で揃えれば、安くは済みますが・・・

 それだって、金貨がどれだけ必要ですかね。

 名声があるだけに余計厄介だ。

 名に合わせた服を仕立てなきゃいけない」


 皆が下を向いて黙り込んでしまった。

 カオルだけが、静かに落ち着いている。


「イザベルさん、いつここに気付きますかね。

 今は私と稽古出来るって頭が一杯ですけど・・・」


「あの」


 クレールが口を出した所で、マサヒデがぴしゃりと止める。


「お金を出すのはいけませんよ。

 私と稽古がしたいなら、冒険者で稼ぐというのが条件。

 クレールさんが出したお金をイザベルさんが受け取ったら・・・

 ま、言わなくても分かりますね」


「はい・・・」


「まあ、受け取っても家臣をクビにするというわけではない。

 私が稽古をしないというだけ。

 道場に通えば、父上からトミヤス流は学べる。

 道場が嫌なら、アルマダさんから学んでも良い」


 マツが不安そうに、


「イザベルさんはどうするでしょうか。

 誇り高そうな感じですし、マサヒデ様と凄く稽古をしたがっておりますし。

 きっと、お金を受け取ろうとはしないでしょう。

 でも、パーティーのお誘いがあったら・・・」


「さあ、どうするでしょうかね。

 誇り高い。うん、私にもそう見えます。

 皆さんが手を差し伸べても、イザベルさんは手を払うでしょう。

 しかし・・・彼女にどうにか出来ますかね」


 しばしの沈黙。

 ぐ、とマサヒデが茶を飲み干す。

 カオルが新しい茶を注ぎ、


「時にご主人様、パーティーで思い出したのですが」


「ん、何でしょう」


「ギルドの倉庫に、贈り物が貯まっております。

 そろそろ受け取りに来て欲しいと」


「えっ? 贈り物? ギルドに?」


「お七夜のパーティーのお話が方々に伝わったようで・・・

 贈り物はあちらで受け取るよう、手配しておきました。

 方々の貴族や役人から色々と届いております」


 マサヒデが天井を仰ぎ、


「ああー! それで来なかったのか! 大丈夫だったかと・・・」


 は! とカオルを見る。


「ああっ! 陛下からは来てないですよね?」


「今の所は。しかし、近日中に必ず来ますよ」


「参ったあ・・・今度は馬車何台分だろう・・・」


 あ、とクレールが顔を上げてにっこり笑い、


「私にお任せ下さい! 刀とか以外は、私が全部処分しておきますよ!」


「ふう・・・すみません。お願いします」


 マサヒデがうんざりして息をつく。


「はい! 明後日には必ず!」


 クレールがにっこり笑って、マツの方を向く。

 ついさっきまで沈んでいたのに、こんなに明るくなって・・・

 マツが怪訝な顔で小さく首を傾げた。


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