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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十一章 シュウサン道場、再び
574/759

第574話


 魔術師協会。


 日もとっぷりと暮れ、空は紫色。

 マツとクレールが帰ってきて、玄関に手を掛けた瞬間、


「あ」


 と、小さくマツが声を上げた。

 ぴりぴりした雰囲気。

 試合の時のマサヒデの雰囲気。

 クレールも気付いて、マツを見上げる。


「うふふ。皆様、気合が入ってますね」


 からからから・・・


 開けると、カオルがいつの間にか頭を下げていた。


「お帰りなさいませ」


「只今戻りました」「只今戻りました!」


 カオルが頭を上げ、


「夕餉の下準備は済んでおります。すぐに」


「ありがとうございます」


「今日はなんですかね?」


「うふふ。アワビに栗に昆布ですか?」


 にや、とカオルが笑い、


「ふふ。それも悪くはありませんが・・・」


 今回は盗みの勝負。

 立ち会いに勝つ事など捨てねば。


「本日はパスタで」


 あれ? とクレールが首を傾げ、


「パスタ? 珍しいですね?」


「ふふふ。古の怪盗の好物と言われるパスタです」


「あ! 肉団子!」


「いかにも。さ、お上がり下さい」



----------



「おかえりなさい」


 居間に入ると、マサヒデが笑顔で迎える。

 だが・・・


(その気迫で笑顔はちょっと怖い!)


 と、マツとクレールが少しおどおどしながら座る。

 真剣で素振りをしているような、緊迫感のような感じはしないが、威圧感。

 シズクは胡座をかいて目を瞑ったまま、


「こう・・・こう・・・」


 ぶつぶつ言いながら、両手を動かしている。

 マサヒデも腕を組み、目を瞑っている。

 たまに、ぴく、と眉が動く。


「あの、マサヒデ様・・・」


 クレールが下から覗き込むように、マサヒデに声をかける。

 マサヒデがぱちっと目を開けて、


「む、どうされました?」


「今日、ラディさんの所で、小柄を作りました」


 お? とマサヒデが顔を変えて、


「ほう? 小柄を」


「はい」


 じゅあー、と台所から音が聞こえる。

 カオルがパスタを炒めているのだ。


「ふふ。どうでした?」


「それがですね、えっと・・・何と言って良いものか?」


 クレールがマツの方を向くと、マツがにこっと笑って頷く。


「ええと、イマイさんが研いでくれたんですけど、驚いてしまって」


「驚いた?」


 クレールが照れ臭そうに下を向いて笑い、


「えへへ、私、天才なんですって」


「天才? どんなの作ったんです?」


「ええと、沸出来で、二重刃があって、映りがあって、あと何でしたっけ」


「ええ!? 映りに二重刃!?」


「そうそう、あと、飛び焼き? でしたっけ、があって」


「・・・」


「えへへー。コウアンがあの世で悔しがってるって!

 国宝も夢じゃないって、褒めてくれたんです!

 イマイ様、褒めすぎですよね!」


 くす、とマツが笑って、


「でも、あんなに真剣な顔で注意しておられたではありませんか。

 カゲミツ様には絶対に見せるな、って。

 国宝は冗談かもしれませんけれど、お父上の目には適う出来なんですよ」


 冗談ではなかろう。


「それ、ラディさんやホルニさんには見せたんですか?」


「はい! まずは打ったラディさんにと、工房に預けてきました。

 お二人共、びっくりして、分からない、分からないって!

 マツ様、あれは面白かったですよね!」


「うふふ。そうですね」


 間違いない。

 これは恐ろしい物が出来てしまったのだ。

 素人故の偶然だろうが、現代の鋼で映りを出してしまうとは・・・


「お待たせ致しました」


 カオルが大皿にパスタを山盛りにして運んできた。

 皆の前に皿を並べる。


「カオルさん、これは?」


「肉団子パスタというものです。

 鍋と同じように、皆でひとつの皿から取って食べるのです」


「へえ・・・」


 にや、とカオルが笑って、


「古の大怪盗が、これを好んで食べたとか」


「ははは! なるほど!」


 明日は技を『盗み』に行く。


「ふふふ。これは良い! さあ、食べましょうか! いただきます!」


「いただきます」「いただきます」「いただきます!」「いただきまーす!」


 ごそっと皿にパスタを乗せ、ぞぞぞっとすする。


「うん、美味い!」


 マツ、クレール、カオルは綺麗にくるくる巻いて食べている。

 シズクは飲み込むようにかきこんでいる。

 マツがくすくす笑いながら、


「マサヒデ様、こうやって」


「うん?」


 フォークでくるくる巻いている。

 ぱくり。


「すすらずに食べるのですよ」


「こう?」


 ぐるぐる。ぺろん、とパスタが落ちる。


「あれ・・・上手くいきませんね」


 ぐるぐる・・・

 今度は口に入らないほど、巻き付いてしまう。


「うむ・・・」


 マツとクレールがくすくす笑う。


「冷めてしまいますし、今日は気にせず」


 マサヒデが苦笑して、


「そうします」


 ぞぞ、とすすり、


「んむむ・・・カオルさん」


「は」


「今日、クレールさんがとんでもない小柄を作りました」


「小柄? ああ、ホルニ工房へはそれで」


「それが、沸出来で、二重刃に映りがあるとか」


「え!?」


 からん、とカオルがフォークを皿に落とす。


「映り!? 映りですか!?」


「だそうですよ」


「映りを出す事が出来る刀工は、現代ではたった1人・・・

 製法も秘中の秘、固く秘されて誰も知らぬとか・・・」


「それを、クレールさんが作ってしまったそうです。

 飛び焼きまで付いてるそうで。コウアンがあの世で悔しがってるって」


「そ、その小柄は!? クレール様、今どこに!?」


 もぐもぐ。


「ラディさんに預けてきました」


「誰かに喋りましたか!? 口止めは!?」


 ぷ、とマツが吹き出し、


「また、カオルさんも大袈裟な」


「お、お、奥方様、大袈裟な、ではありませんよ!

 映りを出すというのは、つい最近まで失伝していたのです!

 先程も言いましたが、出来るのは世界でたった1人!」


「はあ・・・」


 世界でたった1人?

 カオルの慌てようは只事ではなさそうだ。

 マサヒデも驚いていたし、ラディ達も驚いていたが・・・


「飛び焼きまであるとなれば、相当の沸出来のはず。

 その上に二重刃・・・これは、重要保存か、特別重要になりますよ。

 下手をしたら・・・そうだ! 刃切れなどはありませんよね?」


「はぎれ?」


「こう、刃に縦にヒビなどは」


 もぐもぐ・・・


「ないと思いますけど。イマイ様もそんな事は言ってませんでしたし」


 マサヒデとカオルが真剣な顔を見合わせる。


「ご主人様」


「ええ、そうしましょうか」


 拵えを作ってもらったら、鑑定に出そう。

 話を聞いただけでも、重要保存は間違いなく通りそうだ。

 カゲミツには気を付けなければ。


「ふふふ。クレールさん、ついにラディさんの夢が本当に叶います。

 刀匠として、ラディさんは名を残しましたよ」


「ええ? 本当にそんなに良い物でしょうか?」


「そうですとも。貴方が叶えてあげたんですよ」


 来年からの刀剣年鑑には、間違いなくラディの名が刀匠として載る。

 マサヒデは皿とフォークを置いて、真剣な顔で、


「皆さん、鑑定が終わるまで、父上には絶対に秘密ですよ。

 雲切丸は見逃してくれましたが、バレたら、今度は必ず奪われます。

 ラディさんの為にも、この小柄の話は絶対に秘密にして下さい」


「ええ・・・」「はい・・・」「ん、分かった」


 刀を良く知らないマツ、クレール、シズクは何だか凄い事なのか? 程度の顔だ。マサヒデとカオルには分かっている。


「クレールさん。今日の貴方の小柄は祝って良いです。

 ワインを好きなだけ空けて下さい。

 私は明日がありますから呑みませんけど・・・

 カオルさん、皆さんにグラスを頼みます」


「は!」


「ええ!? ちょっと、そんなにですか!?」


 ぴ、とシズクが手を挙げて、


「カオル、私も今日はやめとく。

 マツさん、クレールさん、付き合えなくてごめんね。

 でも、何か凄そうだし、お祝いしなよ!」


「あ、あ、では、明日! 明日お祝いしましょう!

 ジロウ様の道場から帰ったら!」


「む、それも良いですね! では、明日は三浦酒天で!」


 マツがにっこり笑って、


「マサヒデ様、それなら、虎徹にしましょう。

 ラディさんと、イマイ様も呼んで。

 お二人共、あの小柄を作った職人さんなんですもの」


「おお! 流石マツさん! そうしましょう!

 クレールさん、シズクさん、また虎徹の酒を飲み干しても構いませんよ!」


「ええー!? 本当ですかあ!?」「まじで!?」


「本当ですとも! アルマダさんも呼んで、皆でクレールさんの小柄を見ましょう! 新たな国宝を祝って! ははは!」


「うふふ。マサヒデ様ったら、国宝だなんて!」


 緊張感が一気に消え、今宵の魔術師協会は盛り上がる。

 クレールの奇跡の小柄を祝って。

 明日はジロウとの再戦だ。


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