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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十二章 武士道、騎士道
586/758

第586話


 船宿・虎徹。


 クレールの奇跡の小柄を祝い、マサヒデ達の飲み会が始まった。


 マサヒデが唐揚げをつまんでいると、アルマダがマサヒデを小突く。


「マサヒデさん。また忘れてませんか」


「え? 何をです」


「イマイさんに聞かなくて良いんですか?」


「ああ・・・」


 浮かれていたマサヒデの顔が沈む。


「何々?」


 イマイが身を乗り出す。

 マサヒデが聞きづらそうに、


「ううむ、あの、三傅流なんですが」


「うん?」


「三傅流の人って、鞘も刀も傷だらけの方が多いとか」


「そりゃあ最初のうちはそうだよ。僕だってそうだったもん。

 鞘も買い替えたし、自分の刀を泣きながら研いだりして!

 今思うと、良い研ぎの練習になったねえ」


 最初のうちは。

 イマイがにやっと笑って、お猪口をマサヒデにちょいと突き出し、


「あーあ・・・分かったぞお。誰かに何か言われたんでしょお。

 そんな抜き方してると刀が傷むとか?」


「まあ、そんな所です」


「普通に抜ければ大丈夫だよ。

 ほら、居合とか抜刀の練習しはじめの人なんて、皆、鞘傷めるでしょ」


「あ、確かに」


「抜く時に指先とか切っちゃったりとかして! 僕もやった!

 あやべ! 指の位置ずれた! んー? あ! 指から、血! 血がー!

 いやー、懐かしいねえ。あれ、遅れて出てくるから余計びっくりするよね」


 くぴっとイマイが呑んで、


「こないだ、パーティーでトミヤスさんの雲切丸、よーく見たよ。

 瑕ひとつなかった。て事は、正しく抜けてる」


「そうでしょうか?」


「そーおだよおー」


 イマイがお猪口を空け、とん、と置き、少し赤くなった顔をカオルに向けて、


「ねーねー、カオルさん、モトカネ見せて。

 ちゃんと抜けてるか見てみよう」


「は」


 カオルがぐるっと席を回り、イマイの横でモトカネを差し出す。


「ああ、ちょと、ちょーっと。ここじゃ危ないし」


 イマイとカオルが離れて行き、部屋の隅で刀を抜く。

 イマイが刀を顔を近付け、所々に指を差し、うん、うん、とカオルが頷く。

 刀を納めると、カオルが頭を下げ、イマイからモトカネを受け取る。


 立ち上がったカオルの顔は明るい。

 2人が席に着く。

 カオルが小さく頭を下げ、イマイのお猪口に酒を注ぐ。


「基本的に、普通に抜けてる人は、少し練習すれば三傅流で抜いても平気」


「どういう事でしょう」


「かっこつけてとか、焦ったりとかさ。

 こう、勢い良く鞘をぐるっと後ろに回す人、いるじゃない」


「いますね」


「恥ずかしいけど、僕も最初あれやってた。

 ま、あれで瑕が着くだけ。普通に抜く分には問題なし。

 分かるよね、これ。トミヤスさんはそんな事しないでしょ?」


「はい」


「じゃあ平気。それさあ、腰を回すから、鞘も一緒に横に回るって見えるだけ。

 左手で鞘引くじゃない。これが手引きになってる人は駄目ー。

 手引きじゃなく、鞘捌き! こないだ見た時、2人とも出来てたよ」


「鞘捌き」


「抜いた後さ、左手を離すというか、力が抜けるでしょ。

 そうすると鞘がさ、こう、ぷん! て元の角度に戻るから。

 で、こいつ派手に回して抜いてるって見えるだけ。

 素人さんとか、かじった程度の人は、それ見て騒ぐんだなあー。

 刀の横に! 鞘に瑕が! それは駄目だよー! ってね」


 コヒョウエは素人ではない。

 三傅流を使うなら、ちゃんとした鞘捌きが必須だ、と言っていたのだ。

 お前はそれがちゃんと出来ているのか? と言っていたのだ。


「そりゃあさあ、右手は使わず、左手で引く、腰も回す、膝も沈める。

 最初はなんじゃこりゃーって見えると思うし、難しいと思うよ。

 僕だって、最初に教えてもらった時は、これえ? って思ったもん」


 イマイが醤油皿を前に置き、箸を取って、醤油皿の左に揃えて置く。

 箸の真ん中辺りを左の人差し指で押さえて、


「ここが鯉口ね」


「はい」


「で、これ、典型的な駄目な例」


 左の箸を醤油皿に沿って回す。

 右の箸先に当たりながら回っていく。


「あー、これぶつかるわー。刀に瑕もつくわー。当たり前」


 戻して、右手の指を醤油皿の左端に乗せる。

 左の箸をまっすぐ、ゆっくり引いていく。

 右手の人差し指で、ゆっくり皿を回していく。


「ほら、鞘捌きが出来てる人は、腰が回っても鞘はこの向き・・・

 ぶつからない・・・ぶつからない・・・」


 箸の先と頭が同じ位置になった所で、くるっと左の箸を皿に当てる。


「鞘が元の角度に戻った。ぶつかってなかった。ね?」


「はい」


「鞘捌きがちゃんと出来てる人は、自然に出来る。

 ほんの少しでも当たった瞬間、あ、駄目だって分かるし。

 ゆーっくり抜いてみれば、自分が出来てるかどうか分かるって」


「私は大丈夫でしょうか」


「こないだ教えに行った時、僕が見てたでしょおー!

 あ、でもさ、左手抜きの時とかは気を付けてね。

 慣れてないと、やっちゃう時あるよ」


「雲切丸は長いので、不安があるのですが」


「僕だと小さいから、もしかしたら無理かもしれないね。

 トミヤスさんの背丈なら、多分、2尺8寸も平気だって」


「ううむ」


「出来てなかったら、雲切丸が無瑕なはずないじゃない!

 ちょっと酷いな! 研師の目を馬鹿にするなよおー!」


 イマイがにやっと笑って、徳利を突き出す。

 ぐっとマサヒデが空けると、イマイが注ぐ。


「出来てるって」


「はい」


 やっと安心して、マサヒデが頷く。

 アルマダが笑って、軽くお猪口に口をつける。



----------



 イマイに尋ねてみて良かった。

 酒が楽しい、と思いながら、軍鶏鍋をつまむ。

 ふうふう牛蒡を吹いているラディに、


「ラディさん、また暇が出来たら、私にも小柄作って下さいよ」


「え? 私ですか?」


「ええ。ラディさんが打って下さい」


 ぶわ! とラディの目に急に涙が浮かぶ。


「熱かったんですか?」


「う、うう・・・」


 ぼと、と箸に挟んだ牛蒡の束が落ちる。

 あ? とホルニがラディの方を向き、


「おいラディ、どうした」


「ああ、お父様」


「何だ? お前、どうしたんだ?」


 おや、と皆もラディを見る。

 アルマダが困った顔で、


「マサヒデさんが、また女性を泣かせてしまって」


 と、肩を竦める。


「誤解を招く言い方はやめて下さい。

 ラディさん、一体どうしたんです」


「すみません、すみません」


 謝りながら、眼鏡を上げて手拭いを目に当てる。


「おい、ラディ、どうしたんだよ」


 シズクが下から顔を覗き込む。


「初めて注文をもらいました」


 ぶは! とホルニが吹き出し、


「わはははは!」


 笑いながら、ばんばんラディの背中を叩く。


「良かったな!」


「はい、はい」


 ぐいっとホルニがお猪口を空けて、酒を注ぐ。


「打った刀は我が子も同然! お前とトミヤス様の子が出来るな!」


「はい」


「お父上まで、やめて下さい、そんな誤解を招くような言い方。

 それに、マツさんとクレールさんの子も、懐に居るじゃないですか」


「おおそうだ、これで3人目か! いや、顔を見るのが楽しみですな!」


 皆がげらげらと笑い、マサヒデも苦笑い。


「ははは! マサヒデさん、どんどん子が増えますね!」


 アルマダが笑う。

 マツも笑いながら、膝のタマゴを撫でて、


「うふふ。テルクニ、もうすぐ兄弟が出来ますよ」


「あーははは! マツ様! マツ様! もう4人目ですよ! あははは!」


「男の子かしら。女の子かしら」


 ぶふ、とイマイが吹き出して、口を拭う。


「マ、マツ様・・・うぷぷ・・・」


「あはははは! あははは!」


 クレールがぱしぱし膝を叩いてげらげら笑う。


「う、う・・・ぐすっ」


 ラディだけが泣いている。

 シズクがラディの手を取って、ほいとお猪口を持たせると、泣きながら、ごくっと一気に飲み干す。

 シズクが呆れ顔で酒を注ぐ。


「お前、泣き上戸だったんだな」


「すみません・・・すみません・・・」


「まあ呑めよ。嬉し泣きは悪い事じゃないんだから」


 ごくっ。ことん。ぷは。

 一気に飲み干して、ラディがゆっくりシズクの方を向く。

 また、ぶわっと涙が溢れ出す。


「ううっ! シズクさん! 何てお優しい!」


 がば! とラディがシズクに抱き付く。


「おいおいおいおい」


「あなたの事を誤解していました! すみません! すみません!」


「はいはい。よしよし。どんな誤解してたんだよ」


「すみません! すみません!」


 シズクがラディの頭を撫でながら、呆れ笑いの顔を上げる。

 皆がまた笑い出す。


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