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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十三章 イザベル登場
606/756

第606話


 魔術師協会、居間。


 すー、と静かに茶をすする音。

 かちゃ、とソーサーにカップを置く。


「イザベル様の家に、通信機は」


「ありません」


「では、近くの冒険者ギルドなり、魔術師協会なりに通信を取っていただき、そちらから家に連絡、という形になります」


「はい」


「私から連絡致しますか? ご自分で連絡致しますか?」


「私が」


「では、こちらへ」


 カオルが立ち上がり、執務室へ。

 イザベルも続き、執務室前で座る。


「奥方様。お仕事中、失礼致します。よろしいでしょうか」


「はい」


 すー、と障子が開く。


「あら・・・」


 泣き腫らし、目を真っ赤にしたイザベル。


「通信機をお借りしたいのですが、宜しいでしょうか」


「お決まりになりましたか」


「はい」


「どうぞ中へ」


 イザベルが中に入ると、後ろでカオルが静かに障子を閉めた。



----------



 すー、と障子が開く音がして、イザベルが出て来た。


 カオルが頭を下げる。


「お邪魔致しました」


 イザベルがマツに頭を下げ、カオルが静かに障子を閉める。


「イザベル様。こちらへ。お荷物をまとめましょう」


「はい」


 居間に戻り、縁側に出て、庭に下りる。

 まとめると言っても、ここで脱いだ鎧と着込み、あとは剣のみ。


 カオルが鎧を持って驚く。凄い厚さと重さ。

 イザベルはこんな物を着ていたのか。

 シズク程ではなかろうが、やはり狼族の力は並ではない。

 それにしても、マサヒデはこんな分厚い鎧の篭手を両断したのか・・・


 イザベルは剣を取り、両手で捧げ持つように持って、


「お父様、お母様」


 と、頭を下げた。

 クレールが居間の中から悲しげに見ている。

 カオルは無表情で見ている。


「ご主人様は、全ての財産を、と仰られましたが・・・」


「はい」


「さすがに、服が無くては買い物にも参られますまい。

 今、着ておられる服はお許し頂けるよう、私から申し上げておきます」


「ありがとうございます」


「もうひとつ。礼服はございますね」


「はい」


「冒険者の稼ぎでは、まともな礼服を新しく買うには時間がかかります。

 冠婚葬祭はいつあるか分かりません。

 しばらくは、私がお預かりしておきます。

 必要の際は、お声を掛けて下さいませ」


「はい」


「それと、印も預かっておきます。

 イザベル様の身分証にもなりますし、お手紙にも、契約書にも。

 これがないと困ってしまいますので」


「はい」


「では、参りましょう」



----------



 冒険者ギルドの前。


 イザベルと4人の従者が涙を流して別れを惜しんでいた。

 カオルが無表情でじっとイザベルと従者の様子を観察している。


(それなりに人に好かれる才はあるのか)


 町の外に出て、従者がイザベルの馬を引いて遠ざかって行く。

 イザベルも目を細めて彼らを見送っている。

 カオルは少し離れて、じっとイザベルを見ている。


 しばらくして、イザベルが振り向いた。


「カオル様」


「参りましょう」


 無言で2人が歩いて行く。


 門をくぐれば冒険者ギルド。

 中に入ると、皆の目がこちらを向いた。

 つい先程まで、入口で涙を流して別れをしていたのだ。


「お疲れ様です」


「カオルさん」


 受付嬢が何とも言えない顔で、カオルを見る。


「こちらの方を、冒険者として登録して頂きたく」


「え? あの、冒険者登録ですか?」


「はい」


「ええと、少々、お待ち下さい」


 引き出しを開けて、一枚の紙を出し、


「こちらに必要事項を書いて下さい。

 名前は通り名ではなく、本名で。当然ですが、偽名は不可です。

 現住所が無い場合は、決まってからお知らせ下さい。

 事故、死亡時の連絡先が無い場合も、決まってからで結構です」


 受付嬢は受付の横の小さな机を指差して、


「そちらの机で記入をお願いします。

 ペンとインクは引き出しの中です」


「はい」


 イザベルが用紙を受け取り、椅子に座る。

 カオルはそれを見てから、


「受理されるまで、どのくらいかかりますか?」


「通常であれば2、3日です」


 2、3日。

 支度金で安宿に泊まらせるか、庭に茣蓙でも敷いてやるか・・・

 受付嬢が身を乗り出し、声を潜めて、


「カオルさん、あの方は貴族の?」


「そうです」


「なぜ冒険者に?」


「こちらで働く事を条件に、マサヒデ様と立ち会いを行いました」


「あ、そうだったんですか・・・

 でも、そういう事だと・・・」


「真面目に働かないかもと?」


「え、ええ、まあ、その・・・」


「家からの仕送りは一切禁止、という条件もありますので、ご心配なく。

 ここで稼がねば、彼女は食っていけません」


「他の方達とやっていけるでしょうか?

 仕事も、最初は・・・」


 受付嬢はまだ不安そうだ。

 カオルは不機嫌な顔で、


「彼女はトミヤス流を習いに来たのです。

 負けたら弟子に。万が一にも勝てれば大名誉、トミヤス流は道場で、か」


 ふん、とカオルが鼻で笑い、


「そんな都合の良い話が通るものか・・・」


「え?」


「あ、いえ。これは失礼。

 マサヒデ様の稽古に参加するには、ここで冒険者を続ける事が条件です。

 彼女がマサヒデ様から教えを請うには、冒険者で働き続ける必要がある。

 よって、働かない事はありません」


「なるほど・・・そういった条件で。トミヤス様は賢いですね」


「すぐ隣村には剣聖の道場もあるというのに、こちらを選んだのです。

 多少の事で折れはしないと思います」


 カオルは少しだけ声を大きくして、


「誇りを重んじる騎士は、約束を違えたりはしません」


 イザベルは静かにペンを進めているが、背中が明らかに重くなった。

 カオルが心の中でふん、と笑う。


「あ、そうですよね!」


 カオルの心中は知らず、受付嬢はにっこり笑う。


「庶民の暮らし、冒険者の生活など、想像もつかないでしょう。

 身分の違いで、腫れ物扱いされる事もありましょう。

 苦労は明白。それが分かっている上で、こちらを選んだのですから」


「確かにそうですね!」


「ええ。必ず戦力になってくれます」


「ご安心下さい。腕はあります。

 慣れさえすれば、A級にもなりましょう」


「わあ! 期待しちゃいますよ! 良いんですか!?」


「勿論。マサヒデ様をがっかりさせるような事はしますまい」


「ところで・・・あの方、もしかして・・・」


「何か?」


 ちらちらと受付嬢がイザベルを見て、口に手を当てる。

 何だ? とカオルが顔を寄せる。


「もしかして、またトミヤス様のお嫁さんですか?」


「はっ・・・はははは! 違います!」


「あははは! そうですよね!」


「ふふふ。マツ様、クレール様と続けて貴族を娶りましたからね」


 がた!


「えっ!?」


 イザベルが驚いて立ち上がり、インク壺が落ちて転がる。


「あーっ!」


 受付嬢が慌てて駆け寄り、溢れたインクを拭く。

 メイドも駆け寄って来て、床を拭き出す。


「あなた!」


 がば! とイザベルが受付嬢の肩を掴む。


「今、今、何と言いました!? クレール様が!?」


「は? え? え? 何ですか?」


「トミヤス様が、クレール様を娶ったとは!?」


「そそそそうですよ!?」


 小さく震えながら、イザベルがカオルを見る。

 カオルは無表情でイザベルを見返す。


 つい先日、堂々とお七夜のパーティーを派手にやったばかり。

 この辺りの貴族連中には、大きく広まっているはずだ。

 こんな事も知らなかったとは・・・


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