第593話
翌朝。
朝餉を食べながら、話が弾む。
一晩経ってみたら、クレールもカオルも落ち着いてしまった。
「どんな鉄扇になりますかねえー。楽しみです!」
「何か模様など出ると面白いですね。あれは無地ですし」
「おお! それは面白いですね!」
「骨に雷の模様など出たりするのもまた・・・」
「良いですねえ!」
うむうむ、とクレールが頷く。
2人の様子を見て、マサヒデが小さく笑う。
昨日はあれほど驚いていたのに。
ぼりぼりと最後のきゅうりの浅漬を食べて、手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
ごくっと茶を飲むと、カオルが茶を注ぐ。
あ、とクレールが膳から顔を上げて、
「マサヒデ様。お聞きしたいことが」
「何です? あの鉄の使い道ですか?」
「いえ、違います。武士道ってどういうものですか?」
「は?」
唐突な質問に、マサヒデはぽかんと口を開けてしまった。
「武士道?」
「はい」
「なぜそんな事が知りたいのです」
「先日、武術家と武芸者、武道家の違いを聞きましたけど、それで気になりました。武士道って何でしょうか?」
「もしかして、昨日道場に行ったのは、父上に聞きに行ったんですか?」
「はい」
「父上は何と?」
「知らないと」
「ふふ、まあそうでしょうね」
「騎士道なんてのもあるじゃないですか。何が違うんでしょう?」
「大して変わりはしません。クレールさんは歴史が好きでしょう」
「はい」
「昔の戦争の話とか読めば、武士や騎士がどんな者だったか大体分かります。
武士道って、騎士道ってこれか? ってなると思います。
私の場合、一言で言うと、自己満足と・・・ううん、利益? です」
「自己満足と利益?」
「自分が守りたいものの為になら剣を抜く。それだけです。
家族。友人。仲の良い方。自分の命。それが私の自己満足と利益。
人によっては、さらに名誉や地位、財産とかですか」
「それだけですか?」
「はい。少なくとも、私の武士道はそれだけです。
いや、そもそも私は武士ではなく浪人なので、浪人道ですかね。
騎士道も同じようなものだと思います」
「はあ・・・」
「カオルさんはどうです?」
ん? とカオルが少し首を傾げ、
「私の武士道ですか? 私はそもそも忍ですが・・・
まあ、似たようなものですね。
違うのは、私は、主の命とあれば必要なくとも誰のでも・・・」
と、首の横に手を当て、
「という所だけです」
「おお。カオルさんの方が理想的な武士道してますね」
「ううん、良く分からないです」
「門番さんや衛兵さん、奉行所の方々に尋ねてみては如何です。
ああ! こういうのはアルマダさんの得意分野ですよ。
ついでに、また歴史の勉強でもしてきては?」
「はい!」
「ふふ、武士道というのが分かれば、刀は武士の魂って言葉も分かりますよ」
「ああっ! それよく聞きますね!」
マサヒデは刀架を指差して、
「ははは! 私には4つも魂がありますよ!
父上なんか蔵にもいっぱい! いやあ、大変な事です」
クレールは感心して、深く頷き、
「ううん、蔵いっぱい・・・大変ですね・・・流石はお父様です」
「ははは!」
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1刻後、郊外のあばら家前。
「なんで私なのお?」
シズクが不満そうな顔でクレールに尋ねる。
「シズクさんも勉強しましょうよ! マサヒデ様に負けてしまいますよ!」
「別に勉強で負けてもいいよ」
「では、騎士様達の稽古のお相手を頼みます」
「そうする」
かさかさと草を分けて入って行くと、アルマダが騎士達と打ち合っている。
「おはようございます!」「おはよーうございまーす!」
お? とアルマダが手を止め、ひょいと騎士の打ち込みを躱して、上から剣を押さえる。
「はい、一旦休憩です」
ふうー、と騎士達が息を吐いて、座り込む。
すたすたとアルマダが歩いて来て、
「クレール様、おはようございます。朝からどうされました」
「お聞きしたいことがあるのですが」
「私に分かる事であれば」
「武士道ってどういうものですか?」
「は?」
アルマダがぽかんと口を開ける。
「騎士道って、なんでしょう?」
「はあ・・・武士道、騎士道ですか・・・」
ああ、とアルマダが頷いて、
「そうか。魔の国はずっと魔王様の絶対王制だから・・・
魔王様の国で、武士道、騎士道なんてものは、必要なかったのか・・・
ううむ・・・なるほど、面白い」
アルマダが腕を組み、興味深そうに考え込む。
「何か、絵物語やお伽話でも読んだのですか?」
「それもありますけど、先日の武術家、武芸者、武道家ってお話で。
では武士道ってなんだろうって。
お父様も知らないって言うんです」
「マサヒデさんは何て言ってました」
「自己満足と利益だって」
「ははは! マサヒデさんらしい! さあ、お入り下さい」
「はい!」
アルマダに続いて、クレールとシズクが入り、3人が縁側に座る。
庭で4人の騎士が座って休んでいる。
「彼らは騎士ですね」
「はい」
「彼らは、どうして私の騎士になったか知ってますか?」
「いえ、聞いてません」
「彼らは冒険者仕事をしながら、何年かに一度、私達貴族に勇者祭に雇ってくれと申し出てくる方です。良く言えばベテラン。悪く言えば、未だに勇者になる夢を捨てられない子供」
「なるほど」
「武士道も騎士道も、歴史によって大きく変わってきますので、これが正解というのはありませんが・・・クレール様、騎士と言うと、どんな方ですか?」
「身分の高い者の護衛です」
「ほう。クレール様の見解だと、騎士はそういう者ですか」
「主君の側で護衛をし、報酬として階級と給与を与えます。
貴族と違って、領地を持たない代わりに、給与が出ます。
貴族と騎士の両方の階級を持つ方もおられますけど」
「ふうむ、その辺りは人の国の騎士とほぼ同じですね。
ところで、クレール様にはお付きの忍の方々がおられますね」
「はい」
「彼らには世間に知られる階級はないですが、給与は出ていますよね」
「はい」
「護衛ですよね」
「はい」
「階級を除くと、騎士とどう違うのでしょう」
「表に出ない所でしょうか」
「まあ、正解・・・でしょうか・・・
ふふ、私から尋ねて、正解がよく分からないというのもなんですが」
「よく分からない?」
アルマダが苦笑して、
「そうですね。例えば、騎士道に則った騎士って、どんな騎士ですか?」
「ええと・・・優しくて、名誉を重んじる・・・主に忠義深くて・・・」
「ふふふ。絵に描いたような理想の騎士像です。
ですけど、騎士の実像は違います」
「どう違うのでしょう」
「初期の騎士とはどういった者だったか。
戦時には他国の村々を焼き払い、略奪、虐殺、レイプ、窃盗は当たり前。
金属が必要なら寺社教会を襲い、鐘や仏像まで持って行く」
「ええっ!?」
「当然、戦時ですから、それで主から褒められる。褒美まで出るんですよ」
「ええー! そんな、そんな事をして!?」
「そうですとも! ひとつの町、村を潰せば、国力を減らせる、軍事力も減る。
兵と戦わず、危険も少なく、相手の国を取りやすくなる。実に効率的です。
さらに、裏切りなんてしょっちゅうです。
現在自分が仕えている所よりも待遇が良く、将来性があると見れば、簡単に鞍替えします。武士も全く同じでした」
「それが、それが武士!? 騎士!?」
「そうです。魔の国は、ずっと昔から戦という戦がありませんからね。
クレール様から見たら、こんな野蛮な文化、想像もつかないでしょう?
大体、人の国はバラバラで、今も戦をしている所があるんですから・・・」
「・・・」
「で、裏切られたら困る。何とか忠義が欲しい。
国力の低下は困るから、戦に関係ない一般人を殺されたくない。
そうして生まれたのが、武士道と騎士道の精神と言う名の『教育』です。
極端に言えば、洗脳と言っても良い」
「えーっ!?」
「広く一般に広がったから、もはや当然の文化と言うべきものになりました。
このルールに則らなければ、堂々と糾弾出来る。裏切りも出づらい。
いやあ、昔の方は賢いものですね」
「それが・・・武士道? 騎士道?」
「ふふふ。人の国の文化って面白いでしょう。
魔の国の方々は、野盗や盗賊でなければ、そんな事しませんからね。
元々、武士道や騎士道なんてもの、必要なかったんでしょう」
「はあー・・・」
「さて、もう一度彼らを見てみましょう」
アルマダが休憩中の騎士に目をやる。
「彼らは勇者祭が始まって、私の騎士になりましたが・・・
何故、知りもしない私の騎士になったと思います?」
「ええと・・・ハワード家の名声でしょうか・・・」
「それもありますが、そんなのは小さな理由です。
私を選んだ理由は、大きくふたつ」
「なんでしょうか」
ふっとアルマダが笑って、
「サクマさん! こちらへ!」
「はい!」
サクマが立ち上がって、アルマダの前に歩いて来る。
アルマダが嫌らしく笑って、
「サクマさんが、勇者祭で私の騎士になった理由を確認します。
ひとつ。良い装備がもらえ、賃金が高い。要するに金。
ふたつ。私が剣の腕が立つという噂を聞いて。
これは武術への興味などではなく、より自分が安全だから。
くっついて適当に手を貸しているだけで、勇者になれるかも・・・
どうです? 合ってますかね?」
「う! いや、まあ・・・ぶっちゃけてしまえばそうですが・・・」
「え!? ええー!?」
「アルマダ様、クレール様の前で、そんな話はご勘弁下さい」
サクマが気不味い顔で目を逸し、アルマダが笑う。
「ははは! クレール様、どうです! これが騎士ですよ!
雇われだからなんて関係ありません!
絵物語の騎士よりも、全然騎士らしい!」
「・・・」
ばつの悪い顔で、サクマが下を向く。
これが騎士・・・
本物の騎士・・・