表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者祭  作者: 牧野三河
第四十三章 イザベル登場
605/756

第605話


 魔術師協会。


 イザベルとの立ち会いが終わり、皆で朝餉。

 空気が少し重い。

 マサヒデが庭で肩を落としているイザベルをちらっと見て、


「彼女は貴族ですよね。どういった家の方です?」


 こと、とマツが椀を置いて、


「魔の国では古くから続いている家です。

 財政はそれほど裕福とは言えないのですが・・・」


 マツがちらっとイザベルを見て、ちょっと口を濁し、


「エッセン=ファッテンベルク家は、その・・・

 代々、武門で鳴らしている家で・・・名門です。

 名は、魔の国では広く知られております」


「なるほど。武門で鳴らした貴族、名門ですか。

 あの身体つきで、あの鎧に、あの大きな剣を片手で・・・

 並の獣人族ではないと思いましたが、そういう血筋でしたか。

 納得がいきました」


 マサヒデがもう一度イザベルをちらっと見る。


 武で鳴らした家。

 それは肩を落としもするだろう。

 が・・・


「武で鳴らした家にしては甘い。甘すぎる。

 真剣勝負を挑んでくるのに、負けたら弟子になんて・・・」


 カオルも頷く。

 マツが少し困ったような顔で、


「マサヒデ様、それは厳しすぎるのでは」


「いやいや。マツさん、普通に考えて下さい。

 真剣勝負で彼女が勝ったとします。

 良いですか。真剣での勝負ですよ。結果、私が死んだらどうなります。

 彼女の目的は、私からトミヤス流の技術を学ぶ事だったでしょう」


「あ」


「彼女が負けて、彼女が死んでも同じ。

 私の弟子にはなれないではありませんか」


「確かに、そうです」


「真剣勝負を命の取り合いと心得ていないから、こんな考えになる。

 だから格好つけて、いざ真剣で、なんて軽く言うんです。

 目的を考えたら、今回は木刀勝負でないといけないんですよ」


 マサヒデはイザベルを見て、


「これが良く言われる、所詮は貴族剣法かって馬鹿にされる典型的な例です。

 貴族剣法って、流派とか技術でなく、こういう心構えの剣の事です。

 彼女は甘い。武の名門の名が泣きますよ」


 どさ、とイザベルが手を付いて、ぼろぼろと泣き出した。


「カオルさん、今日は馬術の予定でしたけど、彼女を見ていてもらえますかね。

 残って冒険者になると言うのなら、準備を手伝って頂きたい。

 帰ると言うのなら、予定通り道場の馬術に」


「は」


「シズクさんは、ギルドで稽古を頼みます。

 私は大八車を返して、そのままアルマダさんの所に行きますから」


 カオルは少し不満そうな声で、


「ご主人様だけ馬術ですか?」


「・・・いやしかし、昨日、黒嵐と約束してしまったんですよ。

 すごく期待してるって顔をしてましたから・・・」


「分かりました」


「申し訳ありません」



----------



 マサヒデは、がらがらと大八車を引いて行ってしまった。

 シズクも、ギルドに稽古に行ってしまった。

 マツも、執務室に入ってしまった。


 居間に残るのは、カオルとクレール。


「クレール様はよろしいですか? 私が残りますが」


「いえ。私も」


 クレールは憂いをたたえた目で、庭で泣くイザベルを見る。

 知り合いだし、心配なのだろう。


「古い家と聞きましたが」


「ええ。遡れば、ファッテンベルクは魔王様の建国時代になります。

 今では数少ない、狼族の家なんですよ。

 建国時代に現在の地方の代官として置かれ、後に貴族に」


「建国時代から・・・それほど古い家でしたか」


「はい。いくつか支流がありますが、中でもエッセンは特に武を重んじた家。

 武術家も、軍の武術指導になった方も何人も。お父上も軍人ですよ。

 歴代に、武と軍に関わっていない方はおられない程です」


「左様で・・・」


 ちらりとイザベルに目をやる。

 昨晩のマツの話を思い出す。

 魔の国は用兵こそ人の国に比べて稚拙。

 だが、兵は厳しく訓練されている、と言っていたが・・・


(このような者が、軍の武術指導? 武術家?)


 首を傾げずにはいられない。

 こんな者が、指導官になれるか? 兵を育てられるか?

 武術家としても甘すぎる。


「イザベル様は、昔から武術を?」


「はい。確か、お兄様は士官学校に・・・

 いえ、もうとっくに軍に入っておられるでしょう。

 何人もの武術家相手に引けもとらず、それはお強い方ですよ」


「そうですか」


「今はどこにおられるでしょうか?

 おそらく、下士官に任じられて、どこかの地方で働いておられるでしょう。

 50年もしたら佐官になるか、武術指導官になられるのでは」


「それほどの・・・しかし」


 と、カオルは口を閉じる。


「どうしました?」


「いえ、紅茶を用意しましょう。

 クレール様、葉は何に致しましょうか」


「アールグレイを頼みます。イザベルさんにも」


「は」



----------



 カオルが紅茶の用意に台所に入る。

 火を着けて、ちわちわと小さく泡立ち始めた湯を見ながら考える。


 本物ではなく、趣味程度の者。


 そこそこは強いから、周りに持ち上げられ、本人もその気になった。

 調子に乗って勇者祭。

 そういった所だろうか。


 ポットを温め、カップを温め、湯を戻す。

 もう一度沸騰させ、さらさらとポットに葉を入れ、湯を注ぐ。


 犬族ではなかった。

 狼族であれば、あれほど強い身体も納得がいく。

 他の獣人族とは格が違うのも当然だ。


 身体の強さだけでない。

 先程の動きを見ても分かる。

 確かに鍛錬を積んだ動きだったが・・・


(あれは駄目だ)


 小さく首を振って、皿にポットとカップを置いて運んで行く。



----------



「お待たせしました」


 クレールにカップを差し出し、庭を見る。

 クレールが小さく頷く。


 カオルが庭に下りて行き、イザベルの隣に座り、カップを置いて茶を注ぐ。


「どうぞ」


 そのまま立ち上がろうとした時、


「お待ち下さい」


「何か」


 イザベルが顔を上げた。


「私、冒険者になりたく思います」


「お上がり下さい。茶は中で。クレール様がお待ちです」


「はい」


 カオルがカップを皿に戻し、立ち上がった。

 イザベルも立ち上がった。

 あ、とクレールが顔を上げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ