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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十三章 イザベル登場
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第617話


 気を失ったイザベルをあばら家に運ぼうと、マサヒデがしゃがむ。

 後ろでカオルがイザベルの背を起こすと、


「あっ!」


 と声を出して、イザベルが跳ね起きた。


「おっと」


 すっとマサヒデが頭を下げて前に出る。

 マサヒデの頭上を、イザベルが持った槍が横切っていく。


「あ! ああっ! マサヒデ様! そんなつもりは!」


 がらん、とイザベルが槍を投げ捨てる。


「いや、平気ですから」


 よ、とマサヒデが立ち上がり、


「凄い勝負でしたよ。イザベルさん、皆さんから天才だ! って。

 お墨付きは頂きました。このまま馬術を磨けば、貴方は世界に立てます」


 ぽん、とマサヒデがイザベルの肩に手を置くと、また目が潤みだす。


「手は痛くありませんか?」


「はい!」


「足は動きますか?」


 左足を上げて、足首をくいくいと動かす。

 異常はない。


「はい!」


「宜しい。イザベルさんには、馬術の天賦の才があると分かりました。

 皆さん、貴方を鍛えたくて仕方がないそうです」


 かちゃり、と音を立てて、後ろの騎士達が頭を下げる。


「よくやりました。さあ、今日は帰りましょう」


 イザベルはぐいぐい、と目を押さえ、


「マサヒデ様! お待ち下さい!」


「ん、何か」


「もう1戦! もう1戦だけ、願えませんか! お頼みします!

 皆様! どうか、どうか!」


 ば! とイザベルが頭を下げる。


 勝ちたい!

 マサヒデ様の為に、勝ちたい!

 いかに褒められようとも、私は負けたのだ!

 勝利を主に送りたい!


 マサヒデがアルマダを見ると、アルマダがにっこり笑う。


「サクマさん」


「はい」


 サクマも笑って、馬に跨り、


「では、イザベル様! 勝負と参りましょう!」


「ありがたき幸せ!」


 サクマが馬を進めて離れて行く。

 イザベルは放り投げた槍を拾い、黒嵐の前に立って、


「頼む! 私とお前の主の為に、勝利を!」


 と、声を掛け、さっと跨った。

 ぽく、ぽく・・・


 マサヒデがアルマダの横に立つと、


「聞きました? 私とお前の主の為に勝利を、ですって」


「ええ」


「ふふ。良い家臣を持てたものですね」


「ええ。まあ」


「分かりますよ。重いなあ、なんて考えてますね」


「いや、まあ・・・」


「それを受け止めるのも、主の役割です。心の鍛錬と同じですよ」


「はい。もう覚悟は出来てます」


「おや。早いですね」


「それはそうです。もうマツさんとクレールさんを嫁にしてるんですから」


「ははは!」


 そして、サクマとイザベルが対峙した。



----------



「イザベル様! 我が馬術、しかと御覧下さいませ!」


 がちゃ! とサクマがバイザーを下げ、ランスの先を向ける。


「殺すつもりで参られよ! いや! 殺してみよ!

 決まり事など良い! イザベル様! 私を殺しても勝ちと致します!」


 ぐ! とイザベルも槍先をサクマに向け、


「イザベル=エッセン=ファッテンベルク! 参る!

 必ずや! マサヒデ様に勝利を贈る!」



----------



 2人の名乗りを聞いていると、まるで戦乱期の決闘のようだ。


「アルマダさん、良いんですか、あれ」


 アルマダも苦笑いして肩をすくめ、


「構いませんよ。まだサクマさんには馬では勝てないでしょう。

 本気で殺しに掛かるんです。良い稽古になるでしょう」


「はあ・・・まあ、それはそうですが」


「危ないと思ったら止めますから」


 さ、とアルマダが手を上げる。


「両者、構え!」


 2人が槍を抱える。

 少し前かがみになり、下から睨みつけるようにサクマを見るイザベル。

 サクマはぴたりと背を伸ばし、やや斜め下に槍をつける。


 なるほど、とマサヒデが頷いた。

 これは差がありすぎる。

 同じ装備でも勝てないだろう。


「はじめ!」


「はあっ!」「やあっ!」


 どどどどっ! と2人の馬が走る。

 もう少し、という所で、下手投げにイザベルが槍を投げつけた。


(剣!?)


 抜く間があるか!?

 かん! とサクマに槍が当たり、弾き飛ばされて飛んでいく。

 ぐっとイザベルが右側に、前に伸びるように身を屈める。


(何をするんだ)


 馬の向こう側。

 マサヒデ達からは見えない。


 イザベルはサクマのランスの下をくぐり、右手を伸ばす。

 サクマの足が目の前!

 上げれば落とせる!

 私の力なら落とせる!


(取った!)


 触れた瞬間、ぱ! とサクマが足を後ろに振り上げた。

 あ、と思った瞬間、前のめりになったサクマのランスが、黒嵐の尻を叩く。


 ひん! と高い声を出して、黒嵐が駆けて行く。

 サクマがくるりと馬を回して、遠ざかるイザベルと黒嵐を見て、ゆっくりと馬を歩かせて行く。


「止まれ! 止まれえ! 止まってえ!」


 黒嵐の首に抱きつくようにして、イザベルが声を上げる。

 黒嵐の足が緩くなり、少し走って、止まった。

 ぽくり、ぽくり、と後ろからサクマの馬の音。


「イザベル様、お見事! されど、まだまだ我らには追いつけませぬ!

 才はあれども、まだ足りぬ! 精進なされよ!」


 がちゃ、と音を立てて、サクマがイザベルの背中にランスの先を当てた。


「そこまで!」


 アルマダの声が響いた。

 手綱を握りしめるイザベルの手に、ぽた、ぽた、と涙が落ちる。



----------



 がっくりと肩を落とし、ぽっくり、ぽっくり、とイザベルが戻って来た。


 すわっと黒嵐から降りて、マサヒデの前で手を付き、


「申し訳ございません!」


「謝らないで宜しい。貴方は、サクマさん相手に戦って生き残った。

 サクマさん相手に、生きて帰って来たんですよ。誇って良い」


「温かきお言葉、感謝致します!

 されど負けました! 必ず勝利をお届けすると!」


「イザベルさんは、それを私に誓いましたか」


「は・・・いえ」


「自分の中で勝手に誓っただけです。

 それは主に対する誓いではない。

 それは貴方の勝手な自己満足です」


 びく! とイザベルの肩が震える。

 ほう、と皆がマサヒデを見る。

 らしい事を言うではないか。

 実は、以前、マツから叱られた事の受け売りだ。


「今回の腕試しで、私は貴方に十分満足しました。

 熟練の皆さんからお墨付きを頂いた。

 サクマさんと戦って生き残った。

 良い家臣を持てて、私は幸せですよ」


「温かきお言葉・・・」


「立ちなさい」


「は!」


 ぴし! とイザベルが立ち上がる。


「堂々と胸を張りなさい」


「は!」


 うむ、とマサヒデが頷く。


「宜しい。では、皆さんにお礼を」


 ば! とイザベルが頭を下げ、


「ありがとうございました!」


 騎士達も礼を返す。

 イザベルが頭を上げると、


「さあて、マサヒデさん」


「なんです」


「イザベルさんと、一本やらせてもらえますよね」


 え! とイザベルがアルマダを見る。

 アルマダが肩をぐるぐる回しながら、にっこり笑う。

 が、マサヒデは渋い顔をして、


「ああ、いや。申し訳ありませんが、それはやめて下さい」


「ええ? なぜです?」


「トミヤス流は、イザベルさんが働くようになってから。

 そういう条件ですから。アルマダさんも頼みますよ。

 私に隠れて、アルマダさんから学んでたなんて事にならないように」


「ううむ・・・仕方ありませんね」


 しょぼん、とイザベルが肩を落としてしまった。

 が、これは約束事だから譲れない。


「では、帰りましょう。皆さん、ありがとうございました」


 サクマががちゃりと一歩出て、


「イザベル様。しばし」


「は」


 にやりとサクマが笑う。


「馬術の稽古はいつでも。我らはトミヤス流ではありません」


「ありがとうございます」


「それと、もうひとつ。

 色々と制限があるようですし、詳しい場所はお教えしかねますが・・・」


 サクマが黒嵐を見て、自分の馬を見て、口に手を当て、


「この近くには、馬の住処がございます」


 と、片目を瞑り、にっこり笑った。


「え!? では、では、この見事な馬達は!? まさか、この黒嵐も!?」


「如何にも。マサヒデ殿からお許しが出たら・・・

 イザベル様がどのような馬を選ぶか、楽しみにしております」


 ば! とマサヒデの方を見ると、マサヒデがにやにや笑っている。


「馬を預けられるくらい、稼げるようになりましたら、ね」


「ははっ!」


 このような見事な馬の住処が!

 イザベルの胸が高鳴る。

 早く稼がねば!


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