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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十三章 イザベル登場
621/756

第621話


 職人街を出て、広場へ。


「んー! はあーっ・・・」


 イザベルが深く息を吸って、かくん、と前かがみになり、膝に手を置く。


「ううむ、職人街は厳しいな・・・

 市場もきついと思ったが、あれが天国に思える」


「革を扱う所が多いですから、仕方ありませんね」


「革か・・・革はもうたくさんだ」


「金のないうちは、革の鎧を着ることになると思います」


「・・・」


「安く、軽く、頑丈。音も少ない」


 イザベルが首を振り、


「いや、あの臭いは堪らん・・・今でも臭いで少し目眩がする。

 駄目だ。これでは、いざと言う時、逆に命に障る。

 揃えるのは時間が掛かろうが、着込みを少しずつ揃える事にする」


 感覚が鋭敏過ぎるというのも厄介だ。


「イザベル様は元々が頑丈ですからね。それも宜しいかと」


「うむ」


 ん、とイザベルが顔を上げて、


「カオル殿・・・いやカオル」


「何か」


「まだ金はあるか? 支度金から、これから買う分を引いてほしいのだが」


「何を買いましょう」


「履き物だ。あのサンダルのような物で良い」


 イザベルが草鞋売りを指差す。


「ああ。草鞋わらじですか」


「わらじと言うのか」


「あれは履き慣れないと難しいですし、すぐ紐が切れます。

 ですが、足袋たびは買っておいても良いでしょう」


「旅? 出掛けるのか?」


「そのたびではなく、草鞋に合わせて履く靴下のような物です。

 それを足袋と呼びます。足袋は普通の靴下より頑丈です」


「頑丈な靴下か! それは良いな。見に行こう」


 すたすたと歩いて、草鞋売りの前。

 草鞋売りがにっこりと顔を上げ、


「や! これはお弟子さん!」


 うん、とイザベルがカオルを見る。

 町の何処に行っても、カオルが知られている。

 マサヒデの話も、町の何処でも聞けるそうな。


 そして、皆がとても友好的だ。

 マサヒデはこの町中の人気者で、信頼があるのだ。


 同じ家臣、私もカオルに負けてはいられない。

 ずいと前に出て、


「お初にお目にかかる。

 我が名はイザベル=エッセン=ファッテンベルク。

 此度、マサヒデ=トミヤス様の家臣となった者」


「ぃえ!? トミヤス様のご家臣にですかい!?」


「そうだ。だが、マサヒデ様との約により、我は無一文から働く事となった。

 家臣として居続けるには、冒険者で働かねばならぬのという条件なのだ。

 まだ登録が済まぬ故、決定ではないが、まず間違いなく冒険者として働く。

 これから、皆に迷惑をかけるかもしれぬが、宜しく頼む」


「無一文から!? 裸一貫でですかい!?」


「いかにも。これから、足袋を買いたい。

 これも、マサヒデ様に借金をして買うのだ」


「姐さん、てえへんなこったな・・・」


「いや。全く大変な事とは思わぬ。

 我が良い仕事をすれば、それがマサヒデ様の名誉となる。

 我は、マサヒデ様に名誉を捧げたいのだ」


 ぱしん! と草鞋売りが膝を叩き、


「なんてえ感心なお方だ! これぞ家臣の鑑ってやつだ!」


「お褒め、感謝する」


「よっしゃ。仕事履きで使うなら、頑丈な地下足袋の方が良いよな。

 姐さん、靴脱いで下せえ。大きさ見てみよう」


「うむ」


 イザベルが膝を付いて、もそもそと靴を脱ぎ、足を出す。


「うん、この大きさならこれかな」


 店主が地下足袋を差し出す。


「おお、これが足袋というものか。指があるな?」


「そう! これで足元をしっかり捉えてくれるって寸法だ」


「おお、なるほど! 考えられているな!」


「で、この横ん所を開けると」


「む、この金具でがっちり止めると」


「その通り。勿論、高い方ががっちりと止めてくれるが、脱いだり履いたりは面倒だ」


「ふむ」


「短いと、楽に脱いだり履いたり出来る。

 だが、長いのと違って、足が簡単に汚れちまうな」


「ふうむ・・・どちらが良いだろうか・・・」


「冒険者仕事を始めるんなら、荷運びやらの下働きが多いからな。

 長めので、ほんの少し大きいのをおすすめするぜ」


「ほんの少し大きい?」


「動いてると足がむくんできて、少しきつくなってくるんだ。

 ぴったりだと、少しむくんできたら、がちがちになって足を痛めちまう。

 かと言って緩すぎちゃあ足元が危ねえ。

 ほーんの少ーしだけ大きい奴、てのが選び方のコツなんだ」


「ううむ、なるほど! 良い見方だ。これは恐れ入った」


「だろ? ブーツ程に頑丈じゃあねえが、動きやすさは遥かに上だぜ。

 冒険者仕事の始めには、うってつけじゃねえかな。

 それに、こんなのもありますぜ」


 よいしょ、と底の厚い地下足袋を出す。


「これは随分と厚いな?」


「建設とか土木の現場で使うんだ。この指ん所、軽く押してみなせえ」


 指先で軽く押してみる。


「おお! 鉄板入りか!」


「そうよ! 足の指を守るためのやつ。

 重いのが落ちてきた時とか、固い出っ張ったのに引っ掛けた時の為だ」


「これで蹴りを入れれば、あの世行きだな!」


「ははは! 物騒な姐さんだな!」


「ううむ、これは良いな・・・これはいくらか」


「銀で4枚」


「こっちの普通のは?」


「銀で2枚」


「ふむ」


「高いもんじゃねえし、後から買い足せば良いけどよ。

 まず、どんな仕事を主に据えてくか、てのを考えて選ぶんだ」


「む、確かに。私に何が出来るか・・・」


「姐さんは獣人族のお方だ。

 となりゃあ、走り回るか、力仕事かで選ぶと良いと思うぜ。

 配達でびゅんびゅん走り回るか、荷運びなんかで重い物運ぶか」


「ふむ」


「配達で町中を走り回るんだったら、この普通の短いので十分だ。

 重い物運ぶような仕事なら、やっぱり丈夫な鉄板入りだよな」


 イザベルは腕を組んで少し考え、


「試しに履いてみても良いか?」


「どうぞどうぞ」


 鉄板入りを履いてみる。

 靴下が指の部分に引っ掛かる。

 ぐいぐい。


「ふむ?」


 鉄板が大して厚くないからか、特に気にはならない。

 普段から鎧を着ていたし、この程度の重さ、厚さは気にならない。


「ふんっ」


 だだだっ! と広場を一周。

 うおっ! うわあ! と声が上がる。

 あっと言う間に人の隙間を抜けて、草鞋売りの前にぴたりと止まる。


「うむ! これにしよう! この程度の鉄板、走るに問題ない」


「お、おお・・・すげえな、姐さん・・・

 いや驚いた! さすがトミヤス様の家臣だ!」


 座って地下足袋を脱ぎながら、


「だが、靴下に足の指の所が引っ掛かるな。

 やはり、裸足で履くのはまずいか?」


「今回はこいつをおまけに付けますよ」


 ぱさりと足袋が差し出される。


「む?」


 取って広げてみると、足の指がある靴下。


「お、おお! これなら!」


「こいつならぴったり合うでしょう。

 試しに履いて、大きさ見て下せえ」


「うむ!」


 靴下を脱いで履いてみる。ぴったりだ!


「良い! これは良いな!」


 地下足袋を履く。ぴったり!


「おお! 素晴らしいな! 動きやすい! しかも丈夫!」


「ははは! ご満足頂けましたか!」


「うむ! 実に良い! これで働ける!」


 後ろでにこにこしているカオルに振り向いて、


「カオル!」


「はい」


 カオルが銀貨を差し出す。


「銀貨4枚! 確かに頂きました!」


「店主、感謝する!」


「毎度っ!」


 よいしょ、よいしょ、と履き替えて立ち上がる。

 ぐい、ぐい、と足を上げて、くいくいと足首を動かす。


「うむ! これは良い物だ! 我は感動したぞ!

 魔の国では、こんな履き物は見た事がなかった!」


「はーっははは!」


 店主が笑いながら、ぱしぱし膝を叩く。


「ふふ。ご店主、草履ももらえますか。

 イザベルさんは草履もないのです」


「なに、草履もないのかい!?

 本当に着の身着のままだったのか!」


「はい」


 じゃらら、と銅貨を置き、草履をひとつ取る。


「数えて頂けますか」


 店主が、ぱ、ぱ、ぱ、と10枚ずつ手で分ける。


「おっ・・・店主!?」


「えっ? 何だい」


「その手捌きは!? 只者ではないな!」


「は?」


「一振りで綺麗に10枚ずつ! 1枚も誤りなく!」


 イザベルが店主の手元を指差す。


「はっ・・・はははははは!」


「あはははは!」


 カオルと店主がげらげら笑う。


「こんなの慣れりゃあ誰だって出来るよ!

 1枚1枚数えてたら、日が暮れちまわあ!

 はーっははは! 面白い姐さんだな!」


「んっ・・・そ、そうか? そうなのか?」


 そうだ、馬屋も言っていたではないか。この町はおかしいと。

 この町では、一般庶民も只者ではない!

 武を鍛えるにはもってこいの町ではないか・・・


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