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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十一章 シュウサン道場、再び
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第584話


 マサヒデとジロウが遠間で睨み合う。


 一見、遠間。

 だが、無願想流と弓引き斬り。

 既に互いの間合いの内。


 マサヒデは右脇構え。

 ジロウは上段。


 どうしたものか、とマサヒデは足を止めている。

 一振り外せば勝てるが、あの神速の振りを躱せるか。

 ジロウも同じ事を考えているだろう。


 マサヒデには、ジロウが振り出したら受けられない。

 ならば躱すしかない。


 右から左に振りながら跳ぶ。

 ジロウの振り下ろしが、逆袈裟のように追ってくる。


 マサヒデは踏み込み切らず、ぎりぎり木刀が届かない所に止まった。

 目の前をジロウの木刀が落ちていく。

 マサヒデの木刀の上に、ジロウの剣先。


 道が見える。


 ジロウの腕に沿うように、左から右に、斜めに斬り上げる。

 斬り上げながら、身体を上に伸び上げ、くるりと身体を回す。

 脇の下。胸の横辺りに当たる。

 伸び上がった身体を沈み込めながら、振り向くように更に回る。


 回りながら沈み込んでいく背中の上を、ジロウの切り返しが掠めていった。

 回転したマサヒデの木刀に右肩の後ろを持っていかれたジロウが、マサヒデの左に、マサヒデに背中を向けるようにばたんと倒れる。

 そのまま振り抜いたマサヒデの木刀の剣先が、ぴたっと床と平行に止まる。


「お見事!」


 ぱちぱちとコヒョウエが拍手を上げると、マツとクレールも拍手を上げる。

 アルマダ、カオル、シズクは目を皿のようにし、マサヒデ達を見つめている。


 とすん、とマサヒデが尻を落とした。

 はあっ! と息を吐いて、倒れたジロウを見る。


 太刀筋を思い出し、ああ、と力が抜けた。

 これは真剣なら負けていた。


「う、くっ・・・」


 ジロウが呻いて、脇の下を抑えながら座り込む。

 痛みに顔を歪めたジロウが顔を上げた。

 目が合った。

 マサヒデが、は、ともう一度息を吐いて、かくんと肩を落とす。


「ありがとうございました」


 肩を落としたマサヒデを見て、ジロウがにこっと笑う。


「ありがとうございました」


「あれ、弓引き斬りですよね」


「え!? ご存知でしたか!?」


「父上の師は、コヒョウエ先生ですよ」


「・・・は、ははは! いや、そうでした! ははは!」


 顔を歪めながら笑うジロウに、マツが寄って来て、手を当てる。


「今まで使わなかったのは、やはり見せたくなかったから?」


「ふふふ、いや、馬鹿なことをしていました。

 勝手に禁じ手にしていたのですが、どうしても勝ちたくて・・・

 既に知っていて当たり前の相手に禁じ手など! ははは!」


 痛みが消え、ジロウがマツの方を向き、


「マツ様、もう大丈夫です。ありがとうございます」


 と頭を下げ、木刀を拾って立ち上がる。

 マサヒデも立ち上がる。


 互いに礼。

 もう一度、笑顔を合せて、マサヒデもジロウも笑う。


「ありがとうございました」


「ありがとうございました」



----------



 一通り立ち会いを終えて、縁側で休憩。


 コヒョウエが茶をすすって、


「マサヒデ殿」


「はい」


「そちらの・・・」


 コヒョウエがカオルを見る。

 ジロウもカオルを見る。

 ニ刀を見たい、と言いたいのか。


「ああ。ないです」


「ない? ないとは?」


「ニ刀は嘘です」


「は?」


 コヒョウエもジロウも、目を丸くしてマサヒデを見る。

 カオルがくすっと笑う。


「はったりです。ジロウさんの手が見たかったので、こんなのもあるぞと」


「はーっはっは! してやられた! 言ってしまって良いのかな?」


「構いませんよ。今は出来ない、というだけです。

 それに、無願想流でなければ普通に出来ます。

 ですから、半分は嘘ではありません」


「はっはっは!」


 げらげらとコヒョウエが笑う。


「それで、ジロウから聞きましたが、もう50のうち何度かは振れると」


「はい」


「もう理は分かったとか」


「こうではないだろうか、という程度ですが」


 コヒョウエが頷いて、


「左様か。で、どのような理と見ました」


「手の内と肩です」


 コヒョウエが頷き、


「お見事。では、こちらも土産を用意致しました。

 よくご覧になって下され。ジロウ、準備を頼む」


 ジロウがにっこり笑って、縁側から下り、道場の後ろに走って行く。

 巻藁を1本抱えて戻って来て、マサヒデ達の前に立て、頭を下げる。


「さて・・・振れるようになると、どうなるか。

 皆様、我が芸をしかとご覧あれ」


 コヒョウエが立ち上がって、床の間から刀を取り、庭に下りて行く。

 巻藁の前に立ち、すらっと抜いて、


「この巻藁程度なら、振り被らずとも良くなる」


 ひょいと刀の物打ちを巻藁の横に出し、


「これで斬れる」


 ぱすん! と袈裟に斬れて、綺麗に落ちる。

 なんと、中には竹を芯に入れてある。

 ただの一畳巻きではなかった。


 しかも、アルマダのように、腰を大きく落としたりもしていない。

 軽く腕を落としただけ。


「・・・」


 言葉も出ない。


「さて、ジロウから聞きましたが、マサヒデ殿は三傅流をお使いになるとか」


「未熟ですが」


「教えて頂いたのは、やはり抜刀術?」


「はい」


 コヒョウエが頷き、


「抜刀術は抜刀の術、という事をお忘れなく。これぞ剣術の妙ですぞ」


「と言いますと」


「あの長い雲切丸で下手に抜き付けようとすると、必ずヒケが付く。

 腰を回し、手で引く。鞘を後ろに回せば、内に当たる。抜けばヒケが付く。

 抜く方向は鞘を回す。刀は鞘の内で傾く。内に当たる。抜けばヒケが付く」


「は」


 抜くだけでヒケが付く。

 三傅流は使えないのか?

 しかし、あれだけ刀を大事にするイマイが使っているのに・・・


「当然、刀のみならず、鞘の内も痛めますな。

 三傅流の者は、刀のみならず、鞘の内、鯉口が傷だらけの者が多い。

 中には、抜刀の稽古中に鞘を割る者まで出る始末。

 正しく抜けぬから、そうなる」


 正しく抜けないから、そうなる。

 使えないのではなく、難しいのだ。

 自分は正しい抜き方を出来ているだろうか?


「抜刀術を学びなされたのは、実に良い事。

 まず斬ったり突いたりする前の、抜刀の段階こそが難しい。勿論、納刀も。

 ここの所、心して鍛錬を積みなされ」


「お教え、ありがとうございました」


 マサヒデが頭を下げる。


「と、ここまでは落雁の礼」


 は、とマサヒデが顔を上げる。


「次はワインの礼。うむ、もひとつ芸でもお見せ致そうか」


 すうっと刀を拭って、コヒョウエが刀を納める。


「この斬り方が出来るなら・・・」


 コヒョウエが鞘ごと刀を前に出す。

 三傅流の抜きだ。

 ゆっくりと鞘を引いて、ぴっと抜かれた刀が巻藁の横に置かれる。


「ほれ、ここから斬れますな。という事は」


 もう一度納めて、目にも止まらぬ三傅流の抜刀。

 そのまま振り被らず、ぱすん、と片手で巻藁を斬り落とす。


「この通り。おお、今のは我ながら良く出来た!

 ははは! 面白いかな? いや、武芸、武の芸とはこの事かの!

 うむうむ、抜刀さえ出来てしまえば、もう勝ったも同然よ!

 三傅流の目にも止まらぬ抜刀、出来てしまえば負けなしじゃ!」


 コヒョウエが笑いながら刀を拭って、すっと刀を納め、マサヒデの方を向く。


「・・・」


 見事すぎて、言葉も出ない。

 まさか、片手でも全く振り被らずに斬り落としてしまうとは。

 切り口は綺麗で、巻藁は少しもけばだっていない。

 コヒョウエはにこにこしながら頷いて、


「これを我らの土産と致しましょうかな」


「お教え、ありがとうございました」


 マサヒデが頭を下げ、皆も頭を下げた。


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