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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十三章 イザベル登場
622/760

第622話


 からからから・・・


「只今戻りました」「イザベル、帰還致しました」


 帰還致しました・・・

 居間に居た皆が呆れてしまった。

 入って来たイザベルに、マサヒデが苦笑しながら、


「帰還致しました、はないでしょう。陣中ではないんですから」


「は!」


 勢い良く返事をするイザベルに、皆がくすくす笑う。

 カオルが袋を抱えたまま、


「イザベル様、まずこちらへ。ご主人様、しばし失礼を」


「は!」


 台所へ入り、蓋を開けて書庫の中。


「これより、湯に参ります。

 先程ご主人様が言われた通り、ここは戦の陣中ではありません。

 汚いまま主の前に立つのは、無礼千万」


「は!」


「大衆浴場には、お入りになった事は?」


「ありません!」


「では、簡単な決まり事をお教えしておきます」


「は!」


「まず、服は自分で脱ぐ。洗うのも自分で洗う。拭くのも自分で拭く」


「全て自分で、ですか」


 洗ってくれる者はいないのか。

 貴族暮らしのイザベルには驚きだ。


「はい。クレール様も最初は慣れないご様子でしたが、すぐ慣れます。

 一番大事な事は、身体を上から下まで全て洗ってから、湯船に入ること。

 身体を清めずに湯船に入るのは、厳禁事項です」


「は!」


「石鹸で身体を清めたからと言って、すぐに入ってはいけません。

 ちゃんと石鹸の泡もひとつ残らず流して、完全に清めてからです」


「泡ひとつも! 何と・・・厳しい規則があるのですね」


「そうです。皆が同じ湯に入るのです。

 少しでも湯が汚れないよう、互いに気配りをする。

 それが大衆浴場なのです」


「ううむ、互いの気配り」


「手拭いは先程新しい物を買っておきました。

 手桶などは向こうに置いてありますので、勝手に使って宜しい。

 勿論、持ち出しは厳禁ですよ」


「は!」


「湯を出、脱衣所に戻る前にも、ちゃんと身体を拭いてから。

 べたべた水を垂らしながら戻っては、後から来た方が滑るかもしれません」


「確かに!」


「普通に喋る分には構いませんが、大きな声は厳禁。

 これも気配りですね」


「は!」


「と、そのような大きな声は厳禁ですよ。

 湯殿の中では声が大きく響くのです。

 声は張り過ぎず、普通に答えること」


「は・・・」


「結構です。そして、マナー違反の者が居ても、無視しなさい。

 注意する必要はありません」


「何故でしょう」


「こちらが注意をして相手が大声を出してしまっては、これもまた迷惑。

 また、そのような者は皆に爪弾きされていき、最後には追い出されます。

 イザベル様がそうならないよう、しかと決まり事をお守り下さい」


「は!」


 カオルが袋を渡し、


「この袋の中に、さらしと、下着と、着流しと・・・」


 懐から草履を出し、


「これが、先程買った草履。サンダルのようなものです」


「ぞうり・・・」


 イザベルが鼻緒を摘んで、


「ここに、地下足袋のように足の指を挟む?」


「その通り。ちょっと近くに行く程度の時は、こちらをお使い下さい。

 いちいち地下足袋に履き替えるのも面倒でしょう。

 これは裸足で履いても構わない履き物です」


「お心遣い、有り難く」


「では参りましょう」



----------



 カオルとイザベルが居間の前の廊下に座る。


「我々、これより湯に行って参ります」


「え? まだ昼過ぎたばかりでは」


「ご主人様、イザベル様は先程の立ち会いで血も流しましたし、泥まみれに」


「ああ、そうでしたね。失念していました」


 よ! とシズクが起き上がり、


「私も行く! イザベル様、蒸し風呂対決しようよ!

 風呂代は奢るからさ!」


 対決。

 ぴくりとイザベルの眉が動く。


「シズク殿。むしぶろ対決とは、いかな勝負で」


「蒸し風呂にどれだけ長く入ってられるか!」


「むしぶろとは?」


 カオルが後ろから、


「サウナです」


「サウナ・・・」


 むむ、とイザベルの顔が曇る。

 サウナは嫌いだ。


「ははあん。イザベル様、蒸し風呂嫌いと見た」


「そうだ。サウナは好かぬ」


 びし! とシズクがイザベルを指差し、


「イザベル様、甘い!」


「何!?」


「実戦で、常に自分の土俵で戦える事はなーい!

 相手の土俵で勝ってこそ、真の強者!」


「むっ!」


 シズクがにやりと笑う。


「やるかい?」


「受けよう」


 ぱん! とシズクが手を叩き、


「よおっしゃ!」


「うわー! 楽しそう! 私も行きます!」


 わあ、とクレールが声を上げる。


「クレール様、ずるしちゃ駄目だよ。

 こないだ、魔術で水出してたでしょ」


「そおーっ、そ、そんな事はしません!」


(何て嘘が下手な)


 皆が呆れた目でクレールを見る。


「・・・もう、しません」


「よおし! 面白くなってきたじゃないか!

 鬼、狼、レイシクラン! どの種族が一番強いかなー!」


 ききき・・・

 イザベルが鋭い目でシズクを見据える。


「勝負と聞いては負けられぬ。

 確かに、我ら狼族でも力の強さでは鬼族に劣ろう。

 だが、負けぬ。我は引かぬ」


 シズクがごそごそとズタ袋から着替えと手拭いを出し、


「ふふーん。イザベル様はそんなにサウナ入った事ないでしょ」


「そうだ」


「私から仕掛けた勝負だから、ハンデあげる」


 ほーい、と竹筒を軽くイザベルに投げる。

 ぱし! とイザベルが顔の前で受け取る。


「その竹筒1本! 水、持ってって良いよ。

 倒れちゃったら大変だしねー」


 すすすー・・・イザベルの顔の前の竹筒が下りて行く。

 手が下りて、目だけがシズクを見据えている。

 もはや熱を通り越し、冷たい殺気に変わっている。


「・・・甘えよう」


「あははは! そんなに怖い目しないでよ!

 殺し合いじゃないんだから!」


「・・・」


 これ程の闘気を笑って軽く受け流すとは。

 鬼族の武術家とはこれほどか・・・

 イザベルの警戒心がさらに高まる。


 が、これもシズクだから出来る事。

 マツの黒いオーラとカオルの殺気に慣れているのだ。


「じゃ、行こうか!」


「わーい!」


「では、ご主人様、奥方様、行って参ります」


 ぱたぱたと皆が出て行った。

 イザベルは残り、


「マサヒデ様」


「ん? 何でしょう」


「勝利の栄光を、必ずや」


 ぷっ! とマサヒデとマツが吹き出して、


「はははは! イザベルさん!

 今回は勝っても負けても勝利の栄光になりますよ!」


「そ、それは・・・何故!」


「だって、貴方は私の家臣でしょう。シズクさんは私の友人でしょう。

 どっちが勝っても名誉です。だから、適当に引き上げなさい。

 一番いけないのは、無理して貴方が身体を壊すことです。分かりましたね」


「は!」


 ゆらりとイザベルが立ち上がる。

 闘志むき出し。

 がらりと玄関が開いて閉まると、急に空気が軽くなった。

 マツが呆れた顔で、


「マサヒデ様、イザベルさん、聞いてくれますでしょうか」


「さあて。どうなることやら・・・

 まあ、医務室に担ぎ込まれなければ、良しとしましょう」


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