第625話
マサヒデの厳しい叱責を受け、イザベルは真っ青な顔で項垂れてしまった。
居間の中も、しんと静まり返ってしまった。
ごく、とマサヒデが茶を飲んで、
「カオルさん。おかわり下さい」
と、湯呑を差し出す。
「は」
カオルが静かに茶を注ぐ。
「マサヒデ様」
「なにか」
マツがマサヒデに声を掛けたが、鋭い目を向けられ、黙ってしまった。
少しして、クレールがそーっと立ち上がり、イザベルの横に座る。
「イザベルさん」
そっとイザベルの手を取って、
「誰かにご相談してみましょう。ね」
「・・・」
「ほら。ハワード様の所には、騎士様がおられるではありませんか」
「はい」
「ハワード様も、騎士道にお詳しい方ですから。
皆様のご意見を聞いてみましょう。参考になるかも」
「はい」
「さあ、参りましょう」
「はい」
クレールがイザベルの手を引っ張る。
立ち上がるイザベルを、マサヒデがじっと見ている。
クレールが気不味そうにマサヒデを見て、
「あの、行ってきます」
「いってらっしゃい」
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郊外のあばら家。
日も傾いてきて、もう夕方。
空は茜色に染まっている。
「ここですか?」
「はい。皆さん、ここで野営してるんです。屋根もありますし」
「・・・」
「さあ、参りましょう」
草がぼうぼう。
わしゃわしゃと草を分けて入って行く。
着流しの隙間から草が当たる。
ひょい、と入口の左右から騎士が顔を出す。
「あ、クレール様・・・イザベル様」
「遅くにすみません」
んん? と騎士2人がイザベルに顔を向ける。
えらく憔悴した顔だが・・・
「どうかされましたか? 今朝の立ち会いで?」
「あ、いえ! 違うんです」
クレールがイザベルの顔を見上げて、
「イザベルさん、さっき、マサヒデ様からすごく怒られてしまって・・・
それで、皆さんからお話が聞ければと思って」
「はあ」
「中に入ってよろしいでしょうか」
「勿論です。どうぞ」
クレールがイザベルの手を引っ張って、中に入って行く。
縁側で将棋の感想戦をしていたトモヤとアルマダが顔を上げる。
「おや」
「どなた様じゃ?」
「あれがイザベル様ですよ」
「はあー! あれがか。ふうん・・・」
ぺすぺすと草履を鳴らして、2人が縁側の前に立ち、
「イザベルさん」
「は」
「こちらの方が、トモヤさん。マサヒデ様の幼馴染の方」
しゅた! とトモヤが手を上げて、にっこり笑う。
「おう! トモヤ=マツイじゃ。見ての通り、汚い平民じゃ!」
「宜しく頼む」
「うん・・・? なんじゃ、元気がないの?」
「・・・」
ん、とアルマダが小さく傾げ、
「お掛け下さい」
「はい」「は」
2人がアルマダの横に腰掛ける。
「何がありました?」
「あの、イザベルさん、先程マサヒデ様から叱責を受けてしまって」
「マサヒデさんから? どんな」
「武人の価値なし、家臣としての価値なしって言われてしまって・・・」
「おや。それは手厳しい」
「それで、ええと」
クレールを遮って、イザベルが頭を下げ、
「ハワード様! 私、己が命を軽く扱いすぎると!
命の捨て場所が分かっておらぬと!」
「ふむ」
「何か、何か・・・ハワード様は騎士道にお詳しいと聞きました!
私に何か、ご助言を頂けませぬか!」
「ふうむ。まず、頭を上げて下さい」
「は!」
「飲み物でも取って来ましょう」
アルマダが立ち上がり、奥に入って行って、盆に湯呑を乗せて戻って来た。
「ただの水ですが、まず飲んで、落ち着いて下さい。
一口ずつ、ゆっくり」
「は」
くぴり、くぴり、とイザベルが水を飲み、静かに湯呑を置く。
「では、結論から言います。細かい所は後で」
「はい」
「命を捨てるべき場所なんて、人それぞれ。
ですから、私の命の捨て場所なんて聞いても、参考になりはしません」
「・・・」
アルマダが振り向いて、
「トモヤさんは、どんな所で死にたいですか?」
「布団の上じゃ。そうじゃのお、勇者祭で戦って死ぬなど、まっぴらじゃ。
ジジイになって、ボケてから死にたいの」
「こういう場合なら死んでも良い、という所は?」
うん? とトモヤが腕を組んで首を傾げて、
「ううむ・・・将棋で魔王杯を取ったら・・・
いや、死んだら取れるなんてごめんじゃな。今の所、ワシにはないの!」
ふ、とアルマダが笑い、
「サクマさん! こちらへ!」
「はい!」
焚き火で肉を焼いていたサクマが縁側に来る。
「イザベルさん。サクマさんは雇いとはいえ騎士です」
「は!」
「ふふ。もしかしたら、彼の意見は参考になるかもしれませんよ」
アルマダがにやっと笑って、サクマの方を見て、
「イザベル様は、先程マサヒデさんから厳しい叱責を受けました」
「ああ、それであんなに・・・」
酷くがっかりしていた様子だったが、お叱りを受けたのか。
「イザベル様は命を捨てるべき場所が分かっていない。
それでマサヒデさんが怒ったそうです」
「なるほど」
「そこで、サクマさんのご意見を聞きたい。
私とクレール様の前で答えづらいと思いますが・・・」
う、とサクマが気不味い顔をする。
「サクマさん。私の為に命を捨てられますか?」
「ああ・・・っと・・・いや、そこは・・・」
ちらちらとクレールとイザベルを見る。
「はっきりと」
「ううむ・・・アルマダ様、申し訳ありません。無理です」
「え!?」
イザベルが驚いて顔を上げる。
「サクマ殿! サクマ殿は騎士ではありませぬか!?」
「ええ、まあ・・・」
「では、では! どこで、どういう場合でなら!?」
「ううむ・・・そうですね・・・
魔王様の所へ行き、勇者となり・・・ええと・・・
後世に名を残して、満足行くまで遊び暮らせたら、ですかね」
「・・・」
「ははははは!」
アルマダがげらげら笑う。
「あいや、実際にアルマダ様が狙われたとなれば・・・
動いてしまう、かも・・・」
「かも、ですか!? ははははは!」
「アルマダ様、ご勘弁下さい。先日、騎士道のお話の際も・・・
何故、いつも私なのです」
「目についたからです」
「・・・」
「ははは! 別に構いませんよ! 貴方を信頼していないのではありません。
私も、皆も、貴方を戦友として信頼しているのは分かっているでしょう。
大事な時に尻尾を巻いて逃げるような方ではないと、皆が知ってます」
「はい・・・」
アルマダがにやにやしながらイザベルを見る。
「サクマさん、肉をたくさん頼みます。
今日はイザベル様達にも食べていってもらいましょう」
「はい」
気不味い顔のまま、サクマが焚き火に戻って行った。
「ふふ。参考になりましたかね?」
「・・・」
イザベルが驚いた目で、サクマの背中を見ている。
クレールがほっとした顔で頷いた。
武士道。騎士道。
あの時と同じだ。
イザベルならすぐに分かってくれる。




