第601話
通りを少し外れ、馬屋の前。
マサヒデがきょろきょろと周りを見て、
「よしと。周りに人はいま・・・せんね」
「早く早く!」
鉄扇の親骨を出して、
「ほら」
ぱりぱりぱり!
びかびか!
「うおおっ!?」
驚いてシズクが仰け反る。
「ほら、凄いでしょう。持ってる私は何ともないんですよね」
「まじかよ! うわ、すっごい! 本当に雷だ!」
「残念なことに、武器としてはそう使えるものではありません」
「え!? なんで!?」
「雷がすごく弱いんですよ。ほんの少し痺れるだけ。
試しに握ってみて下さい。全然平気ですから」
「ほんとにー?」
「本当です。びりっときて驚きはするかもしれませんが、痺れて動けないとかは全く無いです」
「じゃあ」
シズクがマサヒデの鉄棒につんと指を当てる。
「うおおっ!」
「どうです? 痺れてます?」
「ん・・・」
シズクが手を握る。開く。
「あれ。全然なんともない」
「ね?」
ぱしっと握る。
ぴりぴり来るが、全然大したことはない。
手を離してみる。少し痺れているが、軽い打ち込みを弾いた程度。
「弱いね、これ。何に使うの? ビビらせるだけ?」
「それもありますけど、それだけではありません。見て下さいよ、この光」
ん? とシズクが首を傾げ、すぐに「あ!」と顔を上げて、
「そうか! 分かった! 松明!?」
「その通り! 昼間でもこれだけ明るいんですよ、これ!
火も着けれるけど、簡単に燃えたりしない! 危なくない!」
「すごいじゃん!」
「でしょう!?」
「はあー! ラディとホルニさん、凄いの作ったね!」
「ね? これは大成功です」
すっとマサヒデが懐にしまう。
「よしと。では行きましょう」
「うわあ、楽しみになってきたなあ」
----------
ひょいと厩舎を覗く。
馬屋はいない。店の方か。
「よう! 皆、元気?」
シズクが笑って手を挙げる。
マサヒデもにっこり笑って、黒嵐の前に歩いて行く。
む、と黒嵐が顔を上げる。
ぽん、とマサヒデが首に手を置いて、
「ふふふ。明日は思い切り遊ぶぞ。馬術の稽古だ。
走り回るかな? さすがのお前も、ちょっと疲れるかもしれないな」
じー、と黒嵐の目がマサヒデを見ている。
「明日の朝、また来る。楽しみにしててくれよ」
にや、と笑って、ぽんぽん、と軽く首を叩き、黒影の前。
「ふふ。相変わらず大きいな。今日は、あの馬車を軽くしに来たんだ」
うーん、と黒影が顔を回す。
「これで少しは楽になる。
そうだ、明日はカオルさんも馬術の稽古だ。
お前かな? 白百合かな? もしかして両方かな? ふふふ」
ちらっと白百合の方を見ると、白百合もマサヒデを見ている。
「行けなくてもがっかりするなよ。これから馬術の稽古もするんだ。
どっちもカオルさんと遊べるから」
厩舎の入口に歩いて行き、黒嵐の方に振り返り、
「明日は頼むぞ」
じー、と黒嵐がマサヒデを見ている。
目線に悪い感情はない。機嫌が良い。
きっとマサヒデの浮かれた気分が伝わったのだろう。
「じゃあなー!」
とシズクが手を振って、マサヒデと店の方に歩いて行く。
----------
がらりと店の戸を開けると、馬屋は茶を飲んでいた。
「おっと、こりゃあトミヤス様」
「こんにちは」
「黒嵐を出しますかい」
「いえ。今日は馬車の金具が欲しくて」
んん? と馬屋が怪訝な顔をして、
「金具? 車軸ですか?」
「ああ、いえいえ。あの馬車の鉄の所、魔術で軽くしてもらうんです」
「は・・・? ああ! 奥方様! マツ様ですね?」
おお、と馬屋が頷く。
「はい。それで、簡単に外せる金具を持って行こうと思いまして」
「おお、そりゃ良い考えだ! よしゃ、ここで外せるのは外しましょうか」
「お願いします」
よいしょ、と馬屋が立ち上がって、工具箱を持って外に出る。
「おっ! 鬼の姉さん! 荷物持ちですかい?」
「そゆことー」
馬車に歩いて行って、3人が横に立つ。
「うん? 大八車はありませんか?」
「ええ。シズクさんなら全部持って行けますよ」
「ああいやいや。量がかさばりますよ。
見なせえ、まずこの車軸が4つありますでしょ。
これだけで、いっぱいでしょう」
「あ、そうか・・・」
「ああいいや。大八車はお貸ししましょう」
「すみません、返すの、明日の朝で良いですかね? 黒嵐を出すので」
「おお、そうですか。ええ、明日で構いませんよ」
馬屋が工具箱を置いて、金槌を取り出す。
「簡単に外せるのだと、やはり車軸だけ?」
「ですなあ」
馬屋がシズクの方に向いて、
「じゃあ、ちょいとお手伝い願えますかい?」
「任せてよ!」
かん! かん! と車軸の車輪が抜けないようにしてある留め具を外す。
「じゃ、ちょいと持ち上げて下せえ」
「ほいよ!」
シズクが馬車の下に手を入れて、ぐっと持ち上げる。
馬屋がぐっと車輪を引っ張り、ばたん、と転がす。
車軸もひっぱり抜いて、どっすん! と落とす。
重い音が地面を伝わってくる。
やはり、車軸だけでもかなり重いのだ。
前の側の車輪も抜いて、
「よしゃ、ゆっくり下ろして下せえ。前の方に傾かねえように」
「はーい」
ゆっくり下ろして、ごとん。
「じゃ向こう側へ」
「ほいほい」
同じように、後ろ、前と抜いて、地面に転がす。
車軸と車輪をまとめて脇に置いて、
「で・・・ええと、先に予備の車軸とか出しちまいますか」
「はい」
馬車に入り込んで、中に固定してあった予備の車軸を出し、これも置く。
「よしと。まあ、ここで外せるのはこんなもんですかね。
こいつもいけるかなあ?」
馬屋がしゃがみこんで、車軸が入っていた鉄の筒をじろじろ見る。
「んん・・・こーこに付いてっから・・・これ中からかな・・・
なんで外で留めねえんだ? 良く分かんねえな?」
マサヒデが、うんうんと首を傾げながらぶつぶつ言う馬屋に、
「いや、これだけで十分ですよ。
ほら、この車軸ひとつでこれだけ重いんだから」
と、車軸をひとつ持ち上げる。
「さいですかね?」
「そうですよ。この重さが、予備も入れたら8本もあるんですから。
これを軽くつまめるくらいに軽くしてもらいます」
「ええっ!? 軽くつまめるって、そんなに軽くなるもんですかい!?」
「なりますよ」
ごそごそと着込みの手甲を取って、
「ほら、手を出して下さい。鉄の鎖の着込みもこんなに軽く」
馬屋が出した手に、上からぱさり。
「あっ・・・とお? お!? なんだこりゃあ!?」
馬屋が驚いて、手甲を見つめる。
ささ、と表面を撫でて、
「て、鉄だ! 鎖だ! こんなに・・・重く、ねえ、ぞ・・・」
「ははは! 皆、驚きますよ。まあ、そのくらい軽くなるんです」
手甲を取って、腕に着ける。
「はぁー! こりゃあ驚いた! それで、硬さもそのままってわけで?」
「そうです」
「マツ様が軽くして下さるって訳ですね。こいつぁすげえや・・・」
「ええ。凄いでしょう」
「いや、魂消た! これだけ軽くなりゃあ、馬も楽ちんだ」
「何日かはかかると思いますが、構いませんかね?
大八車は明日持ってきますから」
「ええ、構いませんとも! いや出来上がりが楽しみだ!
じゃ、大八車ぁ持ってきますよ!」
「お願いします」
ばたばたと馬屋が走って行く。
シズクがひょいと鉄の車軸を持ち上げ、ほいっと上に投げる。
「うん、確かに重いね」
マサヒデは苦笑して、
「やれやれ。シズクさんが持っていると全く重く見えませんよ」
「そう?」
「そうですね」
「あはははは!」