第573話
イマイ砥店、玄関。
何とか研ぎが終わり、もう夕方。
「すー・・・ありがとうございましたあ」
いやー、とイマイが悔しそうに下を向く。
クレールがイマイを見て、
「あ、あの、こちらこそ変なのを作ってしまって」
「ううん・・・クレール様、本当に申し訳ありません。
僕程度では、これが限界で!」
ば! とイマイが頭を下げる。
「そそそそんな! おやめ下さい!」
「すみませんでしたっ!」
「ああ、ああ、頭をお上げ下さい!」
ぎりぎりと拳を握って震わせ、イマイが頭を上げ、
「首都には、僕の師匠がおりますので・・・師匠なら、何とか・・・
訪れた際に、改めて師匠に研ぎに・・・くっ! くそっ!
無念だっ・・・! 無念っ・・・!」
つつー、とイマイの目の端から涙が。
「イマイ様!?」
「そこまでー!?」
マツも慌てて駆け寄り、クレールも仰天する。
ぴ、ぴ、とイマイが涙を払って、顔を上げ、
「その小柄は、必ず後世に残る名刀になるはず!
ラディちゃんとホルニさんにも、一目見せてあげて下さい」
「はい。必ず」
「名刀ですかあ!?」
こくん、とイマイが頷く。
「さ、クレールさん」
マツがクレールを促し、
「イマイ様、お忙しい中、ありがとうございました」
と、頭を下げて、玄関を出た。
戸が閉まるまで、イマイが頭を下げていた。
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マツとクレールが夕方の職人街を歩く。
長い影と、短い影が2人の後ろに付いてくる。
「マツ様、もう夕方ですけど、ラディさんに見せに行きますか?」
「そうしましょう。今日は預けておいて、また取りに来れば良いかと」
「あ、そうですね。マサヒデ様にも早くお見せしたいですけど、やっぱり作った本人にお見せするのが先ですよね」
「ええ」
くす、とマツが笑って、
「ぷ、うふふ・・・イマイ様が、困って泣いてしまう程なんですもの。
きっと、本物の名刀なんですよ。
ラディさんも、お父上も、驚きますよ」
「イマイさんがあんなでしたけど、雲切丸とどっちが驚くでしょう?」
「うふふ。コウアンがあの世で悔しがってるなんて言ってましたけど」
「えへへー、楽しみですね!」
「ええ。うふふ」
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ホルニ工房。
がらがら・・・
「お邪魔致します」「こんばんは!」
「あら、マツ様、クレール様。研ぎ上がりましたか?」
「はい。イマイ様が言うには、それは素晴らしい出来だそうで。
ラディさんと、ご亭主にもお見せして下さいと」
「そうですか! それ程の! ラディも喜びますよ。呼んで来ますね」
「お待ちしております」
よ、とカウンターの横に椅子に腰掛ける。
「クレール様、お手紙を」
「はい!」
イマイが書いた、クレールの小柄の詳細らしい。
これを渡せとの事。
すぐにラディとホルニが出て来た。
「お待たせしました」
「娘が良い物を打ったと聞きましたが」
「はい! こちら、イマイ様からのお手紙です!」
「イマイさんから・・・では、失礼して」
ホルニが受け取って、ぱらりと開く。
『クレール様の小柄、見事也。
焼き甘し、されど沸えはきと着き、輝く事ミカサの如し。
大きく飛び焼きあり。
古きキホの如く大きく映りあり。
切先、物打ち下、二重刃。
刃紋、葉あり、前代未聞。
全て面白き物。
楽しからず所無し。
焼き甘く、差込出来ず、されば如何にと言えど、我には分からず。
取り敢へず見えし所の刃取りのみ。
我の腕で研ぎは成らず、無念也。
後世に残る名刀となりし事、間違いなし。
コウアン殿も草葉の陰で泣きし作也。
銘を切り、鞘書にきっとラディスラヴァの名を残すべし』
読み進めていくうちに、2人の顔が驚きに包まれ、口を開ける。
後世に残る名刀?
コウアンが泣く?
映りに二重刃、これだけでも凄いが、コウアンが泣く程?
「確かにイマイさんの字ですね」
「ううむ・・・クレール様、よろしいですか」
「はい!」
クレールが立ち上がって、カウンターに小柄を置く。
「拝見します」
ホルニが頭を下げて、巻かれた紙から小柄を抜く。
「う!?」「何!?」
2人が驚いて目を見開く。
ラディが慌ててランプに火を灯し、ホルニの手元に近付ける。
「おお! 映りだ! 信じられん! 映りが、こんなにはっきりと!」
「お父様!? この刃紋は一体!?
何と言えば良いのでしょう、湾れに、互の目に、蛙子丁子?
でも、蛙子丁子になってるのはこの1本だけ?」
「分からん・・・分からん! これは一体何だ!?」
ラディが切先を指差して、
「確かに、二重刃・・・あ、ここも・・・全然直刃ではないのに、何故?」
「直刃でなくとも二重刃は出るが・・・いや、それにしてもこんな・・・」
くい、とホルニが軽く手首を回す。
ランプの光を、沸えがきらきらと反射する。
「沸えがこんなにしっかりと・・・何故だ? お前、匂出来になると」
「そうですけど、でもほら、イマイ様も、焼きが甘いと」
「そうだが、何故だ? 何故、甘い焼きでこんなに沸えが着く?」
「分かりません・・・何故・・・」
「こんなに大きく飛び焼きが付く程なのに、何故だ・・・」
「分かりません・・・」
「ううむ・・・」
2人が目を皿のようにして、クレールの小柄を見つめる。
マツとクレールは顔を合せてにこにこ笑い、
「マツ様、やっぱり凄い物が出来たんですね」
「うふふ。負けてしまいましたね」
す、とマツが立ち上がって、小柄を置く。
「こちら、私のですけど、クレールさんには負けてしまいました。
よろしければ後で見て下さいまし。
負けましたけど、イマイ様も中々だと褒めて下さったんです」
「あ、はい。必ず」
「では、後日取りに参りますね。
クレールさん、遅くなりますから」
「はい!」
「それでは、失礼致します」
「失礼致します!」
「ありがとうございました!」
マツとクレールが綺麗に頭を下げて、出て行った。
ごん、ごん、とラディの母が2人を小突いたが、無心で小柄を見つめる。
「天才だ・・・」
ぽつんとホルニが呟いた。