第575話
翌早朝。
魔術師協会、庭。
マサヒデはカオルとシズクの前に立つ。
「昨日で完全に出来上がったでしょう。
今の私達に出来る事は、全部やったと思います」
2人が無言で頷く。
「ジロウさんは、アルマダさんに近い使い方をします。
先回は、アルマダさんと違って、搦手はありませんでしたが・・・
今はどうか分かりませんからね」
「は」「うん」
「先日、アルマダさんと訓練場で立ち会いましたね。
アルマダさんを頭に浮かべて、練習して下さい。
今日はギルドの稽古は休みます」
「は!」「うん!」
「温める程度にして下さいね。
朝餉の後、四半刻休憩。
昼前には終わらせ、湯に入り、身体を休めます。
では、始めましょう」
カオルとシズクが離れて行き、庭の反対側で動き出す。
カオルが小太刀を振りながら、びゅんびゅん飛び回る。
シズクは、しゅ、と棒を立てたり、くるりと向きを変えたり。
マサヒデも2人の様子を見て、木刀を無形に垂らして目を瞑る。
ジロウの姿を思い浮かべる。
上段から振り下ろしてくる。
する、と左側に抜けながら・・・
(こんなに遅いはずはない)
今はもっと速いはず。
振り下ろしてくる。
右に抜け、伸び上がるように木刀を振る。
そのまま乗って跳び上がり、ジロウの後ろ。
小手を取った。
良し。
小手を避けられた。
ジロウが振り返り、また前に跳ぶように・・・
(迎え討たれる)
ぴた、と木刀を止める。
構え直し、足を止めたまま、無願想流で流れるように左右から。
弾かれた。弾かれた。
弾かれて崩れたように・・・ここだ。取った。
ぐっと身体がジロウの左に沈み、ジロウの木刀が床を打つ。
マサヒデの木刀がジロウの膝上に入った。
良し。
(もっと速く)
思い浮かべたジロウがもっと速く。
マサヒデも速く。
直線で速く。
曲がりながら速く。
筋を変えて速く・・・
踊るように、回るように、マサヒデが木刀を振るう。
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朝餉。
ぱん!
マサヒデが強く手を合わせる。
「いただきます!」
「いただきます」「いただきます」「いただきます!」「いただきます!」
マサヒデもカオルもシズクも、がつがつと凄い勢いで食べる。
シズクはいつもと変わらないが、食べるのにここまで気迫がいるか?
マツもクレールも、箸を止めて3人を見る。
「・・・」「・・・」
かちゃん。椀が置かれる。
ぱちり。箸が置かれる。
ぐぐぐー・・・とん。湯呑が置かれる。
「ふう・・・ご馳走様でした」
「ご馳走様」
マサヒデとシズクが縁側に出て寝転ぶ。
「ご馳走様でした」
カオルが手を合せ、膳を片付けていく。
「・・・クレールさん、食べましょう」
「はい」
もくもく・・・
「お土産は、サン落雁と、クレールさん、ワインは?」
「ありますよ! 昨晩のうちに準備しておきました!」
「昨晩・・・ああ、箱に入ってますものね」
「はい!」
クレールのワインは、温度を保つように魔術をかけられた箱に入っている。
火や氷にでも包まれない限り、中は一定の温度になる。
湿気対策も万全の、ただの桐箱に見えて、箱だけでも高いのだ。
マツは頷いてにっこり笑い、
「では、私も急いで仕事を片付けて参りましょう。
クレール様は如何なされます?」
「うーん・・・稽古はやめろと言われましたし・・・
お手伝い出来ることはありますか?」
「では、書類の仕分けを頼めますか?
うふふ。それにしても、皆様、熱くなりすぎですよね」
「ですよね!」
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その頃、ホルニ工房。
夜型人間のイマイが、朝早くから出てきていた。
ラディ、ホルニ、イマイが小柄を前に眉を寄せている。
「つまり、温度だと思うんだ」
「でしょうな」
「それも、凄く単純な・・・炉の微妙な火加減とかじゃない」
「火加減ではない? 何故そう思われます」
「映りの再現は、偶然発見された。
奥さんと一緒に打ってて、奥さんがある小さな失敗をした。
その時、映りが出来た。
ここまでは、お二人共、聞いたことありますよね」
「はい」「ええ」
「この失敗が何だったかは秘密にされてるけど・・・
炉の前には、奥さんはいなかったと思うよ。
火に入れるのは、本人だったはず。
と、考えると、やっぱり土置きの工程だ」
「なるほど」
ラディとホルニが頷く。
「つまり・・・」
イマイが机の上の小柄の横を、とん、とん、と指で叩く。
「土の厚さだ。これの場合もクレールさんが置いた、土の厚さ。
きっと、本人も火加減だとか、鋼だとか、そういう難しい事を考えてた。
でも、奥さんが土の厚さを間違えて・・・と、僕は思う」
ラディの方を向いて、
「少なくとも、鋼ではない。普通に買ってきた鋼だよね?
ばか高い一級玉鋼とか、特殊な鋼じゃあなかったでしょ?」
「はい」
「だから、鋼ってのはまず違う。
まあ、温度って事には変わりないんだけど・・・土置きだね」
隣に置かれた、マツの小柄を指差す。
「マツ様は、凄く綺麗に線を引いてた。
焼きも、綺麗に直刃が出てたよ」
「はい」
「土も綺麗に、均一に引かれて、それは見事だったんだよね」
「はい」
「でも、違うんだ。厚めにべったり塗っちゃったクレール様が正解。
そう考えると、色々と正解じゃないかなって所が見えてくる」
「例えばどんな所でしょう?」
イマイがクレールの小柄を取り、薄暗い仕事場に入ってくる光に当てながら、
「昔は・・・古刀の時代は、今よりずっと技術力は劣っていたはず。
鋼は良かったのかもしれないけど、技術は今の方が上のはず。
なのに映りが出る。つまり、下手な方が正解。
戦乱期だし、刀匠も皆忙しかったよね。
土置きもけっこう適当で、べったり土を落として適当に塗ってたかも。
だから、映りが出た・・・この考え、どうかな」
「ううむ・・・」
ホルニが唸る。
ラディも顎に手を当てて、イマイの手の小柄を睨む。
「炉も今とは違ってたから、火の温度を高く保つのは難しいよね。
今回は、匂出来かな、くらいで出してしまった・・・
だけど、当時はそれが普通。当時はそれで沸出来が出来てたんだ。
今でいう匂出来くらいの温度で、しっかりした沸出来が出来てた。
だから、この小柄は匂出来くらいの焼きだったのに、沸出来なんだ。
どうかな、この考え」
うむ、とホルニが頷き、
「聞く限り、筋は通っておりますな」
「だから、土を厚めに・・・じゃあ、ないかな・・・
それも、均一にじゃなく、でこぼこくらいで・・・
温度が均一に渡らない、そんな下手な置き方」
「ふうむ・・・」
「でも、イマイさん」
「何だろう」
「それでは、狙って映りを出すのは難しくありませんか?」
「ううん・・・そこなんだよねえ・・・
分かってしまえば、後は記録しておけば良いだけ・・・
って、訳にもいかないしね」
イマイが眉を寄せたが、ホルニは頷いて、
「いや。光明は見えました。下手な土の置き方・・・
試してみる価値はある」
こと、と静かにイマイが小柄を置く。
「お父様」
「さあ、仕事にかかろう。お前は、拵えの注文に行け。
鞘書きに、お前の名と、クレール様の名を書いてもらえ」
「はい」
イマイが沁み沁みと頷き、
「ラディちゃんの名が、年鑑に載るんだね。刀匠として」
「・・・」
すん、とラディが鼻を鳴らした。
ホルニが小さく頷いて、炉に炭を入れだす。
イマイがラディの肩にぽん、と手を置いて、工房を出ていった。