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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十三章 イザベル登場
624/756

第624話


 蒸し風呂から、シズクとイザベルが出てくる。


 ぱさり、ぱさり。


「ううむ」


 帯を見て、イザベルが首を傾げる。


「シズク殿」


「はいはい?」


「これで結ぶのだな?」


「分かんない?」


「適当に回して結べば良いのか?」


「慣れれば簡単だよ。右手の方を半分にして」


「何? 右手を半分?」


 シズクが前に立って、


「こうね」


「ああ、こうか」


「で、左の方にくるっと回してって。

 左の方は折った所は広がって良いの。

 右手の所の、先っぽだけ折れてれば」


「ふむ、こう? 回せば良いのか?」


「そうそう。そしたら、広くなった方を、右手の細い方の下から上に出す」


「こう」


「で、上に出て来た広い方を、左の方に挟んで」


「ふむ」


「で、お腹引っ込めて、背中に回すと」


「んっ!」


 しゅるっ!


「はい出来た」


「おお、これだけか」


「そうそう。簡単でしょ?」


「うむ。忘れぬよう、少し練習する」


 ばらり。


「右手で持って・・・回して・・・回して・・・下から・・・で、差し込む」


「そうそう! 飲み込み早い!」


「そうか?」


「うん。私、最初は全然出来なかったもん。適当に蝶々結びしてた」


「私も学ばねばな! よし、もう一度・・・」


「尻尾はどうしたら良いかな? 中に垂らしてると絡まるかな?」


「む・・・帯の中に巻くか? しかし、痛そうだ」


「うーん、帯の下の方で巻いて、先っぽだけ引っ掛かるとか?」


「試してみる。座りの良い所を探そう」


「穴開けちゃっても良いんじゃない?」


「そうだな。色々と試してみよう。無理そうなら穴を開ける」


「あははは! 冷えないうちに帰ってきてね!」


「うむ! 右手で持って・・・」



----------



 がらっ!


「たあーっだいまあー!」


 のしのしとシズクが上がってくる。

 ん、とマサヒデが顔を上げ、


「あれ? イザベルさんは?」


「帯の結び方、練習してる。忘れないようにって」


「ははは! そうですか。で、勝負はどうなったんです」


「やー、それがさあ・・・」


 どっすん、とシズクが座って、


「途中でやばくなってきてさ」


「倒れたりはしてませんよね?」


「帯の結び方、練習してるって言ったじゃん。

 倒れてはないけどさ、あれはもうちょいで倒れてたよ」


 はー、とクレールが息をついて、


「やっぱりですかあー」


「んー、もう目が回ってたよ。何か変なこと言い出してさ。

 ファッテンベルクは引かーん!

 ファッテンベルクは逃げなーい!

 とか言ってさ、その後、へんな声で笑い出してさ。やばかったよ」


 マサヒデが苦笑して、


「何です、それ」


「さあ? 全然分かんない。で、あ、これはまずいと思ってさ」


 シズクが手を回して、首の後ろから親指と人差し指を当てて、


「こう、首をきゅっとやって、落とした」


 げ! とクレールが顔を上げて、


「ええー!? シズクさん、何するんですか!?」


「いやいや、大丈夫。それで、私が出た後に倒れちゃったって事にした。

 だから、イザベル様の勝ちってね」


「ふふ。ありがとうございます」


「あーあ! もう根性ありすぎー!」


 カオルが冷たい茶を差し出す。

 シズクが一気飲みして、ごろん、と転がり、


「あんま無茶させない方が良いよ。

 イザベル様、危ないね。そこそこ腕はあるからさ、余計に危ない感じ」


「ううむ、私もそこが心配ですよ」


 マツも不安気な顔をして、


「そうですね・・・刺し違えても、なんて簡単にしそうです」


 カオルも頷く。


「何でもかんでも命を捨てて、という事は間違いだと戒めるべきです。

 命を捨てるべき場所というものを、しかと心得させねば」


 はあ、とマサヒデがため息をつく。

 うーん、とクレールが首を傾げて、


「絵物語の変な騎士道みたいです。ああいうのって間違いですよね」


「ええ。理想像のような物が固く出来てしまったんですね。

 急に忠誠心というものが出来たので、凝り固まってしまったのでしょう」


 シズクがひらひら手を振って、


「あんなんじゃ、戦うとか以前にさ、冒険者の仕事で過労で死んじゃうね。

 寝もしないで毎日走り回ってさ。ばたんきゅー」


 カオルが額に手を当て、


「こんな様子では、確実になりますね。

 イザベル様が言っておりました。

 私が仕事をすれば、それがマサヒデ様の名誉となる。

 私は、マサヒデ様に名誉を捧げたいのだ、と」


「うわー! 過労死確定!」


 はあー、と皆がため息をつく。

 マサヒデが渋い顔で、


「命令しましょう。

 毎日7時間以上睡眠を取ること。

 食事をしっかり摂ること。

 命を捨てるべき場所は何処か、考えさせましょう」


 マツが頭を抱え、


「そうですね・・・」


 と、俯く。

 はあ、とマサヒデが天井を仰ぎ、


「いやあ、これは参った・・・忠誠心もここまで来ると大変ですね」


「全くですね。お父様の最初の兵は狼族の皆様だったそうですけど・・・

 これは苦労されたでしょうね」


「皆さんも、あ、まずいなと思ったら、適当に注意して下さいよ。

 こうした方が私の為だって言えば聞くでしょう」


「そういう意味では、単純でもありますね」


「確かに!」


「あはははは!」


 がらり。

 イザベルだ。


「はっ・・・ん! んんっ!」


 シズクが咳払いをして、笑いを止める。


「只今戻りました!」


 しゅわ、しゅわ、と着流しの音を立てて廊下を歩き、イザベルが座る。

 む、とマサヒデが顔を引き締め、ぐぐっと背を伸ばす。


「おかえりなさい。イザベルさん。勝ったそうですね」


「は!」


「しかし、気を失ったそうですね」


「は、いえ・・・」


 ぱん! とマサヒデが膝を叩くと、ば! とイザベルが頭を下げる。


「私は確かに言いましたよ。

 勝っても負けても構わない!

 一番いけないのは、無理して貴方が身体を壊すことだと!」


「は!」


「貴方は、忠誠というものが分かっていない!

 命を捨てるべき場所というものを分かっていない!

 何でもかんでも命を捨てても勝つ、成功する、というのは忠誠ではない!」


「ははーっ!」


「蒸し風呂でどちらが長く、などという勝負で気を失った!?

 倒れて頭でも打っていたら、死んでいたかもしれないのです!

 そんな下らない事で家臣を死なせたら、私の名誉など地に落ちますよ!」


「申し訳もございません!」


「私だけではない! 私の家族、友人も! 貴方の家も!

 武門のファッテンベルクの者が蒸し風呂勝負で死!?

 それが名誉の死ですか!? 武人の死ですか!?」


「ははあーっ!」


「全く・・・貴方は、とにかく勝利、成功という事にこだわりすぎる。

 自分の手で勝利を送らねば、という事しか考えていない。

 それは名誉ではない! 貴方の欲でしかない!」


「不心得、お許し下さい!」


「まず、貴方は命を捨てるべき場所をよく考えなさい。

 貴方は自分の命を軽く扱いすぎる」


「ははっ!」


「ひとつ覚えておきなさい。

 命を捨てるべき場所でないのなら、逃げて結構! 引いて結構!

 命を捨てるべき場所で死ねぬ事こそ恥! それこそ不名誉!

 故に、己が命を軽々しく扱う者に家臣としての価値なし!」


「はっ!」


「私が言っている事が分かりますか。

 命を捨てるべき場所が分からぬ武人に、価値はない。

 即ち、今の貴方には、私の家臣となる資格も価値もないのです」


 え! と皆が驚いてマサヒデを見る。解雇!?

 ば! とイザベルが顔を上げる。

 目を見開き、ぶるぶると震えながらマサヒデを見つめる。

 マサヒデはイザベルを真っ直ぐ見て、は、と小さく息をついて、


「今すぐにクビにはしませんから、そんな顔をしない。

 貴方が武人として命を捨てるべき場所はどこか。それをよく考えなさい。

 誰かと相談しても宜しい。言葉に出来ずとも宜しい。

 心で分かればそれで良いのです」


「は・・・」


「イザベルさん。私の本当の家臣になってくれることを期待しています」


「はっ・・・」


 マサヒデの厳しい言葉に、皆、しんと静まり返ってしまった。

 武人としての価値なし。

 家臣としての価値なし。

 この言葉は、イザベルにどれだけ衝撃を与えたろう。


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