表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者祭  作者: 牧野三河
第四十三章 イザベル登場
627/758

第627話


 夜の町を、イザベルとクレールが歩く。


「イザベルさん、元気になりましたね!」


「は」


「もう大丈夫ですね!」


「おそらく」


「命はとっておきのドレス! ですね!」


「は。ドレス選びを間違えない」


「ですね!」


「ところで、クレール様。ひとつお聞きしたい事が」


「なんでしょう?」


「お七夜は、誰の?」


「ああ! マツ様ですよ。床の間のタマゴ」


「タマゴ!? あれはタマゴだったのですか!?」


「そうですよ」


 あの禍々しい物は、タマゴだったのか。

 確かに、タマゴの形はしていた。

 だが、黒いもやを垂らし、赤い鱗があり・・・

 まさかタマゴとは思わなかった。


「うふふ。みんな驚きますね! 私も驚きましたもの」


「ううむ・・・マツ様は、タマゴの種族でしたか」


「ええ」


 そこでイザベルが、はっ! と顔色を変えた。

 長命。タマゴ。見た事もない魔術。


「まさか、まさか、マツ様は、龍人族ですか!?」


「うふふ。秘密です!」


 翼はないが、龍人族だ。間違いない。

 家の名を聞いた事がないのも納得がいく。

 龍人族は魔王側近の城勤めや、学者・研究者の者が多い。

 どこも非常に裕福ではあるが、領地自体は小さな家ばかり。

 多忙な上に数も少なく、滅多に会える事はない。

 イザベルも見た事はない。


「ううむ・・・」


 マサヒデは龍人族を娶ったのか・・・

 龍人族であれば、クレールが第二婦人でもおかしくない。

 元王宮魔術師。龍人族であれば当然だ。


「うふふ」


 にやにやとクレールが笑っている。


「明日か明後日には、お返事が届きますね」


「え? あ、ああ、届くと思います」


「冒険者になれますかね? なれなかったら、どんなお仕事にします?」


「え・・・なれなかったら・・・」


 どうしよう?

 戻れとは言われないと思うが・・・


 鍛冶屋は面白そうだが、毎日あの臭いの職人街に行っては鼻が持たない。

 馬屋も良さそうだが、雇ってくれるだろうか?

 人を雇うほど、忙しくはなさそうだ。

 屋台は・・・料理が出来ない。


「ううむ・・・」


 兵学の教師。

 いや、クレールに見せてもらった本。

 人族の方が、兵学は遥かに上だ。

 さて、何が・・・


「何が出来ましょうか・・・狩人くらいしか思い付きません」


「狩人!? ハンター! うわあ、かっこいいですね!」


「そうでしょうか?」


「かっこいいですよ!」


「では、冒険者になれなかったら、狩人になりましょう。

 余裕が出来たら、新鮮な肉を持って行きます」


「冒険者になれなくても大丈夫ですね!」


「はい。大丈夫そうです」



----------



 からからから・・・


「只今戻りましたー!」「只今戻りました!」


「お帰りなさいませ」


 玄関を開ければ、既にカオルが手を付いている。

 やはり只者ではない・・・


「遅くなってごめんなさい!」


「夕餉はいかが致しましょう。温めますか? それとも、外で」


「頂いてきました!」


「承知致しました」


 ぱたぱたとクレールが入って行く。


「カオル殿」


「如何でしたか」


「何となくですが、こう・・・上手く言葉には出来ませんが、分かりました。

 私は、場違いというか・・・後は、マサヒデ様を知るのみ」


 カオルが小さく笑って頷く。


「場違い・・・なるほど。分かったようですね」


「おそらくでしか、ないのですが」


「これだけの時間で、よくぞ辿り着きました」


「マサヒデ様が丁寧にお教えしてくれた事、ハワード様のお教えのお陰です」


「どれだけ丁寧に教えてもらおうと、分からぬ者には一生分からぬ事。

 イザベル様は、ご主人様にとって良い家臣となりましょう。

 さあ、上がってご主人様にご報告下さい」


「は!」



----------



 イザベルが居間の前に立つ。

 着流しのマサヒデが、細い目でイザベルを見て、少しして笑った。


「おかえりなさい」


「は! 遅くなりました事、お詫び申し上げます!」


「座って下さい」


「は!」


 さわ、と着流しの音を立てて、イザベルが座る。

 もうおどおどした目ではない。


「貴方が命を捨てるべき場所、分かりましたか」


「まだ・・・まだ、全てを把握はしておりませんが・・・

 それは、マサヒデ様と今少し過ごさねば分かりませぬ」


「ふうん・・・大体で結構ですから、教えて下さい」


「一言で言えば、マサヒデ様の居場所」


「私の居場所・・・ですか。ふうむ、なるほど。

 それで、今少し過ごさないと、というわけですね。

 では、その場所を守る為の心得などはありますか?」


「命はとっておきの1着のドレス。

 相応しき場にのみ着るべし」


 マサヒデがにっこり笑う。


「ふふふ。いや、いかにもアルマダさんらしい。

 とっておきの1着のドレス・・・しかし、的確だ」


 すうー、とイザベルが頭を下げる。


「とっておきの・・・世界に1着の、最高のドレス。

 そんなの、簡単に汚せませんよね」


「は!」


「普段着にするなんて、もっての外」


「は!」


「貴方は今まで、そのとっておきのドレスを着て、駆け回っていました」


「は!」


「そのドレスを着ていく場所を間違えないように」


「は!」


「さて、と。頭を上げて下さい。貴方に紹介する者が居ます」


「は!」


 よ、とマサヒデが床の間のタマゴを膝の上に置く。


「私とマツさんの子。名はテルクニ」


「テルクニ様」


「剣聖の孫にして・・・」


 ちら、とマツを見る。

 マツが頷いて、にっこり笑う。


「魔王様の孫です」


「・・・はっ? 今、何と?」


「魔王様の孫。テルクニです」


 くすくすと皆が笑う。

 イザベルの目が真ん丸に開かれ、タマゴを見る。

 マツが笑いながら、


「うふふ。私、旧姓はフォン=ダ=トゥクラインと申します」


 ば! とイザベルがマツを見る。

 かたかたと小さく震えている。

 イザベルを見て、ぷす! とクレールが吹き出した。


「ぷぁ! えゃーははは!」


「あーははははー!」


「くくく・・・」


 マツが口を手で押さえている。

 クレールが笑い転げている。

 シズクがイザベルを指差し、腹を抱えている。

 後ろから、カオルの含み笑いが聞こえる。


 マサヒデが凄みのある顔でにやにや笑いながら、


「ふふふ。イザベルさん。私は魔王様の義理の息子だ・・・

 このテルクニは魔王様の孫・・・この秘密を知る者はほんの一握り。

 知ったからには・・・」


「はっ!」


 どうなる!? 首か!? 私1人の首で済むのか!?

 家!? 家もか!?

 実家だけで済むのか!? 親戚筋は!?


 ごく、とイザベルの喉が鳴る。

 だらだらと嫌な汗が流れていく。


 ぽん、とマサヒデがタマゴの頭に手を置いて、


「もう逃げられませんよ。貴方は仲間です」


「な? なかっま?」


「ええ。もう逃げる事は許しません。

 私か貴方が死ぬまで、私の家臣になって頂きます」


「家臣? 死ぬまで?」


「そうです」


 ぼろぼろぼろ・・・

 またイザベルが泣き出した。

 今度こそ、今度こそ認められた!


 マツがそっと膝を進めて、イザベルの手に手拭いを乗せ、


「おめでとうございます」


「姫様・・・」


 す、とマツが人差し指を口に置いて、


「それは秘密です」


「は」


「家の中でも、マツと呼んで下さいね」


「は! マツ様!」


「はい。結構です。さ、涙を拭いて。綺麗な顔が台無し」


 ぐしぐし、と目を拭って、懐紙を出して、ぶびー! と鼻をかむ。

 懐に突っ込んで、もう一度目を拭い、ぐぐっと頭を下げ、


「イザベル=エッセン=ファッテンベルク。

 皆様、改めて宜しくお願い致します」


「はい。これから宜しくお願いします」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ