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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十二章 武士道、騎士道
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第599話


 静かになってしまった居間。


 マサヒデがことりと湯呑を置いて、


「話は変わりますが」


「何でしょう?」


「馬車の金具、あれ軽くしませんか?

 あの馬車、鉄を使っている所が多いですし。

 大きな物もありますが、簡単に外せる分だけでも」


「おお、ご主人様、それは良い案です」


「車軸は簡単に外せると思います」


「しかしご主人様、あの車軸でもかなり大きいですが」


「切ってしまいましょう」


「えっ?」


 マサヒデが笑って、マツの顔を見る。

 ああ、とマツも笑う。


「マツさんが直してくれますよ」


 ぽん、とカオルが手を叩き、


「ああ! なるほど!」


「前の、こう車軸が回る仕掛け。あの部分は簡単に外せないでしょう。

 あとは、車軸を通している鉄の筒とか・・・あれも簡単には外せないか。

 でも、車軸だけでも、かなり軽くなるはずです。

 車軸も普通よりは小さいとはいえ、結構太い鉄ですからね」


「黒影も喜びましょう」


「明日、シズクさんに手伝ってもらって、持ってきましょうか・・・」


 む、とマサヒデが腕を組んで、畳を見つめる。


「マサヒデ様? 急にどうされました?」


「いや、馬で思い出しました。

 先日、父上がサクマさん達と馬を捕まえに行ったではありませんか」


「あっ!」


 カオルが声を上げる。

 ジロウと立ち会う事に頭が一杯で、すっかり忘れていた。

 トミヤス道場で、本格的に馬術が始まるのだ。


「馬術・・・やりたいですね」


「はい・・・」


 マサヒデが遠い目で道場の方を見る。

 はあ? とマツが首を傾げ、


「やれば良いではありませんか」


「今は剣術でいっぱいいっぱいですよ」


「マサヒデ様もカオルさんも、ずっと剣術だけに傾倒しておられます。

 少し、他の事をしてみるのも良いかと思いますよ」


「ふむ」


「息抜きも必要ですよ」


 長押に掛かった槍を見る。

 以前、馬を捕まえてきたばかりの頃、ホルニ工房で作ってもらった物。

 ずっと使っていない。


 懐の短銃。

 ずっと使っていない。


 短弓。

 ずっと使っていない。


 どれも、馬で戦う時にと用意した物だ。


「カオルさん。馬術、やりましょうか」


「ううん・・・そうですね。

 確かに、奥方様の言われる通り、私も最近は剣術で頭が一杯です」


「カオルさんは道場の方を見てきてもらえますか?

 馬術の稽古なんてほとんどなかったから、父上の馬術、気になりますし」


 くす、とカオルが笑って、


「ジロウさんのみならず、カゲミツ様からも盗みに行きますか」


「それはそうです。カオルさんは一度成功していますしね」


「ふふふ。お任せ下さい」


「では、私は明日はアルマダさんの所に行きます。

 またサクマさんにしごかれてきますよ」



----------



 からからから・・・


「只今戻りました!」「ただーいまっ」


 クレールとシズクの声。

 ささーとカオルが出て行き、


「おかえりなさいませ」


 と、頭を下げる。


「すぐに茶を用意致します」


「お願いします!」


 ぱたぱたとクレールが中に入って行き、


「あっ! マツ様!」


「おかえりなさい。良いお話を聞けましたか?」


「はいっ!」


 ささっ! とクレールがマツの前に座る。

 がさ、と紙袋から本を出して、


「兵法書です!」


「兵法書?」


 ん? とマサヒデが見て、うわあ、と苦い顔をする。

 シズクがマサヒデの顔を見て、


「うははは! ほらやっぱり!」


 マサヒデを指差してげらげら笑う。

 マサヒデはうんざりした顔で、


「ウー=スン兵法書じゃないですか・・・」


 嫌な顔をしたマサヒデに、クレールがぱあっと顔を輝かせて、


「あ! マサヒデ様もご存知でしたか!?」


「知ってますとも・・・父上に何度も読まされましたよ」


「え」


 クレールがマツに顔を向ける。

 マツも驚いた顔。

 シズクも驚いている。

 意外。あのカゲミツが兵法書を?


「あの、お父様がですか?」


「そうですよ。父上、ああ見えて実は学があるんです。

 古今の軍学書はほとんど読んでますよ。

 まあ、学と言っても、そっち方面だけですが」


「ええっ!?」


「それ、アルマダさんから教えてもらったんでしょう?」


「はい」


「それをアルマダさんに教えたのは、誰だと思うんです」


「あっ・・・」


 はあ、とマサヒデが溜め息をついて、


「どうせ、この戦の時はこの兵法に則ればこうだとか、あの王の政はこの兵法で見たらどうだとか、商売ではこうだとか、そんな話じゃなかったですか?」


「今回はビジネスで」


「ああ、やっぱりそうでしたか・・・」


「でもでも、面白かったですよ」


「私は嫌いです。マツさんと2人で楽しんで下さい」


 カオルが戻って来て、クレールとシズクの前に紅茶を差し出す。


「今日は紅茶かあ」


 シズクがふうふう吹いて、ずずっと紅茶をすする。

 カオルが置かれた本を見て、


「おや。ウー=スン兵法書ですか?」


「はい! ハワード様に少し聞いたのですが、とても面白そうです!」


 マツも興味深げに、


「兵法書・・・確かに面白そうですね」


 はて? とマサヒデが顔を上げ、


「マツさんは読んでないんですか?」


「はい」


「へえ・・・意外ですね」


「あまり、魔の国にはこういう本はなくて。

 人の国に来てからは、魔術の研究や王族の教員役で、魔術漬けでしたし」


「ええ? 魔の国にはないんですか?」


「戦という戦がなかったからでしょうね」


「ああ、なるほど」


 マツが小さく首を傾げ、


「・・・お父様も、兵法書という類の本はあまり知らないのでは・・・」


「えっ」


 マサヒデとカオルが驚いて顔を見合わせる。

 魔王ともあろう者が?


「まさか、魔王様がですか?」


「ええ。一応、魔の国にも軍はありますし、厳しく訓練されています。

 ですが、主に治安維持とか、災害救助、異常調査が主です。

 各地の城の在中とパレードを飾る仕事以外は、ほとんど奉行所と同じです」


「そうなんですか?」


「人の国と違って、軍としては、こう、飾りというか、見栄えというか・・・

 国民に対する、安心感を与える飾り物の色合いが半分以上です。

 軍と言っても、戦をする仕事という部分は無に等しいですね」


「無って・・・飾り物? ですか?」


「まず、どんな戦でも、お父様が飛んで行けば1人で終わらせられますし。

 ですから、兵数も広さの割合で考えると、とても少ないですよ」


「・・・」


「例えば、私がこの国に反乱を起こしたとします」


「え? はい」


「矢も鉄砲も届かないくらい、空高く飛んで行って、城ごとどかん! です。

 ね? 1日で戦争終了です」


「どうしようもありませんね・・・」


「陛下が城に居ないかも知れません。ならば軍の集結地で、どかん。

 将も兵も大惨事。やっぱり1日で終わりますね」


「ううむ・・・」


「お父様は、もしやるとしたら、もっと派手にやると思います。

 魔の国に手を出すとこうだ、と周りに見せるようにですね。

 人の国との戦争の時もやりませんでしたし、まずやらないと思いますけど」


「まずやらない、というのが逆に不安ですよ」


「うふふふ。余程の事がなければ、人の国相手にはやらないと思いますよ。

 ただ、龍人族や鬼族なんかが団結、みたいになると厄介ですから・・・」


 ちら、とシズクを見て、にやりと笑う。


「そういう場合はやるかもしれませんよ?」


「いやいやいや! 私はやらないよ!? そんな団結とかしないし!」


「うふふ。ですので、あまり兵法書の類はありませんね。

 軍の統率、規律、訓練がまとめてあるくらいです。

 実際の運用方法となると、魔の国は人の国より遥かに稚拙だと思います」


「魔王様1人で解決出来るなら、兵法も何もあったもんじゃないですね」


「ええ。ですから、人の国との戦争って、魔の国の軍にとっては貴重な体験だったのですよ。被害は事故くらいでしたし、日頃の訓練の賜物でした」


 昔の人の国は、よくもそんな国に戦争を仕掛けようと考えたものだ。

 もし、魔の国に大きな被害があったら。

 魔王が飛んで来て、ひとつふたつ、国が消えていたのだろうか・・・


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