第635話
魔術師協会。
からからから・・・
「只今戻りました」「イザベル、只今戻りました!」
居間に戻って、
「おかえりなさいませ」「おかえりなさいませー!」
「さ、イザベルさん。その本置いて。急いで出掛けますよ」
「は? は!」
クレールが驚いて、
「ええっ!? 帰って来ていきなり!?」
「もうイザベルさんは冒険者。ここには泊めません。
それと、明日は道場です。さすがに着流しでは行けませんよ。
早くしないと、日が沈みます」
「は!」
さ、とカオルが立ち上がって湯呑を出し、
「出かける前にご一服」
「ありがとうございます」
「感謝致します!」
ぐぐー・・・
「さ、行きましょう」
「は!」
ひょいとマサヒデが廊下から顔を出し、
「遅くなるかもしれませんから、夕餉は先に食べて下さいね」
すたすたすた・・・
がらがら。
居間に置かれた『冒険者心得と規約』。
「お忙しい事ですね・・・」
「本当・・・」
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広場に向かいながら、
「イザベルさん」
「は!」
「きついでしょうが、職人街に行きますよ」
「う・・・はい」
「野営具なんかはあちらで揃えた方が良い。
その杖を売るのも、あちらの方が良い」
「は・・・」
「目眩で危ないと感じたら、すぐ言って下さい。
近くの店の中に逃げ込みましょう」
「は!」
「それと、これは全然関係ない話ですが・・・
答えたくなければ構いません」
「お聞き下さい!」
「イザベルさんって、体重はどのくらいあります?」
「体重ですか? ううん・・・15、6貫(約56~60kg)でしょうか?
申し訳ございません、旅に出てから、計る事はなかったもので」
「15、6貫・・・ううむ・・・」
イザベルの体形はカオルと大して変わらない。
カオルよりは重いだろうが、大きく変わらないだろう。
「何かご不審でも」
「貴方が黒嵐に乗っている時に気付いたんです。
イザベルさん、カオルさんとはそう体形は変わりませんね。
体重は少し重い程度でしょう」
「はい」
「でも、人族より遥かに凄い力と頑丈さがある」
「はい」
「シズクさんは、馬が潰れてしまうくらいの体重があります。
ならば、あの剛力も納得がいく。それだけ筋肉が詰まっている。
骨もぎっちり詰まって頑丈というわけです」
「はい」
「貴方は、人族と重さが殆ど変わらない。
なのに、遥かに凄い力と頑丈さがある。
ううむ、何故でしょう」
「さあ・・・そういう種族だからとしか。
我々から見れば、人族はなぜこうも非力なのか。
なぜ鬼族はああも重いのか、と」
「でしょうね。マツさんやクレールさんも、人族とそう変わらないでしょう」
隣で歩くイザベルを見て、
「関節の位置も変わらない。おそらく、筋肉の筋なんかも変わらない。
私よりも細いのに、私を遥かに超える剛力と頑丈さ。
なのに、重さは大して変わらない。何故だろう?
ううむ・・・不思議だ・・・」
「マサヒデ様。これは予測でしかありませんが」
「聞かせて下さい」
「身体にこもる魔力の違いでは?」
「というと?」
「この世のあらゆる物に魔力はあると言います。
米粒ひとつ。砂粒ひとつ。
我々と人族では、魔力が違うのでは?」
「では、マツさんはどうです。凄い魔力を持っている」
「魔力量ではなく、何と言いましょうか、魔力の付き方のような」
「魔力の付き方?」
「ホルニ工房にて、魔力のこもった鉄を見せて頂きました。
他の鉄と重さは変わりませぬ。
されど、あのような力」
「む・・・」
「恐ろしい力を持った魔剣も、重すぎて使えないのでは、そう脅威ではありませぬ。使えるから脅威。あらゆる物に魔力があるのなら、お腰の刀にも魔力があるはず。されど力はない。ならば魔力の量ではなく、付き方の違いでは?」
「ううむ。何となく得心がいきました。
魔力の量ではなく、付き方か・・・」
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職人街入口。
イザベルが顔をしかめだした。
「急ぎましょう」
「は!」
「さっさと野営具を買いましょう。背負子もあるはず」
「は!」
登山具の店。
ここならあるだろう。
イザベルの顔を見て、早足で入って行く。
「いらっしゃーい」
「野営具を一式準備したいです」
「はーい! 天幕の大きさは?」
「2人分ので」
「はいはーい!」
すたすた歩いて行き、天幕の棚。
袋に入っている。
「おっ! 畳んであると、意外と小さいですね。
これでいくらでしょう」
「銀貨20枚です」
「ふむ」
持ち上げてみる。2貫あるかないか。
「組み立て方は?」
「こちらへどうぞ!」
店内の広い場所に来て、袋からごそごそと分厚い布を出す。
よいしょ、よいしょと店員が広げて、真ん中を指差し、
「この、真ん中に茶色い丸がある方が上ですね」
「ふむ」
「で、この紐を持って来て、杭を打ち込む。
この時、対角線で打ち込まないと、よじれちゃいますよ」
「イザベルさん、よく見てて」
「は!」
がつん! がつん! と店員が杭を打ち込む。
「こうやって、こっち側を打ち込んだら、反対側を」
反対側に回って、店員が杭を打ち込む。
八角形が出来た。
「で、これが真ん中の柱ですね」
袋から鉄の棒を出す。
鉄の筒で、中に鉄線。
「潜り込みまして」
3人が中に入る。
「この床のここの金具。ここに差し込むわけですね」
「ほう」
「で、後はこうして立てていく」
柱を上に立てていき、
「はい立ちました!」
「おお、早いですね」
「で、外に出てみますっと」
外に出ると、天幕の真ん中辺りの高さの所に紐。
店員がそれを取って、引っ張って打ち込んでいく。
「はい完成! 慣れれば5分です」
「良いですね」
「で、こいつは前がこう開くんで・・・」
袋の中から細い棒を2本出して、入口の布の左右の下に置く。
小さなひさしだ。
「窓の布を開ければ暑い日も風が通るし、この下で焚き火も出来ます」
「こんな近くで焚き火は危なくありませんか?」
「この天幕は固い綿ですからね。固いと意外と燃えないんです。
火花くらいは全然平気です」
「おお! 良いではないか!」
「まだありますよ。中に入って下さい」
中に入って、店員が柱の引っ掛けを指差す。
「これはランプ掛け!」
「おお!」
「雨はどうです?」
「台風でも来なきゃ平気ですよ。穴でも空かなければ、雨漏りしません。
ただ、綿ですからね。しっかり乾かさないと、かびちゃいます。
すぐ使うなら構いませんが、長く畳んでおく時は注意して下さいよ」
「なるほど。イザベルさん、どうです」
「気に入りました!」
「では、天幕はこちらを下さい」
「ありがとうございます!」