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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十三章 イザベル登場
608/782

第608話


 魔術師協会、居間。


 昼餉が終わり、一服中。

 イザベルは湯呑を取らず、黙って下を向いている。


「粗食に不安ですか?」


 は、とイザベルが顔を上げる。

 カオルがじっとイザベルを見ている。


「毎日店で食べていては、すぐに金が尽きます。

 出来る限り、ご自分で用意なされますよう」


「はい」


 答えたものの、まともな料理などしたこともない。


「狩りや釣りで食材を得るのも宜しいでしょう。

 畑仕事を手伝い、代価に野菜を得るのも良いでしょう。

 ただ食べるというだけなら、いくらでも手はありますが・・・」


 カオルが湯呑に茶を注ぎ、


「イザベル様は、冒険者として稼がねば。

 でなければ、稽古には参加出来ないという事をお忘れなく」


「はい」


 拳が震える。

 自分がここまで無力であったとは・・・


「後で、もう一度ギルドへ参りましょう。

 イザベル様が請けられる仕事がどんな物か、見ておいた方が宜しいかと」


 冒険者の仕事。

 護衛か。魔獣狩りか。


 いや、いかに自分がファッテンベルクの者とはいえ、実績はない。

 今の自分に、何が出来るのだろう。



----------



 冒険者ギルド、掲示板。


「イザベル様は、冒険者ランク外。所謂、見習いとなります。

 請けられる仕事はこちらです」


「・・・」


 側溝の掃除。

 薪割り。

 水運び。

 皿洗い。

 炭焼き。

 肥料運び・・・


「手っ取り早く稼ぐのであれば、他が嫌がる仕事を選ぶのが早いです」


 カオルが側溝の掃除と肥料運びの掲示を指差す。

 銀貨10枚。

 汚物にまみれ、たったの銀貨10枚。

 これが、稼ぎの良い仕事。


「炭焼きも良い額ですが、場所は山の中。

 まともな準備も揃わぬうちは、やめた方が良いでしょう」


「こんな」


「おやめになりますか?」


「・・・いえ」


「イザベル様はお力もありますし、水運び、薪割りなど、複数こなすのも手でしょう。規定回数以上の依頼を成功させ、実績を積みますと、こちらに」


 荷運び。

 動物の世話。

 各種配達。

 売り子。

 職人街での仕事の手伝い。


「見習いを経て、責任というものが問われてきます。

 損害が出た場合は、全額イザベル様の負担となります。

 期間内の達成不可も同様です。

 また、緊急の仕事が出てくる事もあります」


「緊急の仕事? 危険なものですか?」


「このランクですと、急病などで人手が足りなくなった店の手伝いなど」


「・・・」


「実際に冒険をする冒険者は、実績を積んだ中で更に選ばれた者です。

 一般の冒険者とは、日雇い、何でも屋、下働きの便利屋とご承知おき下さい。

 認められた冒険者でなければ、危険な仕事は任されません」


「はい・・・」


「実績がものをいう世界です。

 当然、数をこなせば上まで行ける訳でもありません。

 仕事の質も問われますので、認められねば、いつまでも下働きです」


「ご説明、ありがとうございました」


「では、戻りましょう」


 カオルが踵を返した時、受付嬢がこちらを向いて、


「カオルさん、イザベルさん、少し待って下さい」


「何か」


「マツモト部長がお話があるそうですけど、今呼びましょうか?

 後で魔術師協会の方へ行くと仰られていましたけど」


 イザベルの身分の事か。

 後ろのイザベルの方を向くと、イザベルも察したようだ。


「イザベル様」


「構いません」


 イザベルが頷く。


「お願いします」


「では、小会議室でお待ち下さい。すぐにお呼びします。

 メイドさーん!」


 すたすたとメイドが歩いて来る。


「お二人を小会議室にご案内して下さい」


「はい」



----------



 冒険者ギルド、小会議室。


 メイドが出してくれた茶を飲んでいると、ドアがノックされた。


「失礼します。マツモトです」


 ん、とカオルとイザベルが顔を上げる。


「どうぞ」


 かちゃ、とドアが開いて、マツモトが入って来た。

 カオル達のソファーの横に立ち、


「貴方がイザベル=エッセン=ファッテンベルク様ですね」


「はい」


「オリネオ冒険者ギルド、依頼受付部部長、マツモトと申します。

 以後、お見知りおき下さい」


 マツモトが頭を下げる。

 イザベルも立ち上がって、頭を下げる。


「イザベル=エッセン=ファッテンベルク。宜しくお願いします」


「では」


 マツモトが対面のソファーに座り、イザベルも座る。


「ファッテンベルク様。此度はこちらで冒険者になるとお聞きしました」


「イザベルとお呼び捨て下さい」


「では、イザベル様。冒険者になるとの希望ですね。

 エッセン=ファッテンベルク家と言えば名門です。

 ファッテンベルク家の者なら、他にいくらでも仕事はある。

 冒険者などせずとも良いでしょう。なぜ冒険者を選ばれました?」


「トミヤス殿との立ち会いの条件です。

 負けたらこちらで冒険者になれと」


「なるほど。立ち会いの条件で・・・」


 かちゃ、とメイドがマツモトの前に紅茶を置く。

 カオルがマツモトの顔を見て、


「イザベル様はマサヒデ様にトミヤス流を習いに来ました。

 冒険者である間は、稽古に参加して良い、と」


「ああ・・・そういう事ですか」


 マツモトが少し表情を和らげ、カップを取る。

 やはり、すぐに投げ出すか不安があったのだろう。


「しかし、すぐ近くにトミヤス道場があります。

 トミヤス道場は、剣聖カゲミツ様が教えております。

 なぜカゲミツ様ではなく、トミヤス様をお選びに?」


 イザベルは少し下を向いて、少し考える。


「将来は・・・」


 カオルとマツモトが言葉を待つ。


「将来は、行くかもしれませんが・・・今ではありません」


「と言いますと」


「私は、武人の心構えもなっておりませんでした。

 多少腕が立つからと、周りに褒められ、良い気になっておりました」


 カオルがちらっと横のイザベルを見る。

 やはりそうか。


「トミヤス殿は、私の心構えを甘いと申されました。

 剣聖の教えを受けられるのは、心構えが出来てから。

 冒険者としての仕事は、私の心を磨く為の修行のひとつと心得ております」


「修行ですか」


「ですので、トミヤス殿に認められるまでは、こちらで修行をと」


 マツモトが厳しい目でイザベルを見る。


「なるほど。トミヤス様が甘いと申される訳がよく分かりました」


 は、とイザベルが顔を上げる。


「無礼を承知で申し上げます。

 修行がしたいのであれば、1人で山籠もりでもしておれば宜しい。

 ここで仕事をする必要は一切ございません。

 籍があれば、貴方は冒険者の肩書を持つのですから」


「いえ! いえ・・・恥ずかしながら、金がありません。

 身一つでこちらで暮らしていかねばならぬのです。

 仕送りも禁止されております」


「金。ふむ。金ですか。

 先程言った通り、ここに籍を置けば、もう貴方は冒険者です。

 他で仕事をすれば、楽に金は稼げます」


「はい・・・」


「しかし、修行のついでに、こちらの仕事で稼ぐと。そういう訳ですね」


「ついで、などと・・・」


 イザベルの言葉が小さくなっていく。


「貴方がこちらで仕事をする理由は、修行の一貫だと申されましたね

 ここで仕事をすれば、トミヤス様の稽古をうけられ、金も稼げる。

 全てがついでですね。違いますか?」


「いえ、違いません」


「冒険者であれば、トミヤス様の稽古を受けられる。

 仕事をするのは、トミヤス様の稽古の為、ついでに金の為・・・」


 ふう、とマツモトが息をついた。


「冒険者への希望の申請があれば、普通はこのように理由など聞きません。

 『冒険者』という職の名への憧れ。仕事はあるが小遣い稼ぎ。

 元犯罪者。前科者で、どこにも雇ってもらえない。

 色々な理由の者がおりますが・・・」


 マツモトが俯いたイザベルを見つめる。


「依頼通りの結果を出せる者であれば、誰でも認められる仕事です。

 ついでの仕事であろうと、全く構わないのです。

 しかし、お話を聞く限り、今回は勝手が少し違うと思います。

 トミヤス様も、そのつもりで冒険者仕事をしろと言われたはず」


 マツモトが静かにカップを置く。


「トミヤス様の身内は、このギルドの施設の全てを、無償で使用する事を認められております。ですが、私には貴方がトミヤス様の身内には見えませんし、私には認められません。オオタ様・・・このギルドのギルド長です。オオタ様も同じ意見でしょう。ここの冒険者全員も同じ意見ではないかと思います」


「はい・・・」


「実家へのご連絡は」


「しました」


「お返事は?」


「近日中には」


「分かりました。貴方の家から許可が下りましたら、申請を受理します。

 ですが、貴方をトミヤス様の身内とはしません。

 施設を利用する際は、料金が発生する所もあります。宜しいですね」


「はい」


「家から許可が下りなかった場合は、改めてトミヤス様にご相談下さい」


「はい」


 マツモトが頭を下げ、


「お時間を頂き、ありがとうございました」


 マツモトが立ち上がり、出て行った。

 イザベルは叩きのめされたような顔で俯いている。

 ここでは、私は認められない。


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