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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十一章 シュウサン道場、再び
582/760

第582話


 シュウサン道場。


 カオルとジロウの立ち会いが終わった。

 カオルは立ち会いには負けたが、素晴らしい結果を出した。


 ジロウから技術は盗めた。

 本人は勝負の後、消沈してしまったが、ジロウが肩を落とし、息を切らせるまで追い詰めた。先回はここまで追い詰められなかった。


 マサヒデがアルマダに顔を向け、


「ジロウさん、疲れてますね。休憩を申し出ましょうか」


「そうしましょう」


 アルマダが頷く。

 マサヒデが手を挙げて、


「コヒョウエ先生!」


「む。どうなされた?」


「ジロウさんは随分とお疲れのご様子。

 一度、休憩を挟みたいと思いますが」


 コヒョウエは少し首を傾げて、


「ジロウ。どうする」


「大丈夫です」


 まあ、こう言うだろう。


 万全の時に相手が来るとは限らない。

 どんなに気を付けていても、事故も病もある。

 むしろ、体調が悪い時にこそ戦えるよう、慣らしておくべき。

 どんな状態でも戦える者が武術家。


 カゲミツが諸国を回っていた際は、わざと3日3晩も呑み明かし、誰かが寝込みを襲ってくるのを、今か今かと待っていたそうな。いくら酒好きとはいえ、3日も寝ずに呑み続けるのはきついはずだ。呑まなくてもきついのだから。


「我儘で申し訳ありませんが、万全のジロウさんと立ち会いたいのです」


「だ、そうだ。これは客の我儘、断りも出来まい。

 塩を送られている訳でもなし、ただの稽古よ。

 ほれ、ジロウ。そう固くならず休め」


「は」


 ジロウは、どっかりとその場に胡座をかいて座る。

 やれやれ、とコヒョウエが呆れた顔で、門弟に顔を向け、


「おいコメタロウ。すまんが、茶を頼めるか」


「はい!」


 門弟が立ち上がって道場を出ていく。


「おおそうだ、マツ殿からサン落雁を頂いたのであった。

 うむ、皆で楽しもうではないか」



----------



「ううむ、さすがサン落雁。しかし、茶がな」


「申し訳ありません」


 ジロウが頭を下げる。


「ところで、マサヒデ殿」


「はい」


「こやつから何か盗めましたかな」


「はい」


「えっ」


 マツとクレールが顔を向ける。

 マサヒデとコヒョウエがにやっと笑う。


「なあに、そうお気になさらず。

 こちらも、マツ殿、クレール殿からそれは良い土産を頂いた」


 コヒョウエが落雁をかじって、


「この落雁とワイン以外にも、それはもう、たーんと。

 のう、ジロウ」


「はい」


「お前、あの土産は多すぎやせんか?

 あれは儂にも、ちと重いな」


「まあ、その・・・正直に言いますと、少々」


「はーっはっは! で、無願想流を前にしてどうだ?」


「私では手に余ります」


「我が流派であれば一捻り、くらい言えんのか」


 ジロウが笑って、


「申し訳ありません。私、父上程に嘘は上手くなくて」


 コヒョウエは顔をしかめ、


「おい、客人の前で人聞きの悪い事を言うな。

 そこは方便と言え、方便と」


「口下手で申し訳ありません」


「全く・・・」


 渋い顔をして、コヒョウエが湯呑に茶を注ぐ。

 す、とマサヒデが湯呑を上げると、ちょい、と裾が引っ張られ、手を止める。

 クレールがマサヒデの顔を見上げて、


「危ないじゃないですか。溢すかと」


「あの、技の盗み合いって聞いてましたけど」


「ええ」


「私達の魔術もお土産だったんですか?」


「そうですよ。だから、手を貸して下さいって頼んだんじゃありませんか」


「魔術師とはあまり戦った事がないだろうって」


「だからですよ。良いお土産になりました」


 マサヒデがコヒョウエに顔を向け、


「コヒョウエ先生、いかがでしたか?」


「いや、お見事としか言いようもありませんな。

 此度はこのような機会を作って頂き、ありがとうございます」


 コヒョウエが頭を下げる。

 横でジロウも頭を下げる。


「ほら。何かあるんですか?」


「お礼だから、手を貸して下さいって!

 魔術師と立ち会った事は少ないだろうからって!」


「ええ」


 何を怒っているのだろう。

 コヒョウエとジロウが顔を合わせる。

 マサヒデがマツに顔を向けると、マツも首を傾げる。


「私の魔術は見世物なんですか!?」


 ああ、なるほど。

 結構良い立ち会いをしたから、そっちに頭が行ってしまったのか。


「クレールさんだって、私達の立ち会い見て楽しんでたでしょう」


「う」


「私達、と言っても、カオルさんは少し違いますけど・・・

 武術家って、武芸者とも言いますよね」


「はい」


「武の『芸者』ですよ。分かります?

 今の平和の世で、武術は見世物です。

 私達は芸者。武術は見世物商売なんですよ」


「ええー!?」


 ぱん、とコヒョウエが膝を叩き、にこっと笑い、


「む! さすがマサヒデ殿には分かっておられる!」


「いや、これは受け売りです」


「命を掛けて戦う事もあるのに、芸者!? 商売!?」


「そうですとも。広場で勇者祭の試合を見て、皆さん楽しんでる。

 真剣の殺し合いでも、それはもう盛り上がってますよね。

 賭けをしてる町だってあるくらいですよ。

 すごい見世物だと思いません? 芸者の大舞台じゃないですか」


「む、む、む・・・」


「魔術だって商売ですよ。

 マツさんも魔術師だから、今の商売が出来てるんです。

 ラディさんも、治癒魔術が使えるから、病院で働いてた。

 ね? 魔術も商売でしょう」


「でも、でも・・・」


「ふふふ。言う通りだけど、何か嫌だって気分でしょう?」


「ううん・・・はい。嫌です」


「私もそうでしたから、良く分かります。

 つい先日、分かったばかりです。いや、まだまだかな」


 コヒョウエがにこにこしながら、


「クレール殿。この道場をご覧下され。

 トミヤス道場と比べて如何かな?」


「え? ええと・・・あの、人が・・・」


 クレールが気不味そうに下を向くと、コヒョウエがげらげら笑って、


「はーっはっは! そうそう、そこですぞ!」


 コヒョウエがジロウの肩に手を置いて、


「こやつは、腕を磨くばかりで商売をせんから、こんな道場。

 カゲミツは商売上手だから、あんな田舎村なのに、繁盛しておりますな。

 貴族は抱え込むわ、王族とも仲が良いわ。

 名は魔の国まで轟き、世に知らぬ者はおらぬほど」


「お父様は剣聖ですから、当然では?」


「いやいや、そうではない。剣聖は1人ではない」


「えっ? 他にもいるんですか?」


「『剣聖』は国から与えられる称号。つまり、国の数だけ剣聖がおる。

 されど、今や剣聖と言えばカゲミツの名が挙がる。

 クレール殿、他の国の剣聖の名、ご存知かな?」


「いいえ・・・あの、では、剣聖ってたくさん・・・」


「そう。カゲミツは剣聖の中でも、飛び抜けて商売上手と言う訳ですな。

 剣聖の称号があっても、ここと同じ程度の道場の者がおりますぞ。

 中には食うにもぎりぎりで、国のお情けで何とか生きておる者もおる」


「ええー! 剣聖なのに!?」


 マサヒデ達が驚くクレールを見て笑う。

 コヒョウエが笑いながら頷き、


「如何にも。剣聖はただの称号。

 身分でも仕事でもなく、貴族のように領地も与えられぬ。

 それゆえ、食うには自分で稼がねばならぬ。

 ここまで分かりましたかな?」


「はい」


「されど『剣聖』と呼ばれる者が、剣術以外で身を立てて良いものかな?

 はてさて、困った。冒険者ギルドで日雇いも出来ぬ。

 さらば勇者祭。我が腕であれば勇者など容易! 魔王様に願って金を!

 はて? 剣聖が立ち会いを所望せんで良いのかな?」


「はあー・・・剣聖って、大変なんですね・・・」


「その通り。商売上手でなければ、剣では生きては行けぬ。

 儂の道場も小さく、門弟も少なかった。只々、強く・・・儂も若かった。

 ふふふ、いや、カゲミツには全く敵いませぬな。

 おっと、私がこんな事を言っておったなどと言うてはなりませんぞ。

 あ奴、すぐに調子に乗りますからな」


「はい・・・」


「武芸者はどれほど腕が立っても、商売下手では生きてはゆけぬ。

 野垂れ死ぬなら、まだましな方。

 食うに困り、悪事に身を染める者まで出る始末。

 そうなると、腕が立つだけにこれまた厄介。

 いや、武芸者とは厄介な生き物でございますな! ははははは!」


「ううん・・・」


 ふ、とマツが笑って、


「クレールさん。大魔術師という称号もありますね」


「あっ!」


「そういう事です」


「ううん、分かりました、何か分かった気がします」


 うんうん、とコヒョウエが頷き、


「ジロウ。お前、食えずとも悪事には身を染めるなよ。

 マサヒデ殿が、マツ殿とクレール殿を連れて駆けつけて来るぞ」


「父上!」


「はーっはっは!」


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