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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十二章 武士道、騎士道
596/762

第596話


 冒険者ギルド、食堂。


「本日の稽古はお見事でございました」


「そうですかね?」


「はい。私も学ぶ事の多いお言葉でした」


「なら良かったです。これからもこんな感じでいきましょうか」


「はい。たまに、我々との立ち会いを混ぜていくと、気も締まりましょう。

 皆様が何か見つけたとあらば、見ることも出来ます」


「うん・・・それは良いですね。

 そうそう、実は稽古中もずっと気になっていたんですが、あの鉄」


「あれが何か」


「いや、実際に鉄になって鍛冶仕事に入るのはどのくらいかかるかなって。

 カオルさんは分かります?」


「ううん・・・たたらで3日と聞きますが、何しろ量があれだけですし。

 たたらではないかもしれませんので、何とも」


「ふむ」


「たたらであれば、普通は砂鉄を使いますね。

 今回はあの鉱石を砕くなどして、細かくした上で焼くことになりましょう。

 そうして・・・」


「ふうん・・・色々と混ぜる具合なんかも調べるでしょうし・・・

 1週間か10日、といったところですか」


「・・・」


「どうしました?」


「ご主人様。この町には、製鉄所がないではありませんか」


「あっ」


「となると・・・送って、戻って来て、という手間が掛かりますね」


「では、10日以上は掛かると見ておきますか」


「それが目安かと・・・」


 その頃、ホルニ工房では、小さな炉で小さな鉱石が溶かされていた。



----------



 郊外のあばら家。


 シズクは縁側で「くぁ」と欠伸をした後、目を瞑ってしまった。

 騎士達も馬と戯れている。

 アルマダとクレールが、一冊の本を挟んで向かい合って座っている。


「では、人の国で代表的な兵法書、ウー=スン兵法書の簡単な解説。

 ウー=スンは2000年以上前の人。そもそも実在したのか不明でした。

 数年前に原本が見つかり、やっと実在したと証明されました。

 が、正直に言ってその辺はどうでもよろしい」


「大事なのは、この兵法書が優れていると言うことですね」


 アルマダが頷き、


「その通り。人の国では、ほぼ全ての国の士官学校でこの兵法書を学びます。

 現代戦ではどう使うか。この戦争ではどう使えるか、等々。

 応用してみれば、ビジネスにも非常に使えるという訳です」


「なるほど」


「細かく説明すると長くなるので、要約します。

 まず、百戦百勝は良くない」


「え!? 兵法書・・・ですよね?」


「そう。彼はこの兵法書でこう説きます。

 戦わずして勝つ。これが最上。兵を出すのは最後の手段。

 戦とは国の大事。国民の生死、国の存亡がかかるもの。

 例えこちらが大国でも、古今に小国が勝った例はいくらでもある。

 いざ戦となる前に、よく考えねばならない。そもそも戦にすべきではない」


「ううん・・・」


「これをビジネスに置き換えるとどうでしょう」


 んん、とクレールが唸って、腕を組む。


「例えば・・・金を出さずに、企業をグループに入れる、とか・・・

 こちらから買収するのではなく、入れてくれと向こうから願わせる?」


「私の解釈も同じです。

 さて、その為には何が必要か。


 相手を知り己を知れば百戦して殆うからず。


 相手の事を良く知るのみでなく、自分の事を良く知ること。

 相手の長所短所だけでなく、自分の長所短所を知って、初めて成り立つ」


「なるほど・・・」


「経営難で困っている会社をグループに入れるにも、良く調べてから。

 入れた所で、ずっとマイナス続きでは意味がない。

 将来性はあるか。今はマイナスでも、長い目で見ると利益を生むだろうか。

 その利益は、補填してからいつプラスになるか。

 経営を調べてみる。人を替えれば、一気に上向きになるかもしれない。

 そして、それをこちらの長所短所で補えるか・・・

 と、私の解釈では、こんな所でしょうか」


「ふむふむ」


「攻の善き者には、敵、其の守る所を知らず。

 守に善き者には、敵、其の攻むる所を知らず。


 攻撃上手の者には、敵はどこを守って良いのか分からなくなる。

 守り上手の者には、敵はどこを攻めて良いのか分からなくなる。


 続きます。

 微なる事、これ無形の如く。

 神なる事、これ無声の如く。

 故に能く敵の司命を為す。

 一言で言うと、神出鬼没、と言う所でしょうか。

 さて、これをビジネスで例えるとどうでしょう」


「これは分かります。

 相手が手出し出来ないよう条件を出す。

 相手に分からないよう、準備を進める。

 分かった時にはもう手遅れ、傘下に入るしかない。

 それを上手く行うこと」


「その通り。私の解釈も同じ。流石クレール様、飲み込みが早い」


「えへへへ・・・」


「では、次。

 国を全うするを上と為し、国を破るは之に次ぐ。


 敵国をそのまま傷つけずに攻略するのが上策。

 敵国を撃ち破って勝つのは下策。

 これはそのままです。分かりやすいですね」


「はい!」


「次。

 兵は拙速なるを聞く。されど、巧久なるを聞かず。


 戦で無理をしたが、素早く決着させた良い例はある。

 だが、時間をかけて上手だったという事例は無い。


 ビジネスも同じ。可能な限り速戦即決。

 多少無理をしても、ここだと思ったら即買収。

 だらだらと時間と金をかけるのは下策です。

 その間に、他社からちょっかいをかけられてしまうかもしれない。

 新しい後ろ盾を見つけられてしまったら、機を逃がしてしまいます」


「なるほど! 確かにその通り!」


「では、具体的にどこを見て決定するか。

 これをウー=スンは大きく5に分けました。


 道。為政者と民とが一致団結するような政のあり方か。

 天。天候などの自然はどうか。

 地。地形はどうか。

 将。戦争指導者の力量はどうか。

 法。軍の制度、軍規はどうか」


「うわあ、分かりやすい!

 社内が一致団結しているか!

 気候! 近隣の産出物!

 立地! 人、輸送路、輸送手段!

 社長や各部のトップの力量!

 社の制度はどうか!」


「その通り。さらに具体的にはこう。

 敵味方、どちらの王が人心を把握しているか。

 将軍はどちらが優秀な人材か。

 天の利・地の利はどちらの軍に有利か。

 軍規はどちらが厳格に守られているか。

 軍隊はどちらが強力か。

 兵の練度はどちらが上か。

 信賞必罰はどちらがより明確に守られているか」


「そのままですね!」


「他にも、彼が着目した点で素晴らしい所があります」


「何でしょうか」


「兵站です。彼は物資の輸送を非常に重視しています」


「なぜそこに? 確かに、ごはんは大事ですけど。

 あ、士気とか装備の優劣とか・・・」


「それもありますが、それだけではない。

 ビジネスに置いても、兵站という部分は非常に重いのです。

 現在、輸送、運送業は、世界のビジネスの何割くらいか分かりますか?」


「ええと・・・色々走ってますし、キャラバンもいるし・・・4割くらい?」


「8割です」


「ええっ!?」


「これを知っているだけで、如何にこの方の兵法が慧眼であるか良く分かる」


「面白いです!」


 アルマダがにっこり笑って、


「でしょう? この兵法書は、ビジネスにほぼそのまま落とし込めるのです」


「はい!」


「古今の戦の記録を見ながら読んでも楽しい。

 クレール様であれば、ビジネスにも活かせる。

 勿論、ビジネスのみでなく、政にも、当然、魔術での戦い方にも」


「はい!」


「ウー=スン兵法書なら、蔵書になくてもどこの本屋でも買えます。

 他にも、色々な方の兵法書があります。

 見比べてみるのも、また面白いかもしれませんね。

 歴史を学ぶと同時に、ビジネスを学ぶというのも一興でしょう」


「はい!」


 ぱたん、とアルマダが静かに本を閉じると、シズクのいびきが止まる。


「終わったあ?」


「ふふ。終わりましたよ。完全に寝ているようで、しっかり聞いている。

 シズクさんも策士ですね」


 シズクが手をひらひらさせて、


「ないない」


「あなたも、意外と経営者向きかもしれませんよ」


「あははは! それはないなあ! じゃ、クレール様、帰ろうか」


 アルマダが笑って頷く。

 クレールが頭を下げて、


「ハワード様、ありがとうございました!」


 歩いて行く2人を見て、ふ、とアルマダが笑う。

 一見正反対に見えて、あの2人は良く似ている所が多い。

 それに・・・


(レイシクラン家が、これ以上大きくなる必要があるのか?)


 と、クレールの背中を見て苦笑してしまった。


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