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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十三章 イザベル登場
615/756

第615話


 郊外のあばら家。


 庭でアルマダが素振りをしている。


 ジロウから盗んだあの振り。

 やはりアルマダは簡単に身に着けてしまったようだ。

 す、と上がり、す、と下ろされる。

 全てが自然。


「おはようございます」


 す、と木剣を振り下ろし、剣先を見たまま、にやっとアルマダが笑う。


「聞こえていましたよ」


「ははは! そうでしたか!」


 ふう、と息をついて、アルマダが木剣を納め、


「おはようございます。家臣ですって?」


「ええ。狼族の方」


「イザベル。また女性ですか。モテますね」


「勇者祭の挑戦者です」


 お? とアルマダが少し驚いて、


「ほう? それはまた。という事は、それなりの腕はある?」


「それが全然。狼族の身体任せなだけで、なってません」


「どうだか。マサヒデさんの合格ラインはいつも高すぎるんですよ。

 カオルさんはどう見ました」


 カオルが首を振る。


「駄目です。確かに鍛錬はしておりますが、悪い貴族剣法ですね」


 アルマダが肩を竦め、


「やれやれ。貴族が剣術をしていると、すぐそう言われる。

 私もたまったものではありませんよ」


 カオルが慌てて、


「あ、いや! 違います!」


「ははは! 分かってますよ! で、得物は?」


「槍と短弓です」


「では、剣は私の予備を貸しましょう。

 マサヒデさんから、良い物を貰いましたからね」


「木剣で構いませんよ」


「ははは! 甲冑相手に木剣では厳しいでしょう!

 刃引きはしていませんが、リーもジョナスも治癒魔術を使えます。

 首を斬り落とされたりしなければ、死ぬことはありませんし。

 手足が斬り落とされても、止血してホルニコヴァさんの所へ行けば良い」


「では、お言葉に甘えます」


「お話、聞かせてくれますよね。さ、縁側に」



----------



 マサヒデ、カオル、アルマダが縁側に座る。


 外からサクマ達騎士4人が戻って来て、マサヒデ達に一礼し、馬に鎧を着せ始める。


「で? どんな方なんです。剣の腕は分かりました。人となりは?」


「どんな方って・・・」


 マサヒデとカオルが顔を見合わせる。


「ええと・・・燃えるような忠誠心に目覚めた方?」


「は?」


 マサヒデが困った顔で、


「いや、私、その・・・狼族の主に認められてしまったんですよ・・・」


「何ですそれ?」


「さあ? 珍しい事らしいですよ」


「それでは分かりませんよ。主に認められるって、どういう事です?

 仕官先を探していた、流れの騎士みたいな人ですか?」


「いや、違うんです。狼族の本能というか、特質というか。

 一度主と見てしまうと、どちらかが死ぬまで忠誠を誓うらしいです。

 レイシクランがたくさん食べる、鬼族が凄く頑丈、みたいな感じの」


「それで、マサヒデさんを主と見て、忠誠に目覚めてしまった?」


「ええ」


 マサヒデがカオルを見て、


「昨日は凄かったですよねえ」


「はい。驚きました。泣き出したと思ったら、いきなりご主人様の手をこう取って、額の前で・・・」


「凄かったんですよ。狼族が思い切り握ったんですから。

 手の骨、折れたんですよ! 折れた骨が手の甲の方にこう出っ張って!」


「へえ・・・そんな事が」


「全く殺気がなかったものだから、完全に一本取られました。

 首を取られていたら、死んでいましたよ」


 アルマダが苦笑して、


「いやいや。一本とかではなく、それでどうなったんです?」


「失礼しましたーって言いながら、ずっと額を畳に当てていて。

 顔を上げて下さい、って言ったら・・・ねえ?」


 マサヒデとカオルが顔を見合わせ、うんうん、と頷く。


「あの顔、喜びと尊敬が溢れた眼差しで、ご主人様を見つめておりまして」


「完全に別人になりましたよね」


「ええ」


「ははは! で、どうするんです? また人が増えてしまうんですか?」


 マサヒデが手を振って、


「いや、もう魔術師協会はいっぱいいっぱいですからね。

 イザベルさんには、自分で稼いでもらいます。

 住む所とか、食事とか、全部自分で用意してもらいます」


「家臣なのに?」


「元々、そういう条件で立ち会いを受けたんです。

 勝ったら、私のトミヤス流の技術は全て教える。

 負けたら、持っている財産は全て送り返し、冒険者で働いて稼いでもらう。

 冒険者として働いている間は、稽古に参加しても良し」


「なるほど。上手いこと考えたものですね。

 で、財産を送り返してって事は、金持ちな方? 貴族ですか?」


「エッセン=ファッテンベルクという貴族だそうで」


 ぎょ! とアルマダが目を見張り、


「ええ!? ファッテンベルク!? エッセンですか!?」


「あ、アルマダさんは流石にご存知ですか」


「そうですよ! 知らない貴方に驚きですよ!

 魔の国の武門の貴族ではトップなんですよ!?

 武門の家だというのに、何故知らないんです!」


「何故って・・・貴族なんて、何も知りませんよ。

 カオルさんも知らなかったんですよね」


「はい」


「カオルさんまで!?」


「後で調べましたが、特に注視する程の貴族でもありませんし・・・」


「ええ? ファッテンベルクがですか?」


「確かに軍には影響力を持ちますが、政治方面には無に等しい存在です。

 軍内部でも、諜報活動等にはほとんど関わっておりません。

 財力も大きくはないと言うか、こう言っては何ですが、弱小貴族です。

 中堅商人の方が裕福なくらいでは」


「そうかもしれませんが、名門ではありませんか」


「私から見て、かの家にあるのは、古くから続く名家だというだけです。

 領地も乏しく、財もなく、支流を見ても、他家への影響力は無きに等しく。

 特に我ら忍の目を引く存在ではございません。

 戦の気配が、となればそれは重視されましょうが、平時では」


「・・・」


「情報省の資料では、重要度は下から数えてすぐです。

 これは他国の忍から見ても同じでしょう。

 魔の国に戦の気配は皆無ですし、注視されることなどありますまい」


「しかし、軍には大きな影響力があるのでしょう」


「例え籠絡出来たとしても、魔王様が外に軍を出す事は万が一にもないかと」


「何故そう言い切れるのです」


「本物の戦となれば軍など出さず、魔王様1人で終わらせた方が早いのです。

 空高く飛び、見えない所から城を吹き飛ばす。数日で終わりです。

 兵を出すのは、人と金と時間の無駄です」


「ううむ」


「絶対に外に出ない軍。その軍にしか影響力がない貴族。

 しかも、軍の諜報部門には影響力がない。

 財力はない。領地は乏しい。他家への影響力もない。

 干渉する価値は非常に低いですね」


「厳しいですね・・・ですが、現実的な見方です」


「あくまで、我ら忍の目から見た意見ですが」


 マサヒデが興味深げに、


「カオルさん、カオルさん」


「何でしょう」


「さっき、資料で重要度がどうのって言ってましたよね」


「はい」


「アルマダさんの家ってどのくらいなんです?」


「あっ! そうですよ。それ、私にもお聞かせ願えませんか」


「申し訳ありませんが、機密ですので」


 ぐっとマサヒデが顔を寄せ、


「では、クレールさんの家は?」


 くす、とアルマダとカオルが笑う。


「聞くまでもなく、上位に入っているのでは?」


「ええ。勿論です」


「気になるじゃないですか。1位はどこなんです」


「機密です」


 マサヒデが、むう、とちょっと拗ねて、顔を戻す。


「ううむ、まあ良いですよ・・・でも、アルマダさん。

 彼女の家ってちょっと変わってるんですよ」


「どんな風に?」


「武を磨くためであれば、名誉なんてどうでも良いらしいです。

 カオルさんの話だと、古くから続く名家というだけの貴族ですよね。

 でも、その名誉もどうでも良いってくらい、武を重んじている」


「へえ・・・面白いですね」


「イザベルさんも、気に入った方と結婚して良し。

 武術家になっても良し、とかなり自由な感じです」


「ほう? 貴族の娘と言えば、まず他家との繋がりを持たせるために出されるものですが・・・影響力の小さな家であれば尚の事」


「変わってますよね」


「ええ。興味がぐんと湧きました。

 そこまで武を重んじる家ですか・・・ふむ」


「自分では剣術が一番だと言っていましたが、大した事はなかったです」


 うん、とアルマダが腕を組んで、


「いや・・・どうですかね。

 もしかしたら、昨日とは別人のように強くなったかもしれませんよ」


「なぜです」


「ものすごい忠誠に目覚めたんでしょう。

 何か大きく変わっているかもしれません。

 ううむ、早くお会いしたいものです」


「もう半刻もしたら会えますよ。

 さあて、立ち会いの決まり事はどうしましょうかね・・・」


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