第594話
郊外のあばら家。
武士道とはなんぞや。
騎士道とはなんぞや。
クレールがアルマダに聞きに来て、衝撃の事実が発覚してしまった。
「と、このような訳で、サクマさん達は私の騎士になったと。
色々な所の条件を探して、それは苦労したでしょう?」
「はあ・・・その、アルマダ様、これ以上はご勘弁下さい、本当に」
「ははは! 休憩が終わったら、シズクさんに絞られてきなさい!」
「は・・・」
サクマが渋い顔のまま、皆の所に下がって行く。
「武士道だって、ほとんど同じです。サクマさんが本来の武士とか騎士。
ああいう者を規則で縛り付け、安く忠義を得る。
それが武士道と騎士道ですね。
違いは、王が生んだのが、武士道。
寺社、教会が生んだのが、騎士道。
美しく崇高に描き、皆に英雄的な像と見せ、広く普及したわけです」
「要するに、プロパガンダのようなものですか?」
「そうです。昔はそうであっても、今は違うという者もいます。
確かにその通り、今と昔の武士道、騎士道は違っている。
ですが、そう言う者達が多く勘違いしている所があります。
それは皆が精神的に成長し、独立して熟成されたからではないという所。
英雄的な思想を見て、彼らが自身から成長したのではありません。
上がそう欲したから、そういう方向に成長させられたのです。
忠誠心が欲しかったから。裏切られたくないから。
だから、武士も騎士も忠誠を重んじるように教育される。
他から後ろ指を指されたくない。暴れられたくない。
だから、名誉を重んじるように教育される。
それで死んだとしても『名誉の戦死』として褒められる。
場合によっては、相手を卑怯者としてなじり、糾弾も出来る。
と、いうわけで、武士道、騎士道が生まれ、熟成された訳です。
このルールに則らない者は悪。だから裏切らない。見栄と体裁も保てる。
いやあ、便利なものですよね! ははは!」
「何だか、想像と全然違います」
「そうでしょう。争いが続く人の国だからこそ生まれた思想です。
一見、美しく崇高に見えますけど、よく見ればこういうものですよ。
うがった解釈だ、なんて言われますけど、実際そうなんですから。
ですが、時を経ても一貫して変わっていない所があります」
「何でしょうか」
「忠誠心です」
「忠誠って・・・でも、平気で裏切るとか」
「それは、自分への忠誠か、王に対する忠誠か、向けられる方向が違うだけ。
さて、マサヒデさんの自己満足と利益って、どういう事でしょうか」
「ええと・・・自分が守りたいものの為になら、剣を抜くって・・・
家族とか、ご友人とか・・・自分の命とか・・・」
「自分の命の為に剣を振る。親しい者達の為に剣を振る。
それって、武士道とか騎士道と違う気がしません?
王の為、誓った主の為なら我が身を挺しても、みたいな・・・」
「ああっ! 確かに! そういうイメージあります!」
「自分が死ぬことで、ご家族、友人が悲しんで欲しくないから。
当然、ご家族や友人も守らないと意味がない。
身を挺してもなんて、残った人が悲しむような事は論外です。
ふふ、マサヒデさんの武士道は、正に茨の道の武士道ですね」
「だから、マサヒデ様はもっと強くなりたいんですね?」
「その通り」
「ううむ、深い・・・これが武士道・・・」
「ふふ。さて、ここで現在のこの国の武士道、騎士道を見てみますか」
「はい」
「西方の国々と違って、人の国の東方はずっと戦がありません。
兵士達の武士道、騎士道のあり方も、随分と変わってきました」
「どう変わったのでしょう」
「何に対する忠誠か。その方向が変わりました」
「忠誠の方向?」
「所謂、国防精神。王個人ではなく、国そのもの。文化や民など。
それが、王を守る事に繋がってくる。分かりますかね、この違い。
広い方向に向けられた、贅沢で難しい忠誠心ですね」
「マサヒデ様みたいですね」
「ええ。ですけど、ずっと昔からこれをしてきた王がいます」
「魔王様・・・」
「その通り。絶対王政はよく独裁で我儘な王と捉えられがちですが、優れた王であれば独裁でも全く問題ない。世界一広い国の民全員に平和と安寧を考え、身を挺して民に忠誠をしてきた王が、魔王様。魔王様は忠誠を求めるのでなく、民に忠誠を尽くす王。これは魔の国の歴史、政治体制を見れば一目瞭然」
「ううん・・・」
「この国がここまで来るのに、どれだけかかったことやら。
ふふ。魔の国に産まれて良かったですね」
「はい」
「しかし、軽率な言い方とは重々承知ですが、お陰で面白い歴史になりました。
今の我々から見れば、実に学ぶ事が多い歴史です。
名将、兵法家、哲人の教えも多く生まれました。
ふふ、この点だけは、魔の国に大きく勝っていると思います。
混沌の時代から学ぶ事は、魔の国の方々にも多いはずです」
「はい!」
「兵法書などは、ビジネスに応用出来るものが非常に多い。
クレール様は歴史書を多く読みますね。
戦国期の歴史書を読みながら、兵法書を読んでみると面白いと思いますよ。
きっと、レイシクラン家に大きな力を与えてくれます」
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話が一段落して、クレールとアルマダが茶を飲みながら、
「そうでした。ハワード様にご報告があるんです」
「何でしょう?」
「あの洞窟から、鉱脈が見つかりましたよ」
ごとん、とアルマダが湯呑を落とし、目を丸くしてクレールを見つめる。
少し遅れて、
「本当ですか!? 何の!? 宝石!? 金属!?」
「鉄です」
「鉄!? 鉄ですか!? という事は・・・」
魔術の武器が作れる・・・
ごく、とアルマダの喉が鳴る。
「今、ラディさんに鉱石を少し預けているんです。
鉄に精錬して頂いて、それを普通の鉄と混ぜてみたらどうなるかって。
これが出来るなら、沢山作れますね!」
ううっ! とアルマダが小さく声を出し、
「そ、そうだ・・・混ぜれば、沢山作れる・・・
鉄は幅広く使える。素晴らしい・・・
いや、成功すればですが、それ、誰が思い付いたんです?
クレール様? マサヒデさんですか?」
「マツ様です」
「う、ううむ・・・流石ですね」
は、として、手拭いを出して床を拭く。
拭きながら、ぴた、とアルマダの手が止まる。
「それ、間違いなく成功しますね」
「え? 何故でしょう?」
「魔力が籠もった金属でも、全部同じ量の魔力って事はないでしょう。
つまり、籠もった魔力の多い少ないの違いはある。
なら、混ぜたって同じじゃないですか。
最低限、このくらいは入っていないと、という量はあると思いますが」
「なるほど! 確かにそうです!」
「ううむ・・・クレール様、これは凄い商売になるかもしれませんよ。
確か、金の魔力でしたよね・・・雷とか・・・
他に、金の魔術で言うと、どんな術がありますかね」
「変な術が多いですよ。ほら、魔術の放映とか。
あれも、金の術を主にして出来てますし」
「放映・・・放映か! ううむ・・・であれば・・・例えば・・・」
「あ、でも、マサヒデ様がホルニ様に聞いたんです。
打ち上がってみないと、どんな物になるかは分からないそうです。
選んでこんな力をっていうのは、今でも分かっていないって」
「あ、そうか。いや、そうでしたね・・・
一大ビジネスの機会かと思ったんですが」
残念そうにアルマダが肩を落とす。
「何か思い付いたんですか?」
「ええ。例えば、小型の魔術放映のようなものです」
「というと、個人用の物ですか?」
「まあそうですが、あの放映とは少し違います」
「どんな物でしょう?」
「持っている者同士が好きに連絡を取れる。
それで小型なら・・・離れていても、いつでも連絡が取れるなら」
「うおっ! ハワード様、それはっ・・・! 売れますね・・・」
「ええ。魔術の放映機材って、細い柱くらいの大きさがありますからね。
それが小型化出来れば・・・」
「む・・・ううん・・・」
「くそ・・・良い案だと思ったのですが」
「あの機材も、小型化には何百年かかるか分からないそうですし・・・
むーん! 先駆けることが出来れば、世界一の貴族になれますね!」
「いや! 色々足りない。好きな相手に連絡を取れてしまうなら、見も知らぬ相手に連絡が取れてしまう。これではいけない。国王陛下が持っていれば、休む間もなく連絡が来てしまう・・・」
「む! 確かに!」
「となると、やはり直通の相手と限定した方が良いのか。
ううむ、これだと難しいな・・・
いや、軍関係、奉行所、省庁の上ならこれで良いのか・・・
しかし、売り先が限定されてしまうな・・・」
「うぬぬ・・・素晴らしい発想ですが・・・」
は! とアルマダが笑って、ぺしん、と額を叩く。
「ふ、ははは! どうせ作れないんですから、考えても意味はないですか。
クレール様、レイシクランで作ったら、発案者として分前は下さいよ」
「ううむ、ううむ・・・出来るでしょうか・・・」
「ははは! 出来たらで構いませんよ!」