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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十四章 冒険者へ
628/756

第628話


 翌早朝。


 庭でマサヒデ達が素振りをしている。

 マサヒデは徹底して、素振りも見せないと、縁側の障子を閉めている。


 イザベルはじっと目を閉じ、音を集中して聞いている。

 マサヒデが振っている。

 カオルが振っている。

 シズクが棒を振っている音はしない。

 が、ふうー、ふうー、と荒い息をしているのが聞こえる。


 ぴくり。


 さわ、と小さな音。

 衣擦れの音。

 布団の音。

 マツが起きた。


 奥の間が開いた。

 マツが出て来た。

 頭を下げる。


「イザベルさん、おはようございます」


「おはようございます」


「何故、障子を閉めてるんですか?」


「素振りも見てはならぬと」


「まあ! 徹底しておりますね。そんなに意地悪な」


「いえ。音を聞いているだけでも、分かる事はあります」


「あら、カオルさんみたい」


「カオル殿?」


「うふふ。そうですね・・・私の秘密も教えてしまいましたし・・・

 この際、カオルさんの秘密も教えちゃいましょう!

 これも、周りには秘密ですからね」


「カオル殿の秘密?」


「カオルさんは、忍です。それも、超一級なんですよ」


「む! そうでしたか・・・なるほど」


 人が来る前に、既に玄関に出ていたり・・・

 やけに勘が鋭いと思っていたが、そういう事だったのか。

 家臣であると知られると都合が悪いというのは、それでか。


「具体的に、どのくらい凄いかと言いますと」


「はい」


「お父上、カゲミツ様から、大事な刀を盗んでしまえるくらい」


「ええっ!?」


 剣聖の大事なお刀を盗めるほどの腕の忍!?

 そんな忍がいるのか!?

 いや、すぐそこにいるのだ!


「そう! 凄いでしょう?」


「そこまでの腕でありましたか!」


「人族でありながら、レイシクランの忍の皆様からも、一本取っています。

 剣術では、レイシクランの皆様も敵わないと仰ってるんですよ」


「なんと!?」


 既にそれ程の者を家臣にしていたとは!

 我が主ながら、畏れ入るばかりだ。


「カオルさんの本当の顔は、マサヒデ様しか知りません。

 普段の姿も仮の姿。年齢も不明。

 男にも女にもなりますから、性別も分かりません。

 言動からして、多分、女だとは思うんですけど・・・

 私にも教えてくれないんです」


 イザベルが急にもじもじしだした。


「なにか?」


「・・・昨日、一緒に湯に入りました」


「ええ」


「あの・・・男でしたら、どうしましょう」


「うふふ。気にしない事です」


「はい・・・」



----------



 マサヒデ達の素振りが終わり、朝餉。


「・・・」


 イザベルが膳を見つめて首を傾げる。

 粗食ではあるが、食べると何故か粗食に思えない。

 昨日もそうだったが、はて、何故だろう?


 首を傾げながら、箸を進める。


「イザベルさん」


「は!」


「今日、明日に返事が返ってきますよね」


「おそらく」


「返事が来て、冒険者は駄目でも、他の仕事なら良しとか、私ではなく道場へ行けとか。まあとにかく、帰らなくて良い、と来ましたらですね」


「は!」


「まず初日はトミヤス道場に行ってもらえますか。

 すぐ隣村ですから、父上に家臣が出来たと報告せねば」


「は!」


「で、私は家を放逐されていますので、道場に入れません。

 ですので、誰か一緒に行ってもらえませんか?」


 カオルが手を挙げて、


「私が。道場の馬術を偵察に」


「ああ! そう言えばそうでしたね。

 では、馬術の稽古が始まっていたら、イザベルさんも見せてもらいなさい」


「え!? 宜しいのですか!?」


「トミヤス道場では、馬術ってまともにやってなかったんですよ。

 つい先日、馬を捕まえてきたばかりです。

 もう始まっているか、まだ馬を慣らしている途中かは分かりません」


「おお! そうでしたか!」


「今まで馬術はやっていなかったから、父上の馬術がどの程度か不明です。

 黒嵐には普通に乗っていたようです。

 イザベルさんは、馬術が良く出来るのは分かっています。

 もし気付いた事などあれば、父上に進言して下さい」


「私が!? 進言を!?」


「はい」


「カゲミツ様の稽古に!?」


「はい」


「しても良いのでしょうか!?」


「構いません。稽古の質が上がると思えば、何でも言って下さい。

 父上は武術に関しては、良い、と思えば何でも取り入れます。

 武術以外では、すごく我儘な所がありますが。

 ええと、当日の馬は・・・黒嵐には乗りましたし、カオルさん、どちらか」


「は」


「ああ・・・それとですね」


 マサヒデが渋い顔をして、


「多分というか・・・間違いなく、父上は剣の腕を見せろと言ってきます」


「ふう」「ですよね」「あー」「・・・」


 皆、カゲミツを知っている。

 皆が、ふう、とため息をつく。

 ぱちん! とマサヒデが手を合せ、


「なので・・・申し訳ありません!

 その際は、父上に付き合って下さい!」


「ええっ!?」


「痛い目に遭う・・・と思いますけど・・・

 何か、教えをもらえる事もあるかもですし」


「教えを!? カゲミツ様から!?」


「父上は、最初に必ず、何手譲る、と言ってきます」


「は!」


「そこで、避けながらぶつくさ注意してきたらですね」


「は!」


「その注意を一言一句漏らさず、覚えてきて下さい。

 後で思い出すと、おお、そういう事か! となります。

 父上の一言は、私の稽古1ヶ月分くらいの教えです」


「なんと!?」


「一振り一振り、殺す気で振って下さい。

 と言うか、そのくらい真面目にやらないと、こりゃ駄目だと投げられます。

 何も言わずに叩きのめされて、教えなどもらえません」


「は!」


「具体的な父上の強さですが、私が10人いても掠りもしないです。

 マツさんでも、遠くから村ごと吹き飛ばさないと勝てないです」


「・・・」


「その目と身体で、相手を髪の毛1本から足の爪まで全部見ています。

 ですから、逆を言えば、教えるとなると非常に的確な教えをもらえます。

 一言でももらえれば、1ヶ月分です。

 良いですね。一振り一振り、殺す気で」


「は・・・」


「カオルさんも、機会があれば無願想流を見てもらいなさい。

 まともに振れるようになってから、見てもらってないでしょう」


「は」


 ほ? とイザベルが顔を向けて、


「マサヒデ様。むがんそうりゅうとは? 流派ですか?」


「ああ、イザベルさんは知りませんか。

 昔の失伝した流派の振り方を偶然見つけたので、今練習中なんです」


「どのような」


「秘密です」


「マサヒデ様! それは、トミヤス流ではないのですよね!?」


「ははは! イザベルさん、中々痛い所を突きますね!」


「では!」


「駄目です」


「何故!」


「元々、トミヤス流自体が、色んな流派をごちゃ混ぜにした物なんですよ。

 父上が武者修行中に得た技術を、これは良いかもという所だけ絞って。

 実は、父上も無願想流を使えたりします。

 ただ、無願想流は少し特殊なので、道場では教えていないのです」


「む、む、む」


「ふふふ。謂わば、無願想流もトミヤス流の一部です。

 だから、駄目です。こじつけに聞こえるかもしれませんが」


「む・・・」


「あと、もうひとつ。これはイザベルさんにとっては大事な所だと思います。

 イザベルさんは結構こだわりが強いと思いますから、先に注意です。

 トミヤス流は武術であって、武道ではないです」


「と言いますと?」


「術だけ。技術だけって所です。

 武術を通じて精神を高めるとか、そういう崇高な理念は皆無です。

 精神とは、術を使う為に鍛えるもの」


「は?」


「良く分かりませんかね。トミヤス流は勝てば正義です。

 後ろから斬りかかる。暗殺。毒殺。1人を複数で襲う。

 どんな卑怯な手だろうが、勝ちが正義。これだけがトミヤス流の理念」


「ええっ!?」


「ふふふ。知らない人は驚きますね。

 私は嫌だからそういう事をしないだけです。

 アルマダさんも、門弟の皆さんもやりません」


「何故!?」


「そういう決まり事は、自分で作れって事です。

 他の人が作った道を歩くのではなく、自分で道を作れという事。

 その上で勝て! 私は父上の教えをそう解釈しています」


「な、なるほど!」


「私が考えすぎているだけかもしれません。

 単純に、ただ勝てば良しってだけかも知れませんが・・・」


「が?」


「父上は私達がどんな決まり事を作って戦っても、一切文句は言いません。

 逆に、相手がそれは卑怯だ、などとなじってきても、どこ吹く風。

 どちらの道が正しいか。それは勝った方」


「ううむ!」


「武って、いくさって、そういうものではありませんか?

 周りが何と文句を言おうと、勝ちは勝ち。負けは負け。

 本当に正しくないのなら、そもそも有無を言わせず潰しに来るでしょうし。

 それで勝っても、その勝利はすぐ瓦解してしまうでしょうし。

 極端に言えば、お前が正しいなら勝って証明してみせろ、です」


「恐れ入りました・・・」


 カオルが平伏するイザベルをちらっと見て、


「ご主人様」


「なんですか?」


「トミヤス流を教えてしまって宜しいのですか?」


「あ、しまった・・・いや、まあ・・・ううん・・・

 いや! ほら、トミヤス流を学ぶ前に、まずその姿勢みたいな」


「苦しいですね」


「うふふ。お父上にはまだまだ届きませんか」


 マツがくすくす笑いながら茶をすする。


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