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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十二章 武士道、騎士道
588/778

第588話


 翌朝、魔術師協会。


 マサヒデは起き上がるなり、部屋の襖、障子を開け放ち、着替えを持って湯に向かう。シズクとクレールも、眠い目をこすりながら、マサヒデの後に付いていく。


 出ていく3人を見ながら、くす、とカオルが笑って、台所へ。

 湯を沸かし、出汁を入れ、味噌を溶かす。

 とんとんとん、と深ねぎを切り、さらっと鍋に入れる。

 豆腐を出して、さささ! と切り、これも鍋に。


 きゅうりの浅漬を切って、小皿に置き、膳の上に置いていく。

 さささ、と碗を置く。

 あとは米が炊けるのを待つだけ。


「おはようございます」


「奥方様。おはようございます」


「私も湯に行って参ります。

 まだマサヒデ様には嫌われたくありませんからね」


 くすくすと2人が笑う。


「それでは、テルクニを頼みます」


「は」


 ぺこ、と小さく頭を下げて、マツも出て行った。


(今朝は素振りは無しか)


 戻って朝餉を済ませ、軽く一服したら、訓練場に稽古に行く時間。


 手の内。肩。マサヒデのあの顔。見事、と言ったコヒョウエ。

 もう、マサヒデの中では、完全な正解が出ているはず。


「・・・」


 湯呑を取って、茶を注ぎ、居間に入って床の間の前に座る。

 朝日を浴びて、刀架の雲切丸が輝く。


 青貝微塵塗り。

 塗り鞘。

 塗り鞘を割って、完全に修復出来てしまうとは・・・

 普通、塗り鞘は割って修復など出来はしない。塗られているのだから。


 カオルが首を傾げる。

 マツの修復の術は見事だった。


(何か魔術を習おうか?)


 一寸に満たない火が出せるだけで、大きく手が増える。

 土の魔術が使えれば、撒き菱なども要らなくなる。

 風の魔術があれば、遠くから毒を撒き散らしても、送る事が出来る。

 単純で小さな術だけで、かなりの幅が広がる。


(ううむ)


 くぴ、と湯呑に口をつける。

 魔術を使うなど論外、などと言われたりしないだろうか・・・

 忍は手など選ばないと思われているが、意外と頑固な所もある。

 養成所では、魔術は一切仕込まれなかったし、使う者もいなかった。

 監視員に確認してみようか?


 ちら、と庭を見る。

 レイシクランの忍は、魔術を使うのだろうか?



----------



 冒険者ギルド、訓練場。


 マサヒデは今日は鞘入の木刀を持って、前に立つ。

 冒険者達も、鞘付きの剣を持っている。


「今日は、近い距離での押さえ方、そして、それに対するにはという稽古です。

 刀でも剣でも全く同じ技術が使えます。

 知っておけば、役に立つと思います。

 普段は槍をお使いの方にも、色々参考になると思います。

 基本の形をお見せしますので、2人1組で練習して下さい」


「「「はい!」」」


「では、カオルさん」


「は」


 マサヒデとカオルが向かい合う。

 柄を少し前に出せば、互いに当たる距離。


「このような距離の場合ですね」


 す、と柄を出して、カオルの水月に柄頭を当てる。

 マサヒデが冒険者の方を向く。


「このように当てるのもありです。

 ですが、皆さん冒険者の方々は、鎧を着ている方が多い。

 これではまず通用しない場合が多いでしょう。そこでどうするか。

 短刀などがあれば、そちらで対応するのも十分ありですが・・・」


 互いに柄に手を掛ける。

 こん、とカオルの手首の上に、マサヒデの柄が乗る。


「この状態に持って行きます。これでほぼ勝ち」


 上から体重を掛けると、カオルががくんと前のめり。

 その状態のまま、冒険者達の方を向き、


「前から押さえるようにすると、力の強い人には負けます。

 押すので、相手は簡単に下がれますから、剣を抜かれます。

 上から体重を掛ける。手首が極まる。こうですね。

 シズクさんみたいに、とんでもない力の方でなければ、まず大丈夫」


 はい、と冒険者が手を挙げる。


「相手が膝を落としたりして、抜こうとしたら、どうするのでしょう」


 マサヒデが頷いて、カオルが膝をつく。


「こうなったら」


 足を上げて、カオルの刀の柄を踏む。


「はい。この通り。他にも相手がいるなら、蹴り飛ばして離れても良い」


 おお、と拍手が上がる。


「で、カオルさんが下がろうとしても」


 足を乗せたまま、マサヒデが前に出る。


「これで抑えたまま。相手は抜けませんし」


 すらりとマサヒデが鞘から木刀を抜く。

 こん、とカオルの背に木刀を当てる。


「カオルさんは座ってしまっているので、私は前の邪魔がなく、抜けます。

 斬るも刺すも自由ですね」


 ひょい、と足を離すと、カオルが立ち上がる。


「もう一度」


 近付いて向き合う。

 カオルが柄に手を掛ける。

 マサヒデの柄が、カオルの手首の上。

 マサヒデが冒険者達の方を向く。


「繰り返しますが、この形に持っていけば、ほぼ勝ちです。

 ただ、相手が大きくて、上から押さえようとしても出来なさそうなら」


 柄を反時計回りに外側に回し、カオルの肘に下から当てて、上に上げる。


「この通り。相手が大きい程、上げやすい。で、胴はがら空き。

 半分打つように、半分押すように上げるのがコツです。

 ただ、がつん! と打つだけでは、ここまで仰け反りませんよ。

 狙う所は、ここ」


 カオルの腕を下に下げて、肘の少し上を左手でくっと持ち上げる。

 カオルの肘が上がり、仰け反る。


「見ての通り、これは柔術をそのまま持ってきただけなんですね。

 なので、柄で押し上げられないなら、手で上げて押し倒しても良いんです。

 で、相手はこのように仰け反っていますから・・・」


 マサヒデが一歩カオルの横に踏み込んで足を掛け、カオルの首に手を当てる。


「はい、既に仰け反っているから、大きくても、これで簡単に倒せます。

 戻ってこないように、下から顎に手を当てるのも良い。

 倒す時は、後ろに飛ばすのではなく、真下に落とすように。

 兜を被っていようが、確実に頭を揺らせますよ。

 強く打つと死ぬかもしれませんので、練習では絶対にやらないで下さいね」


 戻って、柄をカオルの肘の下に置く。

 鞘ごと上に伸びている。

 鞘を指差して、


「剣をベルトに固定している方は、上に抜きながらやると良いでしょう。

 そして、固定されてないと、このように鞘ごと上がってしまいます。

 しかし、このまま左足を引いて、鞘だけ後ろに下げてしまえば」


 木刀が抜かれ、カオルの脇の下。


「はい。これで鎧の隙間から突き入れる事が出来ます。

 首や顎に下から突きこむことも出来ます。

 避けられたり、突き入れられなくても、先程のように踏み込めば倒せます。

 それが出来なくても、相手は抜けず、こちらは抜いた状態。有利です」


 はい、と冒険者が手を挙げる。


「対応するには」


「柄から手を離し、横に開いても良い。そして外から叩けば」


 ぱん! とカオルの柄が弾かれる。


「と、これで相手には一拍の隙が生まれる。

 抜き打ちがいけそうなら、この隙に斬り付けても良いです。

 まあ、下がりながら抜くのが一番簡単ですね」


 ぱっとマサヒデが下がって抜く。


「単純明快、これが簡単」


 木刀を納めて、カオルの目の前に戻る。


「しかし、せっかく下がるんですから、その動きを無駄にしては勿体ない。

 こんな応用もあります」


 カオルが柄に手を掛ける。

 ほい、とマサヒデがカオルの柄を左手で掴んで、


「はい、カオルさん、抜いて」


 ひょいと下がりながら、カオルが抜いた木刀を引っ張る。


「お手伝い」


 う! とカオルが驚いて、目を見開く。

 流石のカオルも、これは予想出来なかったようだ。


「おや。カオルさんの得物が無くなってしまいました」


 ぴた、とカオルの前に木刀をつける。

 おお! と拍手が上がる。


「これで私の勝ち、と言いたいですが、間合いを考えるとどうか」


 マサヒデは左手に持ったカオルの木刀を指差し、


「この通り、今、私は左の片手だけで持っています。

 カオルさんは短い方が得意、間が近い、私の左手は塞がっている。

 一見有利に見えて、冷静に見れば、私はむしろ不利。

 さっと脇差やナイフを抜かれて内に踏み込まれれば、私は逆にやられます」


 木刀の先で、マサヒデの足元とカオルの足元を差し、距離を示す。


「まあ、見た目は凄いと思うかもしれません。

 驚くでしょうし、一瞬の隙も、まず取れると思います。

 ですが、少し場慣れた方なら、その一瞬の後に簡単に対応してくるでしょう。

 体当たりで突っ込まれたり、短い得物を抜いて内に踏み込んできたり」


 カオルの手に木刀を戻し、冒険者達の方を向く。


「今のは基本です。応用は幅広く、ものすごく効きます。

 2人1組で、互いに押さえてみて、避けてみて下さい。

 皆さんは、私より遥かに実戦経験が豊富なはず。

 色々な状況を想定してみて、使い方や対応を考えてみましょう」


 わらわらと冒険者達が立ち上がり、向かい合う。

 冒険者達を見ようとマサヒデが踏み出すと、カオルが引き止め、


「あの、ご主人様」


 し! とマサヒデが口を鳴らし、


(ちょっと。皆さんの前でご主人様は)


「失礼しました。マサヒデ様」


「はい。なんでしょう」


「マサヒデ様の、応用の例などをひとつ」


「私の応用ですか。ううむ・・・こんなのとか?」


 カオルの手首の上に柄を置いて、柄をカオルの木刀の鞘の下に突っ込み、半円を描いて反時計回りに回し、鍔に引っ掛けて上に上げる。ぐい、とカオルの身体が横に向けられる。


「う!? うう!?」


 鞘ごと押し付けられ、仰け反ってしまう。

 鍔に引っ掛けて、ぐいと持ち上げられ、マサヒデの柄頭が顔の目の前。

 左手は挟まってしまって、ほとんど動かせない。

 右手も柄から外れてしまっているし、この状態では抜けもしない。


 木刀は鍔で引っ掛けられて押し上げられ、少し鞘から抜けている。

 真剣だったら、目の前に刃があるのだ。

 押さえられた上に、そんな状況では確実に焦る。


「ここで顔とか顎に突き入れちゃっても良いんですけど・・・

 背の高い相手だと、ちょっと無理に押し込む感じになってしまいます。

 それに、ここまで持ち上げられないですから、こうします」


 すこん!


 マサヒデが鍔に引っ掛かけた柄を勢い良く開くように振ると、鞘から木刀が抜けて飛んでいった。


「え!?」


「あっ、しまった!」


 手前の冒険者の組の足元に、木刀が転がった。

 お? と冒険者がこちらに顔を向ける。

 マサヒデが慌てて駆け寄って来て、


「すみません! ちょっと力が入ってしまって!」


 と、頭を下げて木刀を拾う。

 向こうを見れば、カオルが仰け反って驚いた顔でこちらを見ている。

 何があったのか分からないが、先程の応用で木刀を吹き飛ばしたのだ、と想像はつく。


「危ない、危ない。当たらなくて良かった。

 いや、本当にすみませんでした」


「いえ・・・」


 ぺこぺこするマサヒデを見て、冒険者が喉を鳴らす。

 驚いた顔で固まっているカオル。

 拾った木刀を持って歩いて行くマサヒデ。


「なんか、とんでもねえ技術教えてもらったのかな・・・」


「かも・・・」


「練習するか」


「おう」


 冒険者が向かい合い、柄と柄を突き当てる。


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