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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十三章 イザベル登場
623/756

第623話


 冒険者ギルド、浴場、蒸し風呂。


 ぱしーん!


 シズクが背中に手拭いを当てる。


「よおーし! じゃあ、勝負の方法!」


「うむ」


「まず、10分入る。そしたら、そこの」


 シズクが湯船を指差す。


「水風呂に入る」


「あれは水か」


「そう。横に手桶があるだろ?」


「うむ」


「あれでちゃんと汗を流してから入るんだ」


「む。分かった」


「蒸し風呂であつーくなった後の水風呂!

 じわーっと来て、最高だぞおー!」


「そうか」


「でも長く入ってると、冷えて風邪引くから、2、3分くらいね」


「うむ」


「そしたら、もう1回10分で、また水風呂。ここまでが準備ね」


「その後は」


「勝負開始! 一緒に入って、どこまで我慢出来るか!」


「よし。分かった」


「じゃ、行こうか!」


「うむ」「はーい!」



----------



 その頃、小会議室。


 カオルは蒸し風呂に付き合わず、マツモトと相談中。


「マツモト様。大変な事が起きてしまったのです」


「お聞かせ下さい」


「エッセン=ファッテンベルクが、狼族の家だとはご存知で」


「はい」


「昨日の事ですが・・・マツモト様とお話しの後の事です」


「何か問題でも」


「問題と言えば問題、喜ばしい事と言えば喜ばしい・・・」


 カオルが下を向いて、カップの紅茶を見つめる。


「マサヒデ様が、イザベル様に、主と認められました」


「主?」


「はい」


「主というと・・・ああっ! 狼族の主!?」


 マツモトが驚いて大声を上げた。

 部屋の隅のメイドも驚いてマツモトを見る。


「まさか、トミヤス様が!? 人族では初では!?」


「知られている限りは、そうです」


「ううむ!」


 マツモトが大きく唸って、腕を組む。


「これは驚きました。狼族の主になられるとは・・・

 あっ! もしかして、昨日のマツ様の急ぎの書簡とは!?」


「はい。国王陛下と、魔王様に」


「むう・・・狼族の主と言えば、魔王様を始めとして、歴史に100人もおられませんね・・・これは名誉な」


「昨日は、どちらかと言えば諦め半分のような感じでしたが・・・

 マサヒデ様を主とした後、急に人が変わりまして。

 武術などどうでも良い、冒険者として大成するなどと言い出す始末」


「それはまた・・・どうして」


「自分の武術の修行など、もうどうでも良くなってしまったのでしょう。

 おそらく、冒険者で働けという条件が、イザベル様の中で命令のように。

 とにかく、マサヒデ様の名誉の為ならと」


「ううむ・・・」


「マツ様に狼族の事をお聞きした所、その昔、魔王様に食事をと、何人も死者を出してまで危険な魔獣を狩りに出て、褒めてくれと言うような・・・もはや自分で自分を洗脳するに近い程の忠誠心になるのだとか」


「洗脳・・・それ程ですか」


「それ故、どんな仕事であろうと、それはもう真面目にこなすでしょうが」


「それほどとなると、少し心配ですね」


「ええ。他の冒険者と打ち解けられるかどうか。

 パーティーで使うには、かなり難しい者になるかと・・・」


「ううむ・・・出先で諍いなどを引き起こさないかどうか・・・」


「厄介者になってしまいますが、如何でしょうか」


「ソロで動くには問題ないのなら、そう使いましょう。

 狼族とあらば、間違いなく腕は確かなはず」


「ありがとうございます。それと、もうひとつ」


「なんでしょう」


「ランクが上がり、他の区域への配達などを任されるようになった場合です。

 彼女が馬を用意出来たら、なるべく配達を斡旋してほしいのです」


「配達をですか? それはまたどうして?」


「彼女には、万人に1人の天賦の馬の才があるのです。

 ハワード様の騎士様方に、しかとご確認して頂きました。

 このまま馬術を磨けば、必ず世界の頂点に立てるとお墨付きまで」


「世界の頂点? それ程の?」


「はい。驚いた事に、声を掛けるだけで馬を御していたのです。

 乗り慣れた馬なら分かりますが、初めて乗る馬でです」


「初めて乗る馬で!? そんな者は見た事もありませんな・・・」


 はあ、とカオルが息を吐き、


「今朝方、厩舎に行った時の事。

 厩舎に入り、イザベル様が「控えろ!」と大声を上げました。

 馬達が皆、頭を下げて・・・普通、驚いて暴れるかすると思うのですが」


「ううむ・・・」


「ハワード様の騎士様と立ち会った際もです。

 止まれと言っただけで、馬が止まるのです。

 馬から引きずり下ろされ、手綱も引かず、足で挟んでもおらず。

 声を掛けただけで止まったのです。今朝、初めて乗った馬で・・・」


「恐ろしい才ですね・・・」


「馬術というよりも、馬を統べる才、ですね。

 サクマ様曰く、極稀にこういう者が出るのだとか。

 一流の騎手にも中々いないそうで」


「ふむ」


「勿論、贔屓をしてくれと言うのではありません。

 配達で、余った依頼、他が受けない依頼を彼女に勧める、という程度で」


「まあ、他区域への配達となると、先の事になりましょうが・・・」


「はい。それまでのイザベル様の仕事ぶりを見て、ご判断いただければ。

 頭の片隅にでも、置いておいて下さいますと」


「それ程の才、私としても埋もれさせるには惜しい。

 このギルドでの仕事で花開いたとなれば、それも我らの名誉です。

 必ず、覚えておきましょう」


「ありがとうございます」



----------



 蒸し風呂。


 既にクレールは出て行ってしまった。

 ぴ! とシズクが瞼の上の汗を指先で飛ばし、


「あのさあ、イザベル様、あんま無理しちゃ駄目だよ?

 対決とかもういいからさ。私は平気だけど」


 ぴくり。

 私は平気だけど。


「ふん・・・」


「あのさ、元々の身体の作りが違うんだから・・・ね?

 ほら、私は長く入れるんじゃなくて、長く入ってないと効かないって事」


「平気だ」


 じりじりじり・・・


「私の負けで良いよ? もう四半刻近いよ?」


「譲られた勝利など、勝利ではない」


「んー・・・」


 からん! とイザベルが竹筒を投げ捨てる。

 空になった竹筒が跳ねて転がる。


「我は、イザベル=エッセン=ファッテンベルク・・・」


「ん?」


「ファッテンベルクは魔王の軍・・・

 ファッテンベルクは魔王の拳」


「はあ?」


「ファっ・・・ファッテンベルクは引かぬ。

 ファッテンベルクは媚びぬ。

 ファッテンベルクは顧みぬ。

 ファッテンベルクは只勝つ。

 ファッテンベルクに逃げはないのだ・・・」


「あー、うん」


「ファッテンベルクに負けはないッ!

 ファッテンベルクの敵は全て下郎ッ!」


「なんか・・・凄いね・・・」


「クククっ・・・」


 目が朦朧としている。


(あー、こりゃ駄目だ)


 シズクがイザベルの首の後ろに手を伸ばし、くい、と親指と人差し指で頸動脈を押さえる。


「あっ」


 かっくん。


「あーあ」


 よ、と抱えて外に出て行き、水風呂の横でばしゃばしゃと水を掛ける。

 目が覚めない。


「んー・・・」


 水風呂に頭を突っ込む。

 ぷくぷくぷく・・・

 ざば!


「ぶぁ! ぶはっはっ! ぐぇっふ!」


「大丈夫?」


「貴様! 殺す気か!?」


 シズクが不安そうな顔でイザベルを見る。


「私の負け。イザベル様の勝ちだよ」


「はぅーッ・・・へぅーッ・・・」


 シズクがイザベルの顔の前で手を振る。

 指を立て、


「見て。指、何本?」


「指? 3本だ」


「うん、じゃあ帰って、マサちゃんに報告だ。

 イザベル様、勝利。やったね」


「ん? 私の勝ちなのか?」


「覚えてないの? 私が出た後、イザベル様、そこで倒れちゃったんだよ。

 最後まで残ってたから、イザベル様の勝ち」


「そうなのか?」


「そうだよ。でも、もう蒸し風呂勝負はやめよう。

 また倒れたら大変だもん」


「うむ! そうだな! 勝てた!」


「うんうん。ほら、水風呂で身体を冷やそう! 気持ちいいよ!」


「うむ!」


 ちゃぱ・・・


「はあ・・・勝ったのか・・・」


 じゃばん!


「うん! すごい根性だったね!」


「そうか! ふふふ、そうか!」


 イザベルが満足気に笑う。

 酒の勝負は・・・やめよう。


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