第640話
男の作業品店。
「マサヒデ様! 決めました!」
勢い良くドアが開き、イザベルが出て来た。
黄色のつなぎ。
店主が顎に手を当てて、
「ううむ! 姉ちゃん、目があるな!」
「は! 有り難きお言葉!」
「大体、素人は格好付けて白黒選ぶもんだ。
そういう、汚れが目立たねえ色を選ぶってのが、上級の第一歩よ!」
「恐れ入ります!」
店主が服の棚を指差し、
「良し! 下に着る薄いシャツを何枚か適当に選びな!
値段は関係ねえ! サイズが合えば適当で良いぞ!
出来れば長袖だが、まだ暑いから半袖でも構わねえぞ!
そいつは生地が固いからな! 肌が真っ赤になっちまうぞ!」
「は!」
がば、とシャツをひとまとめに取って、イザベルがまた倉庫に入って行く。
店主がマサヒデの方を見て、
「なあ、兄ちゃん」
「何でしょう」
「あの姉ちゃん、もしかして兵隊とか奉行所勤めだったのか?」
「おお! さすがご店主、目がありますね。
惜しい所を突いています」
「ふむ?」
「彼女はエッセン=ファッテンベルクという貴族の出です」
「何? 貴族か? おん出されたのか?」
「いえ。ただの貴族ではなく、武門の貴族。
それで、私にトミヤス流を習いに来たんです」
「おう、そうだったのか!」
「とにかく武が第一なので、私のような平民相手にでも頭を下げました。
武を磨く為であれば、身分など関係ないと。
彼女だけでなく、彼女の家からもきちんと許しを得ています」
「ううむ! そこまで武を大事にしてる家ってか!
それで冒険者に・・・いや、ちょっと待て。
仕送りなんかはねえのか? 貴族の家だろうが。何で冒険者するんだ」
「私との立ち会いの条件です。財産は全て家に返す。仕送り厳禁。
それでも習いたいなら教えます、という条件で」
「それを飲んだってか!」
「ええ」
「気合入ってるじゃねえか! いや、気に入ったぜ!」
がちゃ、とドアが開いて、イザベルが出てくる。
シャツとつなぎをまとめて、
「ご店主! このシャツを頂きます!」
「よおし! こっち持ってきな!」
「は!」
店主が受け取り、
「よし! トミヤスさんと他に買ってくもん選びな!」
「は!」
「イザベルさん。こちらへ」
「は!」
雑貨の棚の前に行く。
「ランプだけでは不便ですかね? 蝋燭って要ります?」
「蝋燭・・・ううむ、蝋燭ですか・・・」
くいと首を傾げ、
「いえ。ランプがあれば大丈夫です」
マサヒデが紙束を取って、
「では、あとこちら。紙と筆。イザベルさんはペンかな」
「紙ですか?」
「ええ。手紙を書いたり、収入、支出の帳簿を書いておいたり。
仕事先の記録とか、色々と使うと思いますし」
「なるほど・・・」
イザベルがじっと紙束を見て、は! と顔を上げ、
「む! マサヒデ様、これは買います! 必要です!」
「ど、どうしました、勢い良く」
「私、マツ様から本を借りて、兵書を書こうと思います。
いや、書くと言うか、戦の、用兵のまとめです。
ガンシュウ=モートシーの戦術には心を奪われました。
聞くに、名将と呼ばれる者は他に幾人もいるとの事」
うん、とマサヒデが笑って頷き、
「良い事です。では、買って行きましょう」
「は!」
紙束が銀1枚。ペンとインクで銀1枚。
「それと、ローブ。雨の外出には絶対必要。
山や、ちょっと枝深い林や森にも絶対必要。
旅をしてきたイザベルさんには、分かりますよね」
「は!」
「革と聞いてうんざりかもしれませんが、蓑、笠よりかさばらず、丈夫。
これは薄いですから、それ程でもありませんが、これで良いですか?」
「は!」
銀貨2枚。
「革紐。これは色々と使えますから、買って行きましょう。
洗濯物干し。怪我をした時の血止め。武具の応急修理。武器にもなる。
いくらでも使い道はあります」
ぎゅ! とマサヒデが革紐を勢い良く引っ張る。
「3丈(10m弱)で銀1枚と銅50枚。丈夫さも良い」
「は!」
「あと、松明。もうすぐ暗くなりますし、野営地でも使うでしょう。
これは結構良い松明で、長く使える。2本で銀1枚。
安いのもその辺で売ってますが、取り敢えず本日はここで買います。
後で適当に買い足して下さい。出来るなら作った方がよろしい」
「は!」
「軟膏。包帯。ちょっとした擦り傷でも甘く見ないこと。
ほんの擦り傷からでも、雑菌が入れば身体の中から腐っていきます。
イザベルさんは丈夫ですが、シズクさんみたいに鎧のように固くはない。
解毒や治癒の術も使えない。このくらいは用意しておきましょう。
仕事に行く際も、懐に入れておきなさい」
「は!」
銀4枚。
「石鹸。これは高い物ではありませんが、清潔になる事は同じ。
香りがあるものは高い。清潔になればよろしい。
ギルドの湯に行けば石鹸はありますが、金がかかる。
外で洗う時はこちらを使いましょう」
「は!」
香りのない、安い石鹸ひとつで銀貨1枚。
石鹸とは、これほど高い物だったか!
金が無くなってみれば、自分がどれほど贅沢をしていたか身に沁みる。
「手拭い。2枚では物足りないでしょう。もう2枚。
高いものではありませんから、不足を感じたら足して下さい」
銅20枚。
「は!」
「懐紙。これは大量に使いますからね。随時、買い足して下さい」
懐紙の束。
銅50枚。
「時計。安物ですが、我慢して下さい。
冒険者の仕事には時間が決められている仕事もありますし、必須でしょう」
銀5枚。
「最後に、革袋。ここで買って行く物はこれに入れますが・・・」
大きな革袋。
銀1枚。
「後々、軽い野営具を少しずつ買い足していきなさい。
小さな革袋を買って、小分けして入れましょう。
コツは、同じ種類の物でまとめないこと」
「お言葉ですが、それでは分かりづらくなりませんか?」
「普段使う物は普段使う物で分けておきなさい。
この小さな袋がひと袋あれば、1週間は生きられる!
そういう袋をいくつか作っておくのです。
何かあった時、さっと小袋ひとつ持って逃げる。
きつくなってきたら、小袋を捨てて軽くしていく。
生き延びるコツというやつですね」
「な、なるほど・・・」
「どの袋にも、小さな火打ち石は必ず入れること。
ナイフ1本あれば、などと良く言いますが、大事なのは火です。
ナイフは石と木さえあれば、ぎりぎり代わりになる物を作れます。
だが、火起こしとなるとこれが難しい。火打ち石がないと体力を使う。
まともな石も木も無いような砂漠地帯でも、火が大事。
そういう地では、夜が恐ろしく冷えます。どこでも、第一は火です」
「は!」
「こういう生存術も、冒険者さん達に稽古を行う予定です。
冒険者の皆さんの方が上かもしれませんけどね。
ふふふ、今の小袋と火のコツは特別ですよ」
「ありがとうございます!」
「では会計を済ませましょう」