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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十一章 シュウサン道場、再び
583/768

第583話


 シュウサン道場。


 休憩が終わり、ジロウとアルマダが立つ。


 ぱん! とコヒョウエが手を叩き、


「アルマダ殿! お待ちしておりましたぞ!」


 アルマダがにっこり笑って、コヒョウエに頭を下げ、


「私程度でご満足頂けるとは思えませんが、努力は致します。お許し下さい」


「これはご謙遜! ジロウ! 情けない姿を見せるなよ!」


「はいっ!」


 ぐ、とジロウが正眼に構える。

 良い気迫の乗り方だ。

 あれだけ気合が入っているのに、身体が全く固くない。


「それでは、よろしくお願いします」


 アルマダも、すっと正眼に構える。


(おっ)


 これは良い。

 いつにも増して、アルマダの構えが違って見える。

 どちらを見ても、一瞬で決まりそうだ。


「よろしくお願いします!」


 ジロウが大声を出す。


「では、はじめ」


 す、と2人が同時に前に出た。

 互いに一足一刀、間合いの内。


(やはり一瞬で決まる)


 マサヒデ達が感じて、皆が目を皿のように開く。

 じりじりと、アルマダとジロウの間が近付く。


 ジロウの木刀が巻いた。

 アルマダの右手。

 す! とアルマダが剣を落とす。


 くる、とアルマダが左に回る。

 ジロウの右に、同じ向きで並ぶ。

 このまま腕を乗せて抑えれば勝ち。


 アルマダが左を見る。

 ジロウと目が合う。


 ジロウが抑えられないように、ぱ! と逆袈裟に木刀を上げる。

 ジロウの顔の前に、すっとアルマダの木剣が通る。

 顔と木刀の間に、アルマダの木剣。


 そこまで、とコヒョウエが口に出そうとした。

 す、とアルマダの腰が沈む。


 がつん! と大きな音がして、ジロウの木刀が天井まで跳ね、ごん、ごん、と音を立て、跳ねながら転がって行く。


「む、そこまで」


 からん、と音がして、木刀が止まる。


「まじかよ」


 シズクが口を開けている。

 カオルの額の横を、冷や汗が落ちていく。


 思い切り振り下ろして弾き飛ばしたのではない。

 アルマダの木剣と、ジロウの木刀と、1寸程度しか隙間がなかった。

 腰を落としただけ。

 それだけの振りで、握られた木刀をあれほど弾き飛ばした。


 予想通り一瞬で終わりはしたが、内容が凄すぎる。

 ここ最近の稽古でアルマダと立ち会ったが、あれほどの剣だったか?

 正確で鋭いのは変わりないが、質が違いすぎる。


 横ではマツとクレールが「すごい!」とぱちぱち拍手している。


 アルマダが、すうっと立ち上がる。

 ジロウは少し前に持っていかれ、痺れた手を前に出した状態で固まっている。


「ありがとうございました」


 頭を下げ、アルマダがくるっと振り返り、歩いて来る。

 汗ひとつかいていない。

 すっとマサヒデの横に座る。


「ちょっと、アルマダさん」


「なんです」


「もう少し手を出させて下さいよ。

 盗むも何もないじゃないですか」


「ではマサヒデさん。お手本を頼みます」


「む・・・ううむ・・・」


「ははは。許してくれますよね」


「頑張ってはみますけど」


 カオルとシズクが、冷や汗を垂らしながら2人を見ている。

 何故、マサヒデは普通に喋っているのか・・・

 マサヒデが、すっと立ち上がる。


「ジロウ! ぼけっとするな! 木刀を拾え!」


「は! あ、はいっ!」


 ジロウが慌てて隅に転がった木刀を取りに走る。

 カオルがアルマダを見て、


「ハワード様」


「はい?」


「私共との稽古の際は、手を抜いて下さったのですか?」


「ははは。まさか」


「しかし、あれほど」


「上手く入っただけです」


「上手く入った、というものではありません」


 アルマダがにっこり笑って、


「女性には優しく振る舞おうと心掛けているだけです」


「・・・」


 剛剣も過ぎる。

 凶暴な剣、とマサヒデは言っていたが、稽古では感じられなかった。

 今のがアルマダの剣の顔だったのか。

 この男は、普段からずっと素顔を隠している。

 マサヒデだけが、本当のアルマダの剣に気付いていたのだ。



----------



 道場の真ん中で、互いに礼。


「よろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


 アルマダの剣に少し気を抜かれてしまったか。

 ジロウが浮ついて見える。


「ジロウさん」


「はい」


「カオルさんとは違う無願想流、お見せしましょう」


「違う? とは?」


「無願想流は、人によって振り方が変わる。

 仕掛けは同じでも、身体の作りで大きく変わるのです。

 同じ人物でも、背が伸びたり、太ったり、痩せたりすると、大きく変わる。

 上達云々関係なく、今日の私の剣と、明日の私の剣は変わります」


「・・・」


「今日の私の無願想流、よくご覧いただきたい」


 す、とマサヒデが無形に木刀を垂らす。


「拝見します」


 正眼に構えたジロウの目に火が灯る。

 もう、浮ついていない。


 コヒョウエが小さく笑い、小さく頷いた。


「はじめ!」


 マサヒデが小さく頷いた。

 かん!

 と音が響き、ジロウの木刀が左に弾かれる。

 一瞬でマサヒデの身体が深く低く伸びた。


 起こりが見えない!

 しかも速い!

 この間合いでは、受けられるものではない。


 今のは見せてくれた、わざと外してくれた。

 ならば攻めるしかない。


 ジロウが弾かれた木刀を横薙ぎに振ってくる。

 低くなったマサヒデの頭。

 ひょいとマサヒデが頭を下げ、後ろに残った足を引き付ける。

 身体が上に伸びる。


 斬り上げ!


 ぱ! とジロウが大きく後ろに下がる。

 ひゅ! とジロウの眼の前を木刀が上がっていく。

 余裕を持って大きく下がったが、まさかここまで追ってくるとは!

 驚いていると、木刀と一緒にマサヒデも上がっていく。


(跳んだ!?)


 ジロウの背よりも高く跳んでいる。

 さ、と額の前に木刀を置く。


 こん、と木刀が置かれただけで、マサヒデがジロウの足元に膝を着いて着地。

 横に振られれば、手を潰される。

 ジロウが木刀を立てながら、マサヒデの木刀を押しつつ横に跳ぶ。


「お見事! もう一本でよろしいかな」


 コヒョウエが手を叩く。


 マサヒデが横に弾かれた木刀を下ろし、左に跳んだジロウの方を向く。

 右脇構えの形になる。

 小さく笑って、


「まだまだですよね」


「勿論です」


 コヒョウエが頷き、


「ジロウ。勉強させてもらえ。全力でいけ」


「はい!」


 ジロウが上段に構える。

 木刀は地面と水平。


(面打ちだけではない)


 シズクに見せた、あの振り方で来る。あれは袈裟にも逆袈裟にも変わる。

 マサヒデの目がすっと細くなる。

 す、す、と歩いて行く。

 たん、とジロウも踏み出した。

 まだぎりぎり間が遠いが、ジロウの木刀の剣先が、ふっと上がった。


 ぱっとマサヒデが後ろに跳び下がる。

 真っ直ぐ伸びてきた。

 鼻先を木刀が掠めていく。


(厄介な!)


 今までずっと使ってこなかったから、全く念頭になかった。

 アブソルート流の看板。


 弓引き斬りだ。


 普通に円を描くような振りではなく、物打ちがほぼ真っ直ぐに出てくる。

 出だしは遅いように見えて、これは弓を引くような溜め。

 円軌道ではなく直線に近い振り方だから、実際、速い。

 最初は溜めているから、相手の動きに対して、袈裟、逆袈裟に変えられる。

 溜めて出だしが遅いものだから、見づらい事この上ない。


 遠心力を使わないから斬れない、などと言う者もいるが、斬れる。

 ただ斬れるどころではない。

 振り出したら一気に加速、神速、一撃必殺だ。

 当然、上からだけでなく、左右薙ぎ、斬り上げでも同じ振りでくる。


 これは厄介だが、欠点もある。

 踏み込まねばならない。


 ただし、似たような斬り方で、撫で斬り、引き斬りというものもある。

 一般的な、浅く斬る撫で斬りではない。

 近間、深く跳び込んできた相手に対する、弓引き斬りのような振りだ。

 やはり、当たれば、ばっさり。

 ジロウの腕なら出来て当然。


(どうしたものかな)


 間を開けて、マサヒデとジロウが睨み合う。

 一見、少し遠間に見えるが、もう互いに間合いの内になっている。

 マサヒデが跳び込んだ。


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