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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十三章 イザベル登場
613/758

第613話


 日が落ち始めた頃。


 からからから・・・と玄関が開いた。


「只今戻りました」「マサヒデ様! 只今戻りました!」


「ううむ・・・」


 イザベルの凄い声。

 向かいのギルドの冒険者達も驚いているだろう。


 入って来るかと思ったら、イザベルは庭に回って膝を付き、


「イザベル=エッセン=ファッテンベルク!

 買い物の任を終え! ここに戻りました! 次のご指示を!」


 皆が顔を見合わせる。


「ええと・・・では、次の命を与えます」


「はっ!」


「何か事がなければ、庭に回らずとも宜しい。

 普段は玄関から上がり、居間に上がって来なさい」


「はっ!」


 ぴし! と立ち上がり、胸に手を当てて一礼。

 イザベルが玄関を開けて・・・入って来なかった。

 居間の外の廊下で立っている。


「聞こえていなかったようですね。

 居間に上がりなさい。そして、座りなさい」


「はっ!」


 ふう、とマサヒデが息をつく。

 そう言えば、カオルもクレールの執事も最初はこうだった。

 す、と部屋の隅に背筋をぴしりと伸ばし、正座している。


 これが普通なのか。

 何と面倒な・・・


「ここでは身分の上下は関係ありません。

 固くならず、崩しなさい。これが私の方針です。

 お客様の前でだけ、きっちりしていれば構いません」


「はっ!」


 固いまま。

 さて、どうしたら良いものか・・・

 マサヒデは少し考え、


「イザベルさん。崩していろというのは、ちゃんと理由があります」


「お聞かせ下さい!」


「常に肩ひじ張ったままでは、心身ともに固くなる。

 それでは、いざという時に動けなくなる。

 油断のしすぎも良くありませんが、柔らかい身体と心が大事なのです」


 は! とイザベルが目を見開く。


「そっ・・・そこまでお考えに!」


「常住坐臥、戦いの事を頭の隅に置いておけ、という事です。

 見栄ではなく、本物の実戦を考えて。良いですね」


「武人の心得、恐れ入りました」


 すー、とイザベルが頭を下げる。

 ぷ! とシズクが吹き出し、マツ達もくすくす笑い出した。

 カオルもくすっと笑って、台所に入って行った。



----------



 イザベルが幾分柔らかくなった。

 カオルが戻って来て、皆に茶を出す。


「さて、と。イザベルさんに尋ねたい事が出来ました。

 貴方の主として、貴方という方をきちんと把握しておきたい」


「何なりと!」


「貴方は幅広く武芸に通じていると聞きました。

 武芸では何が出来ますか」


 イザベルは少し考え、


「剣術。槍術。弓術。格闘術。捕手術。柔術。銑鋧術(手裏剣)。馬術。泳術。短刀術。十手術。長刀術(薙刀)・・・ぐらいです」


「ほう! 中々ですね。最も得意と言えるものは」


「剣術です」


 朝の立ち会いを思い出してみる。

 剣は確かに鍛えられたものではあったが、恐ろしい程ではなかった。

 狼族という優れた身体能力に依存した部分を大きく感じる。

 あれが最も得意という剣術か。


「厳しいと思いますが、はっきり言いますね。

 貴方の剣は子供。ただ持って生まれた身体に依存しているだけの剣」


「は・・・」


 がくん、とイザベルが肩を落とした。


「立ち会いの時、正直に言って、全く恐ろしいとは感じませんでした。

 所謂、器用貧乏、というものになっているんですかね。

 まあ、それだけやらされていれば仕方ありませんか。

 身体能力だけは、確かに並ではありませんが」


「申し訳ありません」


「別に謝る事ではありません。

 今までは、自分の一番得意なものを探していただけです。

 見つかったのなら、これから磨くだけです」


「はっ!」


「それと、勘違いをしないように言っておきます。

 自分の身体の強さを使うのは、全然悪い事ではないです。

 そちらに傾きすぎている、というのが悪いのです。

 既にある程度の技術は学んでいるでしょう。

 身体の強さを持って、持てる技術を活かすだけ。分かりますかね。

 双方の釣り合いを取るだけで、急激に、恐ろしく伸びるはず」


「私めが、そこまで」


「そうです」


「お教え、ありがとうございます!」


 にや、とマサヒデが笑う。


「さて、この教え、只ではありませんよ。相応の対価を払って頂きます」


「必ず稼いで参ります!」


「まあ最後まで聞いて下さい。馬術が出来るんですよね」


 あ、とカオルが顔を上げた。

 マサヒデがカオルを見て、にやっと笑う。


「貴方に馬術を教えて頂きたい。

 せっかく良い馬があるのに、私とカオルさんは馬術は素人同然です」


「私めが、マサヒデ様に!?」


「ただし! 人に教えるに相応の腕があればです。

 アルマダ=ハワード。知っていますね」


「マサヒデ様と共に、トミヤス道場の高弟」


「彼には、馬術達者の騎士が4人ついています。

 トミヤス道場の馬術の稽古に、師範代に誘われる程の達者」


「トミヤス道場の師範代・・・それ程の者が、4人」


「明日、彼らに貴方の馬術を見て頂きます。

 彼らからお墨付きを頂けるのであれば、私達は貴方から馬術を習いたい。

 彼らが駄目だと言うのであれば、金で払ってもらう」


 みりみりみりみり・・・

 イザベルの身体から、火が出そうだ。


「馬は3頭あります。

 私が1頭、カオルさんが2頭。明日、厩舎でお見せします。

 好きな馬を選び、貴方の馬術を彼らに見定めてもらう」


 カオルを見て、


「カオルさん。良いですよね」


 にやりとカオルが笑って頷く。

 マサヒデも頷き、


「人に教えるまでは届かずとも、合格点は頂いてほしい。

 ふふふ。未熟だと笑われないで下さいよ」


「必ずや!」


「では、少々お待ち下さい」


 マサヒデが奥に行って、短弓を持って来る。


「当然、馬上での戦闘を見られるはず。

 これは初心者用、しかも人族に使える程度の弓。

 私が馬上で使うように買ってきた物です」


「マサヒデ様の!?」


「貴方には軽すぎて、おもちゃにもならないでしょう。

 ですが、手持ちにはこれしかありません。これを使って下さい」


「は! ありがたき幸せ!」


 恭しく両手を差し出し、押し頂くようにイザベルが受け取る。

 マサヒデが長押を指差し、


「それと、あの槍を使って下さい。

 あれも馬術の初心者用ですが、手掛けた方は一流の鍛冶職人。

 名こそ知られていませんが、その腕は名匠です。

 父上が唸る程の腕、と言えば分かりますか」


「剣聖が唸る職人!?」


「そうです。彼が手掛けた作は、父上の宝・・・」


「宝!? 剣聖の宝!?」


 マサヒデが刀架から脇差を取り、


「そう。そして、私の宝でもある。

 これが彼の腕の証明。御覧下さい」


「ははっ!」


 イザベルが受け取って、く、と鯉口を切り、ゆっくり抜いていく・・・


「うっ、う、う・・・」


 小さく驚きの声を上げながら、脇差が抜かれる。

 頑丈さが見て取れる。

 だが、これは何だ!?

 無骨な作りであるのに、それを全く感じない。

 何という輝き! 何という美しさ!

 この脇差には、武と美の全てが調和している!


「明日は、この脇差を打った職人が手掛けた槍を使って頂きます。

 素人用にと打ってもらった数打ち物ですが・・・」


「わ、私めには、この方の作は、数打ちでも、過分に過ぎます」


「壊しても構いません。先程も言いましたが、数打ちです。

 馬上に慣れない私の為に、そう作ってもらった物です。

 また打って頂けば良いのです」


 イザベルが目を瞑り、ふうー・・・と、細く、深く息を吐く。

 か! と目を開き、静かに脇差を納め、


「眼福でした」


 マサヒデの手にホルニの脇差を返し、手の平を見つめる。

 あれこそ、間違いなく名刀と言われる逸品!

 今、私はこの手に名刀を握っていた!

 ぐっと手を握り、長押に掛かった槍を見据える。


「必ずや!」


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