第634話
魔術師協会、居間。
昼間から酒を呑んだ事がばれ、平伏するイザベル。
皆がイザベルを見て、にやにや笑う。
罰は、鬼とレイシクランと共に酒を呑むこと・・・
「さて。イザベルさんが出ている間に、お返事が届きました」
「は!」
ば! とイザベルが顔を上げる。
マサヒデが懐から封を出し、
「お父上からのお返事を読み上げます」
「は!」
「よく武を磨け。以上です。
戻れとか、冒険者は駄目とかはありません」
許された!
マサヒデ様の元で剣を学ぶ事が出来る!
ぱあ・・・とイザベルの顔が明るくなった。
「この返事は、この魔術師協会の通信機に届きました。
ですので、これから冒険者ギルドに行き、これを伝えます。
貴方はそれで晴れて冒険者となります」
「は!」
「では参りましょう」
「ははっ!」
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冒険者ギルド、受付。
「こんにちは!」
マサヒデの後ろに、晴れやかな顔のイザベル。
良い事があったのだ。
「お疲れ様です。先程、イザベルさんの家から許しが届きました。
彼女を冒険者として登録して頂けますか」
「あーっ! イザベル様、やりましたね!」
「うむ! 水汲み、荷運び、草むしり、庭掃除! 何でも任せてくれ!」
「うんうん! 良い気合です! では、冒険者見習いの儀式ですよ!」
冒険者見習いの儀式。
何だそれは?
マサヒデとイザベルが顔を見合わせる。
「何です? その儀式って」
「あはは! ただそう言われてるだけです。
冒険者見習いの方には、得物をひとつだけ無料で支給します。
それを選ぶのを儀式なんて言われてるんです。高い物ではありませんけど」
「へえ・・・そうだったんですか」
「この得物を買い替える事が出来て、見習い卒業っていう意味もあるんです」
「おお、なるほどな!」
「では、儀式が終わったらまたこちらへ!
メイドさーん! 儀式でーす!」
メイドがにっこり笑って歩いて来て、
「こちらへ」
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冒険者ギルド内の一室。
安っぽい机の上。
安っぽい得物。
安っぽい壁には、安っぽい長物。
どれも、刃引きして稽古用にするような得物だ。
ナイフ、短剣、長剣、大剣。
短槍、大槍。
棍棒、六尺棒。
短弓、長弓。
どれを見ても、一見して分かる安物。
さて、イザベルはどれを選ぶだろうか。
「うむ・・・」
ぐるっと部屋を回り、イザベルが得物を取った。
「これにする」
杖。
おや、とマサヒデが驚く。
イザベルは魔術も使えるのか。
メイドが頷いて、
「それで宜しゅうございますか。
部屋を出たら、取り替えはききません」
「うむ。これで良い」
イザベルが帯に杖を差し込むと、メイドがドアを開け、
「では、受付にて冒険者免許証をお受け取り下さいませ」
「うむ」
マサヒデとイザベルが部屋を出る。
「イザベルさん、魔術も使えるんですか」
「いえ。全く」
「これから習うんですか?」
「いいえ。マサヒデ様。置いてあったのは、どれもクズ鉄。されど」
イザベルがにやりと笑う。
杖の先を指差し、
「ただひとつ、宝石が埋もれておりました」
「ははは! お見事!」
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マサヒデとイザベルが受付に戻る。
受付嬢がにっこり笑って、
「はい! こちらがイザベル様の冒険者免許証です!」
イザベルが両手で顔の前に持って行き、
「おお、おお・・・これで、我も冒険者か!」
「はい! お仕事中は必ず身に付けておいて下さいね! イザベル様の身分証明書でもありますが、仕事を引き受けた冒険者だ、と先方に証明する物でもありますから、無いと仕事が出来ませんよ」
「うむ!」
「紛失された場合、再発行にお金と時間が掛かります。注意して下さい」
「金は分かるが、時間はどのくらい掛かろうか?」
「2、3日ですね」
「その間は冒険者仕事は出来ぬ訳か・・・うむ、気を付ける」
受付嬢は小さな冊子を取り出し、
「では、これから注意点を簡単にお話しします。
帰りましたら、こちらの『冒険者心得と規約』を熟読して下さい。
特に、金銭面の規約などは必ず。
依頼人の中には、ごまかそうとする輩もおりますから、ご注意下さい」
「やはりそういう輩もおるか」
「はい。仕事に入る前であれば、その場で依頼を断っても結構です。
仕事が終わった後でしたら、依頼書と自分の仕事内容をご確認下さい。
不当であると認められましたら、ごねずに帰って来てご報告下さいね」
「何? では報酬はどうなる?」
「実際に不当であれば、イザベル様にギルドから報酬の補填が出ます。
そして、報酬の大小に関わらず、その依頼人はブラックリストに載ります。
冒険者ギルドは信用第一。よって、信用出来ない依頼人は相手にしません。
依頼人が今は金が、家族が、などと言っても、ご報告は必ずお願います。
こういう報告も、冒険者の仕事のひとつです。
しばらくは、この本を持ってお仕事をするのも良いと思います」
「む、分かった」
受付嬢が掲示板を指差し、
「依頼は、基本的にあちらの掲示板から、自分のランクで出来るものなら何でも。お一人でも、お仲間とでも。複数人で依頼を請ける場合、一番下のランクの者が請けられる依頼までとなりますから、上のランクの者と一緒であれば上の仕事が出来るという事はありません」
「ふむ。複数人で請けた場合の報酬は、山分けとなるのか?」
「ギルドからの決まりはありません。
依頼人から何も言われなければ、お仲間と相談してお決め下さい」
「む、分かった」
「基本的に、同時に複数の依頼を請ける事は不可。
ひとつ終わらせましたら、こちらへ戻り、報告。
そして、次の依頼をという形です」
「基本的にというと、例外もあるのか」
「はい。例えば、同じ依頼者からの仕事が複数あった場合です。
トミヤス様が、洗濯の依頼、庭掃除の依頼、お食事の依頼を出された場合。
こういう場合は、一度にこなす事が許されます」
「ふむ」
「そして、トミヤス様が、洗濯の依頼と、森で狩りの依頼を出された場合。
同じ依頼人でも依頼を行う場所が変わりますから、同時に請けるのは不可」
「なるほど。同じ依頼人、同じ場所であれば良い訳だな」
「はい。そして、もうひとつの例外。
指名があった場合は、本来は上のランクの依頼内容でも請けられます」
「ほう。指名もあるか」
「イザベル様は獣人族、それも狼族ですから、奉行所から調査のお手伝いの依頼などを出される事があるかもしれませんし、我々ギルドから手伝いに行けと依頼が出されるかもしれません」
「ふむ」
「ですが、基本的に、指名があっても請ける請けないは自由です。
冒険者には、余程の事がない限り、仕事の選択の自由があります。
ただし、そのような依頼は高額の場合が殆どです。
また、名を売るにも良い機会ですし、お得意様を掴む良い機会です。
指名があって請けない方は、怪我をしているとかで動けない方くらいです。
あと、別の依頼を先に請けてしまっていたとか」
「なるほどな。指名がかかる程であれば、ランク関係なく腕は認められる、認められているという訳だ」
「そういう事ですね」
「では、余程の事がない限り選択の自由があると言ったが、余程の事とは、具体的にどのような場合があろうか」
「ううん・・・町のすぐ近くに魔獣の群れが出たとか。
大きな災害があった場合の救助や緊急支援とか。
奉行所よりも、冒険者ギルドの方がさっと動けますから。
こういう場合は、奉行所や役所、ギルドからお手当が出たりします」
「なるほど」
「あと、報酬は金でない事も結構ありますよ」
「というと、どのような?」
「宿の掃除などを手伝う代わりに、一定期間、部屋をただで借りられる。
飯屋で手伝いをする代わりに、何日か飯をただ食い出来る。
狩りの手伝い。一緒に行けば、狩り場を教えてもらえますね。
意外と、こういう依頼は人気ですよ」
「む! そうか、先を考えれば、それも良いな!」
「過去には、名刀が報酬になった依頼もありました」
「何!? 名刀とな!?」
受付嬢がにやあっと笑って、
「依頼内容は・・・何と竜退治!」
「う、ううむ・・・竜は無理だ・・・」
「うふふ。それと、同じ依頼内容でも、額が違う事が結構あります。
早い者勝ちですから、掲示板はこまめにご確認下さいね」
「む、分かった」
「最後に大事な事をお伝えします」
「うむ」
「仕事中の怪我などは全て冒険者の責任。
失敗した場合の補填も、冒険者の責任。
事故で何かを破損させたりした場合、原因が冒険者なら、冒険者の責任。
選ぶ自由はありますが、何かあった場合の責任は全て冒険者の自己責任。
我々ギルドは、あくまで仕事を紹介する所までです」
「うむ。責任は当事者。当然の事だな」
「見習い期間はある程度の補償が出ますから、しばらくはご安心下さい。
でも、イザベル様なら、何日もせずに見習い期間は終わると思います。
1ヶ月でランクも2つ、3つは上げられるのでは?」
「そうか?」
「はい! ですけど、くれぐれも怪我や体調にはお気を付け下さいね。
治療費は全額自分持ちです。体調管理も、冒険者に必要な技術です」
「うむ。武人の心得でもある。しかと覚えておく」
「これも覚えておいて下さい。
どんなにお強い方でも、気を付けていても、病気には絶対に勝てません。
その際の治療費も、全額自腹です」
「うむむ、魔術は全くだが、治癒や解毒は習っておいた方が良いか」
おや、と受付嬢がイザベルの杖を見て、
「魔術は使えないんですか?」
「全く分からん」
「では、その杖は?」
「高く売れそうだからな。これを売って、まともな得物を買う」
「あーっ! 賢いですね!」
「ふふふ」
イザベルが『冒険者心得と規約』の冊子を取る。
「世話になった。また来る」
と、くるりと振り返ると、マサヒデが手を挙げ、
「ちょっと待った」
「は」
マサヒデが受付嬢の前に立ち、
「申し訳ありませんが、明日はイザベルさんは来られないと思います。
大事な用事があるもので」
「そうなんですか?」
「はい。父上に、挨拶に行きませんと」
「あ! 新しい家臣ですものね!」
「一応、マツモトさんにお伝えしておいてもらえますか?
初日からさぼりって思われては、何ですから。
真面目に冒険者稼業をするか、心配していたようですし」
「はい!」
マサヒデは渋い顔をして、
「あの父上の事ですから・・・腕を見せろ、と必ず・・・ですから。
多分、午後も動けないでしょうし」
「うわあ・・・イザベル様・・・」
ああ、と受付嬢が悲しい目でイザベルを見て、
「せっかく冒険者になれたんです! 生きて帰って下さい!」
「う、ううむ・・・気を付けよう」