第629話
魔術師協会、居間。
マサヒデ、カオル、クレール、シズクは訓練場に行った。
マツは執務室に入って行った。
イザベルがぽつねんと居間で座っている。
やることがない。
かと言って、シズクのようにごろごろ出来るたちではない。
こん! と鹿威しが鳴った。
うむ、と庭を見る。
改めて見ると、広い庭ではないが、綺麗に整えられている。
石の形、大きさ、位置。
木の位置。
池の大きさ。
飛び石の置き方。
ちょろちょろと鹿威しに落ちる水の音。
(見事だ)
茶の道、侘び寂びの教えは叩き込まれた。
自分の家は武士の家ではなく騎士の家であるのに、何故かと考えたものだ。
だが、この庭を見ると良く分かる。
悪くない。
着ている着流し。
さらしの知恵。
昨日買った足袋。
草履。
悪くない。
実に良い。
魔の国は全般的に統一されてしまっている。
地方の風習とか宗教は自由だが、文化的な所はほぼ同じ。
余程の辺境だとかでなければ、どこに行ってもあまり変わりはない。
人の国。
ここまで遠かった。
国によって文化が大きく違っていた。
次の国に行けば全く違う文化。
面白い物が多い。
うずうずする。
じっくり町を見に行きたい。
もう勇者祭の参加者ではない。
闇討ちされる事はない・・・
行こう!
す、と立ち上がって、執務室の前に座る。
「マツ様」
「はい」
すう、と障子が開く。
「お仕事中、失礼致します」
「なにか?」
「この町を回ってみたく思います」
「お散歩? 構いませんよ。あ、ちょっと待って下さい」
マツが執務室を出て、奥の間に入り、戻って来てイザベルの手を取り、
「はい。これはお小遣い。マサヒデ様には内緒ですよ」
と、銀貨を2枚乗せてくれた。
貰って良いのだろうか。
「出先でお食事でもして来て下さい。
何か買ってきたらバレてしまいますよ。
お釣りはこっそり、隠しておいて下さいね」
マツがにっこり笑って片目を閉じる。
「ありがとうございます」
「それと、マサヒデ様の脇差をお持ち下さいね。
貴方も貴族の令嬢なんですよ。
何があるか分かりませんから」
「マサヒデ様の? それは」
「大丈夫。予備の方をお借りしましょう。
私から伝えておきますから。
それに、マサヒデ様は、こんな事で怒りはしません」
「ありがとうございます」
マツと一緒に庭に戻って、刀架から脇差を受け取る。
「さ、ご確認下さい」
「は」
くい、と少し抜いて、
「おお!」
濤瀾乱刃、1尺8寸。ヒロスケ。
なんと華美な刃紋であろうか!
「うふふ。イザベルさんはそっちが好みかしら」
「これは、これは素晴らしい!」
「魔の国では、あまり刀ってありませんものね。
まあ、こちらでもお使いになっておられる方は少ないですけど」
「やはり、本場のこちらでも値が張りますか」
「ええ。少し古い物で、まともに使える物は金貨100枚前後。
有名な方の物だと、何百枚も!」
「ううむ」
「マサヒデ様のお刀がありますでしょう? 立ち会いの際に使っておられた」
「あの・・・青黒い鞘の」
「あれはいくらかしら? 1000枚? 2000枚? もっとかしら?」
「えっ!?」
「うふふ。値が付けられないんです」
「それ程の作ですか!?」
「今まで見つかっていなかった、国宝の刀の兄弟刀なんです」
「こっ、国宝の!?」
「うふふ。また秘密が増えましたね。これも内緒ですよ。
文科省に知られたら、無理矢理に買い上げられてしまいますもの」
「・・・」
一体、マサヒデ様にはいくつ秘密があるのだ!?
「ここには、レイシクランの忍の方が常駐していてくれています。
安心して、お出掛け下さい」
「は! ・・・え? 常駐?」
「庭をよくご覧になって」
じー・・・
「感覚を研ぎ澄ませてみれば、分かります。
シズクさんでも分かるんですもの。
狼族のイザベルさんなら、すぐ分かります」
「ん・・・」
目を細めて、よく見てみる。
いるか・・・気のせいか・・・
鼻には何も匂わないが・・・
「ふふふ」
「むっ!」
誰もいない縁側から笑い声!
「鼻に頼ってばかりではいけませぬ」
ぱ! と跳び下がる。
床下!
「同僚となります故」
床の間!?
「今後とも宜しくお願い致します」
廊下!?
「・・・」
一体、どこから!?
床下はまだ分かる。
縁側!? 床の間!? 廊下!?
目の前ではないか!?
「うふふ。皆様、いたずら好きなんですから」
マツがくすくす笑っている。
イザベルは冷や汗を垂らすばかり。
これがレイシクランの忍!
「カオル殿は・・・この方々から一本取ったと」
「ええ。あれは見事でしたよ」
駄目だ。自分は今、死んでいた・・・
イザベルは誰も居ない庭に頭を下げ、
「参りました。皆様、宜しくお願い致します」
ちちち・・・
雀が飛んできて、縁側にとまる。
「ここは我らにお任せを」
雀から声!?
驚いていると、雀が飛んで行った。
「うふふ。お散歩を楽しんできて下さいね」
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玄関を出る前に。
髪。良し。
襟。良し。
帯。良し。
脇差の位置。良し。
手拭い。懐紙。お小遣いの銀貨。
歩くつもりだから、足は地下足袋。
「良し」
がらりと玄関を開けて、1歩前に出て閉める。
庭の方を見る。
「ううむ・・・」
あの忍が居る所に、いざ勝負と踏み込んで行ったのか。
マサヒデ様が正々堂々とした方でなければ、どうなっていた事だろう。
入口を出ると、目の前に冒険者ギルド。
私が冒険者になるのは、今日か、明日か。
供の者と、大泣きして分かれた。
クレール様のご結婚を知り、大声を出した。
あの受付嬢には、悪い事をしてしまった。
じっと見ていると、視線を感じたのか、ん、と受付嬢がこちらを向いた。
小さく頭を下げて、受付に歩いて行く。
「おはようございます」
「うむ。おはよう。先日は騒いでしまい、失礼した」
「あ、いえいえ! 大丈夫です!」
「クレール様とは、幼き頃、魔の国で知り合いであったのだ。
それで、結婚を知り、驚いてしまったのだ。申し訳なかった」
「あ、そうだったんですね。それは驚いても仕方ありませんね」
「うむ。しかし、恥ずかしい事だ。
マツ様との子のお七夜のパーティーは、盛大に行われたそうではないか。
少し話を聞けば、知り得たであろうに」
「あ! お七夜のパーティー! 凄かったんですよ!」
「それほど盛大であったか」
「ブリ=サンクはご存知ですか?」
「この町の有名ホテルだな。名は聞き及んでいる」
「あそこのレストランを借り切って! 花輪がびっしり!
トミヤス様が虎を斬ったり、カゲミツ様がすごいポーカーをしたり!」
「何、虎を斬ったのか?」
「すごいんですよ! 真正面からうわーって虎が跳んできたんです!
で、しゃがむみたいにして、跳んできた虎の下に!
刀がばさー! 虎が頭から尻尾まで、たった一太刀で縦に真っ二つ!」
「何!? 縦に両断したのか!?」
「はい! でー、後から聞いたんですけど・・・」
「うむ」
「なんと! 刀には、瑕一つ付いてなかったんですって!」
「誠か!? 信じられん!」
「後でご本人にお尋ねしてみては?」
「ううむ・・・我が主ながら、何と恐ろしい腕よ。
全く、我はよくも立ち会いを望んだものだ。
殺されずに済んで良かった」
「トミヤス様は、簡単に人を斬ったりしませんよ!」
「であろうな」
「うふふ。斬らなくても倒せちゃいますし」
「ははは! 確かにそうだ!
余程の相手でなければ、斬る必要などないな!」
心安い娘だ。
少し不安は残っているが、何とかやっていけそうだ。
ちら、とロビーの方を見る。
魔族も人族もいる。
あの者達とも、馴染んでいけるだろうか。