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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十三章 イザベル登場
603/757

第603話


 翌早朝。


 マサヒデ達が素振りをしていると、誰かが入って来た。

 ぴたりとマサヒデ、カオル、シズクの素振りが止まる。


 知らない者だ・・・

 かちゃ、と小さく金属の音。鎧。冒険者か?


「頼もう!」


 女の声。頼もう。

 冒険者ではなさそうだ。

 マサヒデ達が顔を見合わせる。


「はーい! お待ち下さい!」


 少しして、奥の間が開き、ぱたぱたとマツが襟を整えながら出て行く。


「私ですかね」


「おそらく」


 マサヒデが玄関に回って行くと、黒い鎧に青いマントを着けた者。

 背中に背負った長い剣には派手な意匠。

 一目で分かる。これは貴族だ。


(む?)


 外に同じ鎧を着た者が4人立っている。

 これは勇者祭の参加者か?


「貴殿がトミヤス殿か?」


「はい。おはようございます」


「朝早くから失礼。私はイザベル=ファッテンベルク・・・」


 がちゃりと音を立てて、女が兜を取る。

 まとめられた灰色の髪から、上に耳が出ている。獣人族だ。

 黄金色の瞳が鋭い。これは立ち会い所望か。


「あら! ファッテンベルク!? どちらのファッテンベルクですか?」


 玄関からマツの嬉しそうな声。


「む・・・失礼した。エッセン。エッセン=ファッテンベルク」


 マサヒデを鋭く見据えたまま、イザベルがマツに答える。


「まあ! 懐かしい! 私、随分前に魔の国を出たものですから」


 ん? とイザベルと名乗った女が玄関の方を向き、


「魔の国を出た?」


「はい。私、魔族なんです」


「ああ・・・」


 じろじろとマツを見る。

 随分前に出た? 若く見えるが・・・


「失礼。貴方は何処の?」


「マイヨールです」


「随分前と言うと、長命な種族の方で?」


「はい」


 長命な種族でマイヨール。聞き覚えがない。

 懐かしい、という事は、知っていると言うことだが・・・

 父か祖父の知り合いか?


「あの、ルイス様は・・・」


「おお、お祖父様とお知り合いでしたか。祖父は30年程前に」


「ああ・・・そうでしたか。いえ、そうですよね・・・」


 気落ちしたマツの声。

 ちくりとマサヒデの胸が痛む。

 魔の国を出て何百年。

 知っている者は年老いて、少なくなっているだろう。


「祖父とのお知り合いとは知らず、ここまでの無礼をお許し下さい」


 イザベルが頭を下げる。


「あ、良いのです。頭をお上げ下さい。

 こちらこそ、立ち入った事を聞いて・・・申し訳ありません」


 すっと頭を上げて、マサヒデを見据える。

 マサヒデが近付いて行き、玄関の前に並ぶ。


「立ち会いを所望ですか」


「いかにも」


「勇者祭の参加者ですか」


「その通り」


 お付きの者らしき4人は、敷地の外で立っている。


「あちらの皆さんもですか?」


「そうだが、1対1を願いたい。私が代表だ」


「はあ・・・ふうむ・・・」


 困った。

 勇者祭の参加者となると「じゃあ私の負けで構わない」は通用しない。

 戦わなければ失格だ。


「よろしい、戦いましょう。しかし、そちらから勝負の希望を申し出てきたので、私から条件を出したいのですが」


「聞こう」


「もし私が勝った場合ですが、弟子にして下さいっていうのはやめて下さい。

 前に似たような事があって、困ってしまいまして。

 既に内弟子が1人いるものですから、余裕がないんです」


「む・・・」


 女がぎくりとする。

 図星か。


「あ、やはりそうでしたか。

 それって、勝っても負けても貴方の得にしかならないですよね。

 勝てば大きな名誉。負けてもトミヤス流を私の下で学べる」


「・・・」


「ではですね、違う条件にします」


「よし。聞こう」


「私、向かいの冒険者ギルドで、用がなければ、午前中は冒険者さん達に稽古をつけています」


「それで」


「負けたら、そこのギルドで冒険者になって下さい」


「何!?」


 イザベルが目を見開く。


「その鎧も剣も、あの馬も、家から与えられた物でしょう。

 手持ちの財産は全部送り返し、冒険者になって稼いで下さい。

 勿論、あちらの方々にも帰って頂く。家からの仕送りは厳禁。

 仕事、寝床、食べ物、全部貴方の手で稼いで生きて下さい。

 貴方が冒険者でいる間は、私の稽古への参加を許します」


「つまり・・・冒険者でなければ、稽古には参加させないと」


「そうです。支度金は私が出します。利子はつけません。

 余裕がある時に少しずつで良いので、返して下さい。

 暮らしていけないと思ったら、言って下さい。いつでも帰って結構です。

 その際、旅費はこちらで用意します」


「ん、ん、ん・・・」


「貴方が勝てば、無条件で私の知る限りのトミヤス流の技術を教えます。

 私はまだ皆伝とかではないので、知る限りですが、そこは許して下さい。

 この条件でどうです?」


「・・・」


「勝つつもりで来たんですよね」


「当然だ!」


「・・・隣村に、私の父上、剣聖のカゲミツ=トミヤスの道場があります。

 この条件が飲めないなら、父上の道場へどうぞ。

 私の名を聞いて、トミヤス流を学びに来たんですよね?

 で、あわよくば、と、そんな所でしょう?」


「む・・・」


(なんて意地の悪い!)


 マツは聞いていて呆れてしまった。

 通い弟子にでもしてあげれば良いのに。

 せめて、稽古ぐらいは普通に参加させてあげても良いのに。

 負けたら道場で、で良いではないか。


 くすくすと庭から小さな笑い声が聞こえる。

 カオルとシズクが笑っている。

 聞こえたのか、ぎ! とイザベルが歯を鳴らし、


「良いだろう! その条件で結構!

 勝ってトミヤス流の技術を頂く!」


(ああ)


 マツが渋い顔で横を向いた。

 マサヒデが頷いて、


「む、分かりました。では、庭の方に。

 それと、そちらの皆さんも入って下さい。

 正々堂々、1対1で戦った、という証人になって下さい。

 目付けで見られてますから必要はありませんけど、まあ念の為です」


 がちゃがちゃ、と鎧の音を立てて、後ろに立っていた4人が頭を下げ、庭に入って来て、う! と足を止めた。イザベルも足を止めた。鬼族がいる・・・


「失礼、トミヤス殿」


「はい?」


「そちらの、鬼族の方は?」


「ああ。シズクさん。私の勇者祭の組の1人です」


「左様で・・・」


「ほら、試合で私と戦った」


「あっ! 天井まで飛ばした、あの!」


「そうです」


 マサヒデはカオルとシズクの方を見て、


「今からここで、こちらのイザベルさんと立ち会いをします。

 縁側で見ていて下さい。カオルさん、皆さんに茶を頼めますか」


「は」


 茶? これから決闘というのに、何を呑気な・・・

 イザベルがきりりとマサヒデを睨む。


「見届人の方々も、縁側にどうぞ」


 皆、がちゃがちゃと音を鳴らし、慎重に縁側に座る。

 やはり勇者祭の参加者。警戒しているのだろう。

 見届人からも、ぴりぴりした雰囲気を感じる。


「イザベルさん、と言いましたか。得物は木剣で? 真剣で?」


「真剣で」


「真剣ですか? 構いませんけど・・・」


 ううむ、とマサヒデが首を傾げる。

 はて、何だろう。マサヒデは腰が引けた顔ではないが。


「何か?」


「真剣だと貴方に不利ですが、良いですかね?」


 不利?

 マサヒデの得物は刀だが・・・

 全身鎧を着た自分が不利とは、どういう事か?


「私が不利とは?」


「ええと・・・まあ、見てもらいますか。

 すみません、そちらの方、篭手を外してもらえますか」


 言いながら、マサヒデは縁側を上がり、雲切丸と無銘を刀架から取る。

 見届人から篭手を受け取り、雲切丸を抜いて、


「私は普通に甲冑も斬れますので・・・」


 ひょいと篭手を投げ、雲切丸を振り下ろす。

 かきん! と高い音がして、両断された篭手がどさっと落ち、小さく跳ねる。


「・・・」


 イザベルが目を丸くして落ちた篭手を見ている。


「別に、この刀が特別と言う訳ではなくてですね」


 雲切丸を納め、無銘を取って抜いて、半分になった篭手を取り、


「これでも」


 かきん! ごとん・・・ころん・・・


「まあ、普通の刀なら斬れますので。これもトミヤス流の技術のひとつ。

 今のは、特別にお見せしたんですよ」


 無銘を納め、転がった篭手を拾い集めて、


「マツさん。直してもらえますか」


「はい」


 マツが手を向けると、すーっと篭手が元に直る。

 イザベルの見届人の1人に渡し、


「ちゃんと直っているか、ご確認を願います」


「は、はい」


 恐る恐る手を伸ばし、篭手を受け取って、持ち上げたり、くるくる回したり、ごん、ごん、と叩き、手にはめて握ったり開いたり。


「どうでしょうか」


「何も変わりありません・・・」


 マサヒデが頷いて、


「と、まあ・・・貴方が甲冑を着ていても、私には関係ないのです。

 真剣勝負でしたら、無駄な甲冑は動きの邪魔になる。脱いだ方がよろしい。

 動ける方が良いと思いますが、どうでしょう。お待ちしますが」


 イザベルが顔を青くして、


「・・・では、有り難く・・・」


 と、見届人の所に歩いて行き、甲冑を脱ぎだす。

 もう引くことは出来ない・・・

 その時、さらーと奥の襖が開く音がした。


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