第614話
翌早朝。
今朝は素振りをやめ、厩舎に向かう。
イザベルが馬を選び、馬術をアルマダの騎士達に見定めてもらうのだ。
選んで初乗りで試験では、さすがに厳しい。
イザベルに慣らしの時間を与える為、早めに出る。
腰に短弓を差し、槍を立てて、イザベルが後ろから付いてくる。
マサヒデとカオルがにやにやしながら、
「さて、どれを選びますかね?」
「私は白百合と見ました」
「ほう」
「白百合は、何と言うか・・・優しい、心安い。
初乗りなら、必ず白百合を選びます」
「なるほど」
「黒影は大きすぎましょう。
揺れも大きいですし、得物を扱うには難しいかと」
「黒嵐は駄目ですか?」
「さて・・・確かに3頭の中では抜群でしょう。
ですが、心を開いてくれましょうか。
イザベル様の言う事を聞くかどうか」
「そんなに気難しい馬ではないですけど」
「マサヒデ様、マツ様には心を開いておりますから・・・
私にはそう見えます」
「ふむ? そうですかね?」
「乗せてはくれましょう。が、その先はどうか分かりません。
クレール様が怖い、緊張すると仰っていたではありませんか。
誇り高き馬、それが黒嵐なのですよ」
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厩舎に着くと、馬屋が水を運んでいた。
おっ、とマサヒデ達に気付き、桶を置いて、
「これぁトミヤス様! おはようございます!」
「おはようございます。朝早くから申し訳ありません」
「いやいや、夜中だって構いやしませんよ。
今日も馬術のお稽古で?」
「いえ。いや、稽古と言えば稽古でもありますか・・・」
マサヒデが後ろを振り向き、
「イザベルさん。こちらへ」
「は!」
イザベルが歩いて来て、マサヒデの斜め後ろで止まる。
「ご紹介します。故あって新しく私の家臣になった、イザベルさん」
「いやいや、これはまた! トミヤス様の所は別嬪さんが揃いますな!」
イザベルが馬屋を見下ろし、
「イザベル=エッセン=ファッテンベルクである」
威圧感。
う!? と馬屋の腰が引ける。
ぴく、とカオルが眉を寄せる。
ぱしん! とマサヒデがイザベルの背中を叩き、
「ははは! 申し訳ありません。今まで、お固い騎士生活だったもので。
さあ、イザベルさんもそんな怖い顔をしない。
こちらがいつもお世話になっている、厩舎のご店主です」
騎士ではないが、別に構わないだろう。
「は! ご店主、失礼致した!」
びし! とイザベルが頭を下げる。
ああ! と馬屋が慌てて、
「ああいやいや! 頭をお上げ下せえ!
分かりますよ、貴族のお方でらっしゃいますな。
私みてえな平民に、頭を下げねえで下さいまし」
「感謝する」
「で、トミヤス様、今日はこちらの方と馬術のお稽古って訳で」
「ちょっと違います。彼女の馬術の腕を試します」
「ほう!」
「アルマダさんの騎士さん達に見て頂きます。
皆さん、熟練の馬術達者ですからね」
「あの騎士さん達と腕試しですか!」
へこへこしていた馬屋が、腕を組んで、険しい顔をイザベルに向ける。
「イザベルさん、でしたな」
「そうだ」
「あの騎士さん達ぁ、雇われ騎士だ。
だが、今までずっと馬術で生きてきた、本物の馬乗りです」
「うむ」
「雇われだからって舐めちゃあいけねえ。
雇われって事ぁ、これまで野でずっと実戦の腕を磨いてきたって事だ。
お稽古じゃなく、命を賭けた実戦で磨いてきた腕ですぜ。
当然、目も腕も並じゃありませんよ。お気を付け下せえまし」
「ご忠告、感謝する。しかと心にとめておく」
す、とイザベルが頭を下げる。
うむ、と馬屋が頷く。
マサヒデも頷いて、
「では、厩舎へ行きましょう。私達の馬から、1頭を選んで下さい」
「はっ!」
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「ううむ!」
マサヒデ達の馬を見て、イザベルが唸る。
「奥のはアルマダさんの馬ですから、あれ以外の3頭です」
「お見事です・・・これ程の馬を!」
「選んで下さい」
「はっ!」
マサヒデ達は厩舎の入口で待つ。
イザベルがゆっくりと馬達の前を歩き・・・
「控えい!」
ばば、と馬達が顔を上げてイザベルを見る。
マサヒデ達も驚いてイザベルを見る。
見ていると、しゅんとした感じで、馬達が頭を下げ、下を向いた。
「うむ。それで良い」
奥まで歩いて行く。
気難しいアルマダのファルコンまで、しゅんと下を向いたまま。
小さく頷きながら入口まで戻って来て、また歩いて行く。
イザベルは黒嵐の前で止まった。
「マサヒデ様。この馬に致します」
「ふふふ」「や、お見事!」
マサヒデがにやっと笑い、馬屋が手を叩く。
カオルが頷いて歩いて行き、イザベルの横に並ぶ。
「この馬は、黒嵐と言います」
「黒嵐」
「黒い嵐と書き、黒嵐。
ふふ、マサヒデ様の乗馬です」
イザベルが入口のマサヒデを見ると、マサヒデが笑って頷いた。
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ぽくり、ぽくり・・・
馬を引くイザベルの姿は堂に入っている。
鎧を着ていなくても、騎士のように見えてしまう。
町の門を通って、街道に出る。
マサヒデがあばら家の方を指差し、
「あちらにアルマダさん達の野営地があります」
「は!」
反対側を指差し、
「向こうへは、しばらく何もない野っ原です。
畑とかは少しありますが、慣らしに走るには丁度良いと思います。
慣らしは1刻で良いですか」
「は!」
「では、1刻したらここへ。私達はアルマダさん達の所へ行きます」
「ははっ! 黒嵐、お借り致します!」
槍を持ったまま、大柄の黒嵐に軽く乗る。
見事な腕前だ。ぴたりと収まっている。
乗り方を見ただけで、自分やカオルとは違うと分かる。
遠ざかって行くイザベルを見ながら、マサヒデが腕を組み、
「ううむ・・・私達より、遥かに上ですね。
見てもらわなくても分かります。合格は確実ですね」
「はい。これは良い勝負が見られそうです」
「アルマダさんの所に行って、伝えてきましょう。
皆さんも準備が必要でしょうし」
「はい」
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あばら家前。
騎士達が馬に草を食べさせている。
いつものあばら家の朝。
「おはようございます!」
「おっ! マサヒデ殿! カオル殿! おはようございます!」
騎士達が手を振る。
マサヒデはがさがさと高い草の中を歩いて行き、サクマの所に行く。
「サクマさん。お願いがあります」
「おっ! 馬術で何か?」
「はい。ですが、私とカオルさんではありません」
「と言いますと? まさかシズクさんが乗れる馬・・・とか・・・?」
ぷ! とカオルが吹き出す。
「ははは! 違います! 詳しい事は後で話しますが、そこそこ馬術が出来る家臣が出来たんですよ」
「ほう! ついにマサヒデ殿も家臣を!」
「で、この家臣の馬術の腕を、皆さんに見てもらいたいのです。
言うまでもなく、私もカオルさんも素人ですからね。
私達より上とは分かりますが、サクマさん達から見てどうか」
「ふむ」
「本気の準備で願えますか」
「本気の?」
「鎧も着て頂いて。持ってる槍も矢も、刃引きしてないんですよ。
面倒だと思いますが、頼めますか?」
「ほう・・・」
「イザベル・・・イザベルさんと言いますが、鎧はありません。
ですが、身体は頑丈ですから遠慮なく。狼族です」
「狼族ですか!? ううむ、滅多に見ませんが、よくもまた家臣に・・・」
マサヒデは少し周りを見渡し、
「ここらは草が高いですし、少し向こうに場を移して・・・
1対1の決闘方式でどうですかね?
それとも、やはり皆さんで連携して?」
サクマは少し首を傾げて、
「馬術の腕だけを見るのなら、1対1で構わないでしょう。
連携は連携でまた別です」
「分かりました。アルマダさんに話を通してきます」
「はい。私も皆にこの話を伝えておきましょう。時間は?」
「1刻後で如何でしょう」
「了解しました。ふふ、狼族相手ですか! 腕が鳴りますな」
狼族と聞いても、全く臆さない。
剣術勝負であれば、剣を投げ出して、ご勘弁を、と言うだろう。
だが、馬術は超一流。
これは傲慢ではなく、確かな腕に裏打ちされた自信なのだ。