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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十二章 武士道、騎士道
602/756

第602話


 大きな鉄の塊を8個。


 大八車に乗せて、シズクは片手で事も無げにがたがた引っ張って行く。


「マサちゃーん」


「手伝いますか?」


「いや、それは良いけどさ。まだ授業中じゃないかなーって」


「ええ? まさか・・・もう夕方ですよ。

 夕餉の買い物もあるし、支度はとっくに始まっていると思いますが」


「分からんぞおー。マツ様もクレール様も興味津々だったろ。

 カオルが調子に乗って、ああだこうだしてないといいけどね」


 がらがらがら・・・


「・・・なきにしもあらずな・・・気がしないでも」


「でしょお?」


「カオルさん、乗りやすい所がありますからね」


「どっかで時間潰してかない?」


「大丈夫ですよ。まだやってたら、早く夕餉の支度をってやめさせます」


「頼むよ? マツさんが何か言うかもしれないけど」


「大丈夫、大丈夫」



----------



 魔術師協会。


 がらがらと大八車を運び入れ、玄関を開ける。


「只今戻りました」「ただいまあ」


 カオルが玄関で手を付いて頭を下げている。

 ほ、とマサヒデとシズクが顔を見合わせた。


「おかえりなさいませ」


「腹が空きましたよ。今日の夕餉は何です?」


「蕎麦です」


「おお、良いですね」


 大丈夫そうだ。


「車軸を運んで来たので、ここですぱっと切ってもらいますか。

 台所の樽に入れましょう」


「は。奥方様を呼んで参ります」


 すぐにマツが出て来て、玄関から下りてくる。


「おかえりなさいませ」


 マサヒデが頷き、


「こちらです」


 大八車に乗った、鉄の車軸。


「あら・・・こうして見てみると、大きな物ですね」


「ええ。やはり、持ってみるとかなり重いんですよ。

 これを軽くすれば、馬車も良くなります。

 このままだと、あの樽に入りませんから、すぱっと」


「お任せ下さい!」


 マツが袖をまくって、細い腕をぐっと持ち上げる。


「さ、シズクさん」


「はいよっ」


 大八車から下ろして、地面に置く。


「シズクさん。それではやりづらいですから、持っててもらえますか?」


「えっ」


「すぐに切りますから。あ、足に落ちないように気を付けて下さいね」


 マサヒデとシズクが顔を見合わせる。


「それ、かまいたちの術で切るんですよね?」


 はあ? とマツが首を傾げて、


「ええ、そうですが。何か?」


「大丈夫ですか?」


 もう! とマツが口を尖らせて、


「簡単な術なんですから、当たり前です。お疑いなんですか?

 さあ、シズクさん、持って。私の顔の前くらいの高さで」


「うん・・・」


 ぐぐー・・・と持ち上げていくと、ひゅ、とマツの手が振られ、下半分がごとん、と落ちた。もし手元が狂ったら、これではシズクも真っ二つだ。


「うぇあっ!?」


「ああっ! 土の上なのに、すごい音! お腹に響きますね!

 これは重いでしょう。軽くしないと、黒影が大変。さ、シズクさん、次を」


「はい・・・」


「では、私はこれを台所に・・・」



----------



 よいしょ、よいしょと切った車軸を樽に入れ、マツが樽に手を突っ込む。

 また、ぬか床を混ぜるように、ゆっくりと手を回す。


「どのくらいかかりますかね?」


 マツが眉を寄せて、


「ううん・・・これは1週間はかかると見ました。

 鎧よりは軽いですけど、太いですからね・・・

 中々魔力が染み込んでいかないと思います」


「染み込むんですか」


「はい。芯まで中々届かないでしょう。

 じっくり漬けませんと」


 魔力の漬物は、やはりよく分からない。

 重さだけではないのか?


「よいしょ」


 ぱこん、と蓋を閉めると、ぶる! と大きく樽が震え、がたっと音がした。

 音に驚いて、お!? とカオルが振り向く。


「あっ! この感じは・・・少々手間取りそうですよ」


 むむ、とマツが眉を寄せて、腕を組む。


「そうなんですか?」


「途中で重さを確認しますけど、これは1週間では無理そうです。

 10日と見ました。かなり良い鉄ですね」


「良い鉄だと時間がかかるんですか?」


「ぎゅっと詰まっておりますから、染み込んでいかないんです。

 それに、この太さもありますから、尚更です」


「そういうものですか・・・」


「これは鍛冶族の鉄かもしれませんね。

 ここまで詰まっているのは、普通の鉄ではないです」


「鍛冶族のですか? すごい鉄じゃないですか」


「かも、ですよ。馬車を作った職人さんに確認してみないと分かりませんが」


「ううむ・・・鋼ではないにしても、鍛冶族の鉄となればかなりするはず。

 でなくても、それほどの鉄だと結構な値がしますよね」


「はい。これは職人のこだわりを感じます」


 うむうむ、とマツが樽を睨みながら頷く。


「・・・」


 カオルが困惑した目をマサヒデに向ける。

 マサヒデもちらっとカオルを見て、小さく首を傾げる。

 さっぱり分からない。



----------



 皆で膳を囲んで夕餉。


 いただきます、とクレールがぞぞっと蕎麦をすすり、ぴたりと止まった。


「む! カオルさん!? これは良いわさびでは!?」


「さすがクレール様。違いがお分かりに」


「爽やかに抜けるこの香り・・・味も辛すぎず絶妙!」


「ふふふ・・・」


「一体どこで!? 市場で売っている物ではありませんね!?」


「いいえ。市場で売っている物です」


「なんですって!? これほどのわさびを!」


「普通の安いわさびです」


「む! 何か秘訣でも!?」


「すりおろして3分待ち、10分間の間に食べる・・・

 これがわさびの秘訣です」


「むむむ・・・」


「10分しかありません。お急ぎ下さい」


「はい!」


 ぞぞぞぞぞぞー!


「おかわり下さい!」


「はい」


 ぺちゃり。


「あっ! マサヒデ様!」


「え? え? 何です」


 クレールの大声に驚いて、マサヒデが顔を上げる。

 ぴ! とクレールがマサヒデの猪口を指差し、


「これは辛口のつゆ! そんなにつけてはいけません!

 びっ! とつけるのは薄味のつゆです!」


「は?」


「蕎麦の味が!」


「私はこれで良いです」


 ぞろぞろぞろー。

 もしゃもしゃ。ごくん。


「くっ・・・」


「良いじゃないですか。美味しい食べ方は、一人ひとり違うんですから」


「ぐぬぬぬ・・・」


 マツが小皿を差し出して、


「マサヒデ様。こちらもお試しに」


「これ、塩ですか?」


「ただの塩でも中々いけるんですよ」


「へえ・・・」


 ぱらり。

 ぞろぞろぞろー。


「おっ! 悪くないですね。何か、蕎麦の匂い・・・が良いと言うか?」


「でしょう? これも通の食べ方ですよ」


「へえー! こんなのもあったんですね。うん、これは良い」


 ふ、とマツが小さく笑ってクレールを見る。


「くっ」


 くす、とカオルが笑って、


「さ、クレール様」


「ええい! いただきます!」


 ぴち。ぞぞー。ごくん。


「むむむ・・・」


「クレールさん、そんなにへそを曲げないで下さいよ。

 大体、蕎麦なんて庶民の食べ物じゃないですか。

 パーティーで出るような物じゃないでしょう?」


「ええ」「そうです」「だよね」


「む、むむむ・・・」


「肩ひじ張った料理ではないんですから、変にマナーをとって通を気取るより、好きに食べた方が良いと思いますがね」


 ぞろぞろぞろー。


「ですね」「そう思います」「だね」


「くくっ・・・ううむ・・・」


「今度、ラーメンでも食べに行きましょうよ。

 美味しい屋台を探してみるとか」


「あら、素敵ですね!」


「牛丼なんて面白くない? どんな食べ方が好きか試してみようよ。

 ギルドで食べれるし、ねぎ抜きとか肉抜きとか出来るし」


「お! それも良いですねえ」


 庶民の食べ物と、勉強したのに・・・

 クレールが悔しそうに蕎麦をすする。


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