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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十三章 イザベル登場
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第619話


 初めて食べる焼き鳥。

 イザベルが美味さに驚きながら、がつがつ食べる。


「前にも、トミヤス様にお弟子にしてくれって女の子が居たんだ。

 だが、門前払いを食らっちまった」


「んむ」


「ここを歩いてたよ。そりゃあがっくりしてた。

 今にも川に飛び込むかってくれえ、そんな感じだったよ。

 今は道場に行ったそうだが・・・」


 くす、と店主が笑い、


「へへへ。その女の子ってのが、なんとトミヤス様の稽古に潜り込んでな」


 エミーリャだ。

 くす、とカオルが笑う。

 叩きのめしたのはカオルなのだ。


「ほう」


「そこで闇討ちしようとしたんだ!」


「なに!? 闇討ちを仕掛けたのか!?」


「おおよ! だが笑っちまうぜ! その子の得物、弓だったんだ!」


「弓か」


「そう! ほら、勇者祭の目付け! 飛び道具で狙ってると分かるだろ!」


「ぷは!」「ふふふ」


「ははは! 間の抜けた闇討ちだぜ! そりゃ門前払いも食らうわな!」


「ははは! 面白い!」


 イザベルが声を上げて笑う。


「この町にゃ、トミヤス様の話題はいくらでもあるぜ!

 お仕事のついでに、色々聞いてみなせえ!

 面白い話がいっぱいだ! 不逞の輩との立ち会いの話なんか痺れるぜ!」


「おお! そのような話も!?」


「そうよ! トミヤス様も痺れるが、相手の輩も痺れるんだ!

 ありゃあ、後世に残る立ち会いになるな」


「むむっ! 店主!」


 ぐい、とイザベルが前のめりになる。

 ぽん、とカオルがイザベルに手を置いて、


「イザベル様。急がねば」


「あっ」


 下着・・・

 きりきりと拳を握り、


「う、くく・・・すまぬ! 聞きたい! 聞きたいが、用が! 無念!」


「ははは! 無念ときたか! この町なら、何処でも聞けますぜ!」


 名残惜しげにイザベルが立ち上がり、頭を下げた。


「店主、焼き鳥という料理を初めて食べた。

 実に美味であった! いや、参った!」


「お口にあって何よりですぜ! 良かったら、また来て下せえ!

 へへ、次はこう、ちょいと酒も合せて」


 ちょい、と店主がお猪口の形を作って、口に運ぶ。


「酒! この焼き鳥に酒か! 美味であろうな・・・」


 ぐぐぐ、とイザベルが目を瞑り、ふるふると拳を震わせる。


「ううむ! ああ・・・楽しみだ! 焼き鳥に酒! ああ!」


「ははは!」


「稼いだら、必ず来る!」


「お待ちしております」


 くす、とカオルが笑いながら立ち上がって、


「さ、イザベル様」


「うむ。では店主! 改めて、此度の奢りを感謝する!」


「ははは! そんなお固い! じゃ、お待ちしております」



----------



 職人街。


 革の臭いが、獣人のイザベルの鼻を襲う。

 普通の獣人よりも、感覚が鋭敏なイザベルには地獄。


「カオル・・・まだか」


 イザベルが鼻をつまみ、顔の前で手を振りながら歩く。


「イザベル様、こらえて下さい。

 どんな物も、店で買うより、卸元の職人から買った方が安く済みます」


「うむ・・・しかし、これは堪らん・・・目眩が」


「ここには、あの鍛冶屋もおります」


「あの鍛冶屋?」


「あの脇差の」


「む!」


「ついでに、ご挨拶に参りましょう。

 さらに、その鍛冶屋の娘は、マサヒデ様の勇者祭の組の1人」


「鍛冶屋の娘というと、やはり剣の達者」


「いえ。斬り落とされた手足も、傷跡もなくぴたりと治せる治癒師」


「む! 立ち会いの際に言っていた」


「如何にも。治癒魔術だけであれば、マツ様以上」


「それ程か! 是非、挨拶に行かねば」


「まずは服を」


「ん・・・そうだった・・・」



----------



 織物職人の店の前。

 がらりとカオルが玄関を開ける。

 うう、とイザベルが急いで玄関を閉める。


「ああ、幾分ましだ。助かった」


 はあ、とイザベルが肩を落とす。


「では、イザベル様」


「うむ」


「生地は木綿。絹は高い。安くです」


「絹でなくて大丈夫だろうか?

 肌が荒れたりはせぬだろうか?」


「これから働くのです。多少の肌荒れなど、他にも出ましょう」


「む、そうか。いや、そうだな」


「下だけで結構。上はさらしを巻けば良いでしょう」


「さらし? とは?」


「厚い包帯のような物です。それで巻いて固めます」


「・・・」


「イザベル様。さらしには下着以外の役割があるのです」


「というと」


「斬られた際、血を撒かぬよう。臓物を撒き散らさぬよう。

 たとえ斬られようとも、散り際が少しでも見苦しくないように・・・

 これは古の武人の知恵です」


「な、なるほど! そうか、そういうものか! 

 古の武人の知恵・・・! ううむ、恐れ入った」


 やはりイザベルはこういう言葉に弱い。

 色々と誤魔化しが効きそうだな、とカオルがほくそ笑む。


「何重にも巻けば、手裏剣などの小さな得物を挟み込んでも、しかと固定されます。薄い鉄板などを下に巻き、即席の着込みにしたり。コルセットの代わりにも。その応用の幅広さ、先人は良く考え付いたものです」


「ううむ・・・素晴らしいな!」


「では、サイズの合う物で、何枚か選んで下さい。

 換えも合せて、銀貨2枚以内で」


「・・・換えを入れて、銀貨で2枚?」


「はい。私は着流しと帯を見て参ります」


「う、ううむ・・・」


 カオルはさっさと奥に行ってしまった。

 弱小貴族とはいえ、それなりの金はあるのだ。

 質素とはいえ、やはり貴族。服には金をかける。

 銀貨2枚で換えも揃えるなどと、想像もつかない。


「ん、んー・・・」


 無地の下着を1枚取る。

 今履いている物は、とっておきの1枚に、大事にしておこう。



----------



「ありがとうございました」


 店員が頭を下げ、店を出て、イザベルがまた顔をしかめる。


「う、やはりこの臭いは堪らん・・・」


「慣れて下さい。冒険者ランクが上がれば、装備を整える必要も出てきます。

 直に目で見て選ばねば、安物を掴ませられる事もあります。

 色々な職人を見て回らねば」


「うむ」


「では、鍛冶屋に参りましょう」


「お、おお! そうだったな! 楽しみだ!

 あの脇差を打った者、どのような者か!」


「ふふ。絵に描いたような、如何にも鍛冶屋という方です」


「というと、こう筋肉質な、髭のあるような、気難しい方か」


「ふふふ。見た目はその通り。ですが、気難しくはありません。

 しかし、鍛冶屋として誇り高いお方です」


「鍛冶屋として誇り高い?」


「かのお方は、マサヒデ様にお刀を譲る際、こう言ったそうです。

 打った作は我が子も同然、と」


「我が子も同然」


「二流、三流が口にすれば、恥にしかならぬ言葉。

 使い物にならぬ物を我が子など、恥ずかしくて口に出せるものではない。

 それを口に出来るのは、誠に腕のある者のみ」


「ううむ! 確かに!」


「身分は一介の職人といえ、正に尊敬すべきお方です」


「そうか・・・それ程のお方か!」


「さあ、見えて参りました」


 カオルが前を指差す。


「ホルニ工房。あちらです」


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