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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十三章 イザベル登場
611/770

第611話


 イザベルがマサヒデに飛びかかって来た!


 ・・・と思ったら、武術家ではなく、冒険者として大成すると言い出した。

 泣きながら。


 皆、唖然として畳に額をこすりつけるイザベルを見つめている。


「ん! んん・・・皆さん、落ち着いて」


「はい」「うん」「・・・」


 半分は自分に向けた言葉。

 落ち着かなければ。


 マサヒデが席に戻って、今までの会話を思い出す。

 そうだ。よく女性に勘違いされると注意されているではないか。

 きっと、イザベルは何か勘違いしてしまったのだ。

 勘違いするような事を言ってしまったか。

 さあ、思い出そう。


「・・・」


 さっぱり分からない。

 いや、こういう事は自分では気付けないものだ。

 皆に聞いてみよう。


「イザベルさん」


「ははっ!」


「少しお待ち下さい。皆さんと相談したい事が出来ました」


「は! お待ちしております!」


「マツさん。ちょっと執務室へ」


「はい」



----------



 執務室。


 ぽ、とマツが行灯に火を点ける。


 マサヒデとマツが顔を近付け、ひそひそ話をするように、


「マツさん。私、また何か勘違いするような事、言いました?」


 ん? とマツが首を傾げ、少しして、


「・・・いえ。おかしな事は何も。私には気付けない所でしょうか」


「冒険者の支度の話をしてたから、でしょうか?」


「さあ・・・でも、それって稽古の為ですよね?」


「何で急に冒険者が目的に・・・凄い勢いでしたよ。あんなに泣いて。

 もう稽古なんてどうでも良いって感じに見えましたけど」


 ううん、とマサヒデとマツが腕を組んで首を傾げる。


「あっ! もしかして・・・」


「何か心当たりでも?」


「狼族って、主と認めた人に、凄く尽くすんです。

 それはもう、喜んでもらえるなら、命を投げ出してまで」


「え!? 主って!? 私、またやってしまいましたか!?」


「あ、いえ、男女の感情というものではなく、主従の。

 本能というか、習性というか、種族の特徴です。

 クレールさんが凄く食べるのと同じです」


「ええ・・・私、イザベルさんの主になったんですか?」


「かも・・・ですけど」


「仮にですよ。私が主に認められたとします。

 なぜ冒険者になるって言い出すんでしょうか」


「きっと、主の命令と聞こえてしまうんですよ。

 主に従う事に、無上の喜びを感じるんですって。

 とにかく、とんでもない忠誠心なんです。

 悪く言えば、自分で自分を洗脳しているようなものです。

 自分の武術の事なんて、どうでも良くなってしまったんでしょう」


「ええ?」


「お父様が魔の国を統一し始める時の最初の兵が、狼族の方々だったんです。

 命を捨ててまで食べ物を取って来て、褒めて下さいって言ったんですって。

 主が少しでも喜んでくれるなら、命なんて惜しくないみたいな」


「そこまで!? 困ったなあ・・・只の勘違いであってほしいですけど」


「そうですよね・・・でも、あの変わりよう・・・」


 マサヒデが頭を抱える。

 少ししてマサヒデが顔を上げ、


「いや、まだそうと決まった訳ではありません。

 マツさんは戻って、クレールさんを呼んで下さい。

 クレールさんは仲も良いみたいですし、気付いた事があるかも」


「はい」


 するー、と障子を開けて、マツが出て行く。



----------



 すぐにクレールが入って来た。


「こちらに」


「はい」


 マサヒデの険しい顔を見て、クレールも真剣な顔だ。


「イザベルさん、急に冒険者で大成するなんて言い出しましたね」


「はい」


「あれは、私の稽古を受ける為の条件です。

 別に冒険者として成功しろなんて、一言も言ってないのに」


「はい」


「もう、トミヤス流の稽古なんてどうでも良いって感じでしたよね」


「はい」


「マツさんは、もしかして、私は主として認められたのでは、と」


「あっ! そうかも!」


「やっぱり!」


 ああ! とマサヒデが頭を抱える。

 クレールはきらきらした目で、


「凄いですよ! 狼族の方に主に認められるなんて!

 私、初めて見ました! あんな風になるんですね!」


「・・・」


「マサヒデ様を見る目! もう、感無量って感じでしたもの!

 あの喜びに満ちた涙! きっとそうですよ!」


「・・・」


「人族で狼族に主に認められた方って、きっとマサヒデ様が初めてですよ!

 今まで聞いた事もありません! 凄い! これは凄いですよ!

 マサヒデ様! 魔族でも主に認められる方は、滅多にいなんですよ!」


「ちょっと待って下さい」


「はい?」


「もし、そうだったとしたらですよ」


「はい!」


「どうしたら良いのでしょう・・・主だなんて・・・」


 ん、とクレールが小さく首を傾げて、


「別に良いのでは?」


「良くありませんよ! イザベルさんの目的は、私との武術の稽古!

 冒険者になることは、稽古を受ける為の、ただの条件なんですよ!

 それが、冒険者で大成するだなんて変わってしまって・・・

 イザベルさんが家に帰った時、何て言うんです。

 私はイザベルさんのご両親に、どう話したら・・・」


「じゃあ、試しに命令してみましょう!」


「命令?」


「冒険者で大成するな! 武術家として大成しろ!

 ね? これで良いでしょう?」


「それ、聞いてくれたら・・・私は、主って事ですか?」


「そうですよ! 聞いてくれたら凄いですよ!

 史上初! 人族で狼族の主になった男、マサヒデ=トミヤス様!」


「ああ!」


 マサヒデが手で顔を覆う。

 んん? とクレールがマサヒデの顔を下から覗いて、


「何がそんなに困るんですか?

 別に家臣として雇わないといけないって事ではないんですよ?

 これは名誉なんですよ? それだけの強さと魅力があるって証なんです」


「それって、解雇とか出来る訳では・・・」


「主が死ぬか、自分が死ぬか、だそうです」


「うう・・・」


 もし、本当に主と認められてしまったなら!

 これはきつい!

 マサヒデの一言が、イザベルの運命を決定付けてしまう!

 イザベルの人生が、マサヒデの背中に乗ったのだ!


「そんなに難しく考えなくても大丈夫ですよ!

 カオルさんが増えたみたいな感じです!」


「ううむ・・・そうですかね」


「そのくらいですよ! さあ、戻って確かめてみましょう!」



----------



 マサヒデが渋い顔で戻って来た。

 クレールがにこにこしながら、マツの横に座る。


 イザベルは頭を下げたまま。


 マサヒデがイザベルを見て、うーん! と顔をしかめる。

 クレールを見ると、クレールがにっこり笑って頷く。


「イザベルさん」


「イザベルとお呼び捨て下さいませ!」


 ああ! とマサヒデは心の中で頭を抱えた。

 もうこの返事で分かった。

 マツも、ううん、と腕を組んだ。

 カオルとシズクは、何だ何だ、ときょろきょろしている。


「申し訳ありません。私は中々女性を呼び捨てる事が出来ません。

 イザベルさん、で良いですか」


「は! お好きにお呼び下さい!」


 マサヒデが、ふうー・・・とゆっくり息を吐いて座る。


「顔を上げて下さい」


「は!」


(うわあ)


 なんと輝いた顔か・・・

 喜び。尊敬。そういった感情が満ち溢れている。

 ちら、とクレールを見ると、やりましたね! と、ぐっと拳を握っている。


「すうー・・・ふうー・・・」


 深呼吸。


「イザベルさん。先程、冒険者として大成してみせると言いましたね」


「は!」


「良いですか。貴方が冒険者の仕事をするのは、私の稽古を受ける為です。

 貴方の目的は、トミヤス流を学ぶ事でしたね」


「いえ! 我が身の事など、どうでも良いと分かりました!

 トミヤス様のご命令通り、私は冒険者に身を捧げます!

 この命が尽きるまで!」


 ええー? と、カオルとシズクが目を丸くして顔を見合わせる。

 この変わりようは一体?

 イザベルの背中から、燃え上がるような忠誠心を感じる。


「いけません。貴方は武に身を置きなさい。

 もちろん、冒険者仕事を適当にやれと言うのではありませんよ。

 そんな者をギルドに送ったとなれば、私の恥です」


「は! トミヤス様の名誉を汚す事は致しません!」


「貴方は冒険者仕事をきっちりこなす。

 私はその対価として、トミヤス流を教える。

 私を超えたら、父上から学ぶのです」


「トミヤス様を超えるなどと!

 私には終生無理でございます!」


「マサヒデ、で結構。私も貴方をイザベルと呼んでいるのですから」


「ご命令とあらば!」


「では、命令です・・・私を、マサヒデと呼んで下さい」


「ははっ! マサヒデ様!」


「ええと・・・まあ、それで宜しい。カオルさん」


「はい」


「今日から、イザベルさんはカオルさんの同僚になります」


「は?」


 がば! とイザベルがカオルに頭を下げる。


「カオル殿! イザベル=エッセン=ファッテンベルク!

 不肖の身ですが、宜しくご指導をお願い致します!」


 皆が目を丸くして、イザベルを見ている。

 よし! とクレールが拳を握った。


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