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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十四章 冒険者へ
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第638話


 は、と小さくため息をついて、古物屋に戻る。


 がらりと戸を開けると、先程の凄い臭い。

 マサヒデでもやられそうだ。


「先程は失礼しました」


「ははは! 構やしませんよ! 獣人の冒険者さんが入って来たら、皆ああですからね! でもばったり倒れちまったのは初めてだ! ははは!」


「いやあ・・・ご心配をお掛けしてしまって、申し訳ありませんでした」


「ふふふ。で、本日は何をお探しで」


 マサヒデが懐から杖を出して、


「この杖を買い取って欲しいのですが」


「お、杖ですか・・・ちと拝見」


 ふんふん、と頷きながら、店主が先の宝石を横から見たり、上に挙げて見たりして、


「ううん・・・あちらさん、初心者さんですか」


「まあ、そんな所です」


「金4枚で如何でしょう」


「えっ」


 初心者向の杖で、金貨4枚!?

 マサヒデが用意した支度金をもう返せてしまう。

 釣りまで出てしまうではないか。


「む、これは手厳しい! では、まけて更に銀を・・・10枚!

 いや、どんと15枚! これでどうですか」


「ううむ・・・それで結構です」


 ぱちり、ぱちり、と店主が金を置いて、


「ご確認を」


「金貨4枚。銀15枚。む、確かに頂きました」


「ありがとうございます」


 マサヒデが金をじゃらりと裾に入れて、


「ところで、ご店主」


「はい、なんでしょう」


「騙したようで悪いですが、さっき驚いたのって、違うんです」


「違う? と言いますと」


「こんなに高いと思わなかったので、驚いたんです」


「ああ! はは、こりゃあ失敗しましたな!」


 ぺちん! と店主が額を叩く。

 杖を取って、


「ほおら、良くご覧下さいませ。これ、宝石なんですよ。

 宝飾店の宝石のお値段、見てみなせえ。

 大体いくらくらいしそうなもんか、分かりますでしょう」


 店主が人差し指と親指を出して、小さく隙間を作り、


「こおんな小せえやつで、金貨10枚とかするんですよ。

 そりゃ金とか銀の細工の分もありますがね」


 杖の先の宝石を指差す。半寸はある。


「ね。比べてみなせえ。この大きさなんです。

 そりゃ宝飾に使う物とは質は違いましょうが、遥かにでかいんだ。

 当然、それなりの値はしますよ」


「ううむ・・・」


 言われれば全くその通り。

 以前、強情橋で大量の杖を拾ってきて、ギルドに寄付した。

 確かに宝石で高いとは聞いていたが、これほど値が張るものだったとは。

 マツモトも喜ぶわけだ。


「いや、ご店主。これは良い勉強になりました」


「ははは! 私もですよ! まだまだ客を見る目がなってねえ!

 ところでお客さん」


「何でしょう」


「そのお腰の物、おいくらなら売って頂けます?

 そりゃ青貝の鞘だ。金具は金無垢? 鍍金? 作りも古そうだ。

 中も相当と見た! 如何です!」


 む。雲切丸に目をつけたか・・・

 古物を扱う者だけある。

 ふふん、とマサヒデが笑って、


「そうですね。金貨100万枚なら考えます」


「ははは! 馬鹿言っちゃいけねえ!」


「それで考えます、くらいです。中はこの拵えを遥かに超えてますよ」


 店主の笑顔が消え、


「・・・貴方様ぁ、どちら様で?」


「ただの職なし浪人です」


「よろしければ、お名前をお聞かせ下さいますかね?」


「トミヤス。マサヒデ=トミヤス」


 ぱん! と店主が膝を叩き、頭を下げた。


「いや、参りました! 貴方様があのトミヤス様!」


「ははは! やめて下さいよ! さ、頭を上げて下さい」


 おずおずと店主が頭を上げる。

 下からマサヒデを覗くようにして、懐紙でぺたぺたと額の汗を拭き、


「いやあ・・・ご無礼をお許し下さいませ」


「名前が勝手に走ってしまっているだけです。

 先程言った通り、ただの職なし浪人で、洟垂れの若造ですよ」


「何をおっしゃいますやら。ご活躍は聞いております」


「また冒険者さん達や同心の方々が、大袈裟に話していったんでしょう。

 見ての通り、世間知らずの若造です。

 少し考えれば分かりそうな、その杖の値段も分からなかったんですから」


 ちゃら、と裾の金を鳴らし、マサヒデが振り返る。


「では、売りたい物があればまた来ます」


「ありがとうございました」



----------



 ホルニ工房の玄関を、そっと開ける。


 イザベルは目を開けてはいたが、横になったまま。

 口を開けたまま、ゆっくりとマサヒデの方を見て、がば! と起き上がり、


「大変申し訳ありませんでした!」


「ああ! 動かないで! 良いから・・・」


「いや! これ以上、こちらにご迷惑もお掛けさせられませぬ!

 お母上、大変感謝致します!」


「イザベル様、もう少しお休みなされても」


「いえ! これ以上は! 申し訳もございません!」


 と、立ち上がって、背負子を背負う。

 くく、と小さく歯を鳴らし、


「あの店が・・・あの店が! おのれ!」


 ぷ! とマサヒデが笑い、


「ははは! イザベルさん、怒ってはいけませんよ!

 貴方を倒すために、あんな臭いを出してる訳ではないんですから!」


 ぷは! とラディの母が茶を吹き出し、げふげふとむせる。


「ふふ。そういう店と知らずに入った我々が悪いんですから」


「く、くぬ・・・」


「それに・・・ほら」


 マサヒデが裾から金を出す。


「金貨4枚。銀貨15枚。あの杖を、これだけで買い取ってくれました」


「えっ」


「宝石が付いてるんですからね。イザベルさんの見立てが当たりましたよ。

 さて、これで支度金の金貨3枚を返す事が出来ましたね。

 ついでに、手持ちに金貨1枚以上の金が出来ました」


 イザベルがマサヒデの手の金を見つめる。


「・・・」


 金貨を3枚裾に入れ、イザベルの手を取る。

 残りの金貨1枚と銀貨15枚を乗せる。


「ふふ。杖を選んで正解でした。これは貴方のお金です」


 金貨1枚。銀貨15枚。

 じゃり、と握って、裾に入れる。


「は!」


「宜しい。では、服を買いに行きますよ。

 明日は道場に行くんですから、稽古着は必要です」


「は!」


「稽古着なら丈夫ですし、2、3着買って、仕事着にしても良いでしょう」


「は!」


 ラディの母がにこにこ笑いながら、


「イザベル様、つなぎを1着お買いになっておくと良いですよ。

 稽古着は袴がひらひらしますから、やりづらいお仕事もあると思いますし」


「む。お母上、つなぎとは」


「稽古着みたいな厚い生地の、作業着の事ですよ。

 上と下がつながった、1着の服なんです。

 楽ですから、部屋着にも良いですよ」


「値段は如何ほどしましょうか」


「ピンキリですけど、銀貨4、5枚のを選んだ方が無難ですよ。

 太ももの横とか、足に大きなポケットが付いてると便利です。

 大工道具なんかを売ってるお店には、必ず置いてありますから」


「おお! ご助言、感謝します!」


 マサヒデがにっこり笑って頷き、


「よし。では行きましょう。道着とつなぎです」


「ははっ!」


 マサヒデがにやにや笑いながら、


「あ、お母上、一番近い所はどこでしょう?

 またイザベルさんが倒れたら大変です」


「あははは!」


 イザベルが顔を赤くして俯く。


「ん・・・」


「ここ出て右に行くと、十字路ですよね。

 そこを右に行けば、道の左側で、ええっと3軒目? 4軒目? すぐです。

 うふふ。イザベル様、とっても丈夫な革手袋も売ってますよ?」


 イザベルがぶんぶん首を振り、


「いや! いや! もう革は!」


「ははは! 軍手にしておきましょう!」


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