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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十三章 イザベル登場
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第616話


 きっちり時間通り、イザベルが黒嵐に乗って戻って来た。


 マサヒデ、カオル、アルマダが並んで迎える。

 3人の前に来て、イザベルが馬を降り、頭を下げた。


「アルマダさん。こちらが、私の新しい家臣。

 イザベル=エッセン=ファッテンベルク」


「マサヒデ=トミヤス様家臣、イザベル=エッセン=ファッテンベルクです」


「ご丁寧に。アルマダ=ハワードです」


「お会い出来て光栄です」


「こちらこそ。ふふふ」


 む、とイザベルが顔を上げる。


「何か?」


「いえ。マサヒデさんの話を聞いた限り、何と言うか、もっとごつい感じの。

 そうそう、シズクさんのような方を想像していたんです。

 こんな可憐な方だったとは」


「お褒めにあずかり、光栄です」


「では」


 アルマダが腰の剣を外して、イザベルに差し出す。


「剣はこちらを使って下さい。両手剣がなくて、申し訳ありませんが」


「ありがたくお借り致します」


「それは余った剣ですから、欠けたり折ったりしても気にしないで下さい。

 ご確認頂けますか」


「は」


 すらり・・・


 これが余った剣?

 どう見ても余り物には見えない。


 詰まった肌が朝日に輝く。

 鋭く、重さがあるのに、均整の取れた刀身。

 しっくりくる柄。

 間違いなく、これは一級品だ。

 これなら、甲冑ごと斬れそうな感じがする。


「失礼。ハワード様、この剣は余り物ですか?」


「そうですが、何か不審な点でも」


「いえ、余り物と言うには、物が良すぎるように見えます」


「それより良い物がありますからね。

 今はただの備品として眠っているんです。

 使ってやって下さい。その剣もそれを望んでいるはず」


 剣がそれを望む。

 横のマサヒデを見ると、マサヒデも頷く。


「ありがとうございます」


 頭を下げ、腰に剣を着ける。

 イザベルが使うには短いが、良い重さだ。


「では行きましょうか。少し向こうで、皆さんが待っています」


 くるっとマサヒデが振り向いて、歩いて行く。

 アルマダ、カオルも続き、イザベルもすぐ後ろを歩いて行く。


「では、立ち会いに際してですが、いくつか決め事を」


「は!」


「今回は1対1の決闘方式。集団戦ではありません」


「は!」


「あくまで稽古、腕試しですから、馬を傷付けない事」


「は!」


「街道に出ない事」


「は!」


「治癒魔術を使える方がいますから、多少の怪我は良しです。

 この場には居ませんが、町に行けば腕や足を落としても治せる方がいます。

 出血を止めて、その方の所に行けば問題なしです。

 ただ、殺したり殺されたりはしないで下さい」


「は!」


「私からは以上ですが、アルマダさん、カオルさん、何かありますか?」


 カオルが小さく首を傾げて、


「私からは特に」


 アルマダが人差し指を立てて、


「馬から落とされても良しとしましょう。

 負けを認めるか、気を失うかまでは良し。

 馬に対する戦い方もありますよね」


「ああ、なるほど。イザベルさん、どうです」


「依存ありません」


「宜しい。ではこの決まりで行きましょう」


 すぐ先の街道脇に、騎士3人が並んでいるのが見える。

 街道からさらに離れた所で、1人が待っている。

 朝日を浴びて輝く全身鎧とランス、鱗の金属馬鎧。

 馬も黒嵐に負けず大柄で、正に戦馬。


(相手は全身鎧! 私は生身!)


 数打ちの槍。貧弱な弓。

 だが、剣と馬は一級品!


(勝つ! マサヒデ様の恥とはならぬ!)


 私が負ければ、脆弱な家臣を持つ主と見られる!

 それだけは許されない!


 イザベルがめらめらと闘志を燃やす。

 前を歩くマサヒデ達の背中にも、熱気を感じる。

 アルマダの方を向いて、


「ね? 目覚めたって言ったでしょう?」


「確かに」


 くす、とカオルが笑う。



----------



 マサヒデ達が騎士の所に着くと、ほーう、と3人が声を上げた。


 鎧なしで生身と聞いていたが、こんなに細い者だとは。

 着込みすらない。

 が、相手は狼族。

 魔族の中でも、非常に強い種族。


 そして、ものすごい気迫。

 これはただの腕試しではなく、本物の決闘になりそうだ。


「では、イザベル様、騎乗して下さい」


「はっ!」


 ば! とイザベルが黒嵐に乗り、馬上からマサヒデを見る。


「マサヒデ様! 行って参ります!」


「頑張って下さい」


 ぱかり・・・ぱかり・・・


 ゆっくりとイザベルが馬を進めていく。

 かしゃ、とサクマがバイザーを上げ、


「マサヒデ殿。あれは中々ですよ」


「そうですか?」


「ええ。見れば分かる。気合が馬にも伝わっている。身体も自然。

 お手本のように人馬一体になっている。十分合格ラインです」


「ほう。それ程ですか」


「これはどう戦うか見ものですね。

 あの弓も槍も我々の鎧には通じない。剣は短い。

 飛び乗って来るか、何らかの奇手で来るか・・・

 1対1の馬上戦では、すれ違いの一瞬で決まる事が多い。お見逃し無く」


「はい」


 ゆっくりと、イザベルと黒嵐が騎士の対面に並ぶ。

 黒嵐が、ぶるん、ぶるん、と小さく顔を振っている。

 興奮しているのだ。

 イザベルの目が、ぎらぎらと相手を睨みつける。


「宜しいですか!」


 アルマダの声。

 すう、と槍を上げ、脇に抱える。


「はじめ!」


「はあっ!」「やあっ!」


 2人の馬が走り始める。


(あっ!?)


 イザベルが相手のランスを見て驚いた。

 あれだけ揺れているのに、ランスの先だけ、ぴたりと同じ位置!

 全く動いていない!

 このままだと腹に・・・


 ぱっと右足を上げて、馬の左側に身体を持って行く。

 避けたと思ったら、がつん! と右足が持っていかれた。

 鐙から右足が外れ、回るように落ちる。


 左足が鐙に絡む!

 地面が目の前!



----------



「これは驚いた・・・」


 サクマが感心したのか、呆れたのか、よく分からない声を上げる。


「あれ、出来るものですか?」


「いや、まあ一瞬は出来るでしょうが・・・人族には絶対に無理です」


 イザベルが黒嵐の左側を引きずられて行く。

 地に落ちないよう、左手を地に立て、右手に槍を持ちながら・・・


「アルマダ様。止めましょう。左手の肉が無くなる」


「そうですね」


 と、アルマダが頷いて手を上げた時、


「止まれ!」


 と、イザベルの大きな声が響いた。

 ひひいん! と黒嵐が大きな声を上げ、ぐいい! と仰け反るように立つ。

 左足が絡んだイザベルも持ち上げられる。

 黒嵐が前足を落とすと、ばたん、と背中から落ちた。


 直後、ばん! と手で跳ね上がって、腹ばいに黒嵐の上に乗る。


「・・・」「・・・」「・・・」


 皆、驚いて声も出ない。

 イザベルは馬の上でぐったりしている。


「黒嵐!」


 とマサヒデが呼ぶと、ぽっくり、ぽっくり、とゆっくり歩いて来る。

 背中のイザベルが落ちないように、ゆっくり、ゆっくり。


「よくもまあ・・・」


 サクマが驚いている。

 イザベルは気を失っていた。

 左手から、だらだらと血が流れ出ている。

 右手にはまだ槍を握ったまま。


「リーさん。治癒を」


「は」


 全身鎧で、リーが綺麗に馬から降りてきて、イザベルの手に治癒を掛ける。

 すっと血が止まる。

 左足を見ると、関節が逆方向を向いている。


「マサヒデ殿。お手を」


「はい」


 鐙を外し、絡んだ紐を取って、2人でそっと地面に下ろす。

 リーが足首の辺りを押さえ、


「気を失っておりますから、今のうちに」


「はい」


 ごぎ! と曲がった関節を戻す。

 すかさず、リーが治癒魔術をかける。

 ほ、としてマサヒデがイザベルの苦しそうな顔を見る。


「マサヒデ殿」


「サクマさん。今の立ち会い、どうでしたか」


「イザベル様は一流と言って良い。

 まだ粗い所もありますが、一線で十分通用する腕です」


「お目に叶いましたか」


「ええ。初めて乗る黒嵐を、声だけで止めました。

 初めて乗る馬でですよ。並の馬乗りに出来る事ではありません。

 クレール様のように、喋れるわけでもないのに」


「声でですか? ああ、そういえば」


「何かありましたか」


「厩舎に行った時です。イザベルさんが、控えろって大声を出したんです。

 そうしたら、皆、しゅんとして下を向いてしまって。ファルコンまで」


 ううむ! とサクマが唸る。


「あのファルコンをですか!? そうか、馬を統べる才があるのか・・・」


「馬を統べる才? 馬が驚いてしまっただけかと」


「いえ、驚いたのなら、普通は馬は暴れます。

 大声を上げたのに、大人しくなった。逆ですね」


「はい」


「極々稀に、そういう方がおります。

 何故か馬に好かれ、自然と馬を統べる事が出来る方がいるのです。

 分かりますか。極々稀。イザベル様は馬の天才です」


「天才・・・」


「ううむ、この若さで、これだけ馬を御する事が出来るとは!

 将来が楽しみです。いや、寿命の違いが無念だ・・・

 イザベル様が馬術で世界に立つ時、私はまだ生きているでしょうか」


「世界に?」


「立ちますね。一流の騎手でも、そういう才を持つ者は滅多にいません。

 イザベル様の馬術王位は、何年続くでしょうか」


 黒嵐が気を失ったイザベルに顔を近付け、鼻をふんふん鳴らしている。


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