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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十一章 シュウサン道場、再び
572/758

第572話


 イマイ研店前。


 クレールが待ち切れない、という顔で、勢い良く玄関を開ける。


「こんにちはー! イマイさーん!」


「はーい」


 イマイが出て来て、にこにこしながら玄関に座る。


「ラディちゃんから聞いてますよ。小柄の研ぎですね」


「はい!」


「ささ、入って下さい」



----------



 イマイが茶を持って来て、2人の前に差し出す。

 マツが箱を差し出し、


「こちら、お土産のケーキです」


「あ! ありがとうございます!」


 クレールの顔を見て、にこ、と笑い、


「でも、まずは研ぎを仕上げましょうか。

 お二人は食べてて下さいね」


 と、クレールに手を差し出す。


「お願いします!」


 クレールが頭を下げ、イマイの手に紙に巻かれた小柄を渡す。


「お任せ下さい」


 しゅ、と紙から引き出して、じー、と見て、うんうん、とイマイが頷く。


「ラディさんが言うには、クレールさんのは匂出来というものだそうです」


「匂出来・・・ふんふん・・・」


 よ、とイマイがやすりを取って、


「ちょっと待って下さいね」


 かりっ! と刃先近くの棟の所で、一度やすりを引く。


「・・・んー・・・こう、かな」


 と、2人の前に出す。


「あ?」「あれ?」


「どうです? 雰囲気が凄く変わりましたよね」


「本当!」「ええー!」


「今ので、1厘(約0.3mm)も削ってないんですよ」


「ええっ!?」「本当ですか!?」


 にやっとイマイが笑う。


「そうなんですよー。ほーんの少しだけで、刀の雰囲気って凄く変わる。

 どう? 良くなったでしょ?」


「驚きました・・・」


「はあー・・・」


「後は、この辺かな」


 かり! と鎺元くらいで軽く引く。

 先程よりも小さく引いた。つまり、1厘以下。

 顔の前に上げ、軽く手首を回しながら、じー、と見る。


「良し! どう? 僕はこのくらいが良いと思う」


 また雰囲気が変わっている。

 2人が目を丸くして驚く。


「綺麗に、なりました・・・」


「はい・・・」


 上から下までぴたりと収まり、急に上品な感じになった。


「では、これで研いでいきましょうか。

 どうぞ、ケーキ食べながら見てて下さい」


 よ、とイマイが砥石の前に座る。

 ぴちゃ、と水を付けて垂らす。


「良し、と」


 しゅりしゅりしゅり、と研ぎ始める。

 身近な者の注文だからか、あまり張り詰めた感じはしない。

 2人が箱からケーキを出し、小皿に乗せて食べ始める。

 イマイが研ぎながら、


「師匠から、研師の心得って言うのを何度も聞かされたんだけど・・・」


 しゅりしゅりしゅり。

 ぴちゃり。


「研師ってどういう仕事かというと・・・」


 しゅりしゅりしゅり。

 ぴちゃり。


「お化粧直しをするのが研師なんですよね」


 しゅりしゅりしゅり・・・

 はて? とクレールが首を傾げる。


「お化粧直し?」


 しゅりしゅりしゅり・・・


「何て言うか、自分の研ぎ方を出してはいけないんです」


 しゅりしゅりしゅり・・・


「と言いますと?」


「お化粧が上手い人って、被せるんじゃなくて、引き立たせますよね」


 おお、とマツとクレールが頷く。

 しゅりしゅりしゅり・・・


「ナチュラルメイクに徹する、それが研師なんです」


 うむ、とマツがケーキを飲み込んで、


「というと、職人の個性が出せないのですか?」


 しゅりしゅりしゅり・・・


「そうすると、刀本来の美しさが消えてしまうんですよね」


 しゅりしゅりしゅり・・・


「ただ、ここが、判断が難しい所なんですよね。

 どこまで刀の個性を立てて研げるか。

 立てすぎても嫌味な感じになるし・・・まあ、感覚ですね」


 しゅりしゅりしゅり・・・ぴたり。

 ぴちゃ、と水を付けて、布で拭く。


「んん?」


 イマイが首を傾げて、


「ラディちゃんは、クレール様のは匂出来って?」


「はい」


「んー・・・ああ、渡す時に間違えちゃったのかな?

 すーごく沸えが出てる。こっちがマツ様のか」


「ではこちらがクレールさんのですね。でしたら、こちらを先に。

 クレールさん、早く早くって。うふふ」


 くす、とマツが笑って、イマイに小柄を渡す。

 クレールがマツに顔を向けて、


「マツ様、良いのですか?」


「ええ。構いませんとも」


「では、こっち研いでいきますね」


 イマイがマツが差し出した小柄を研ぎ出す。

 しゅりしゅりしゅり・・・


「んん・・・」


 ぴちゃ、と水を付けて拭く。

 驚いた顔をして、クレールに顔を向ける。


「ああ! うーまいこれ!」


「上手いですか!? 私の刃紋が!?」


「上手いですよお・・・」


 言いながら、砥石に当てる。

 しゅりしゅり、と研ぎながら、


「あ、いいなあ、これいいなあ!」


「やった! 描いた通りに出たんですね!」


「うん! この直刃は中々出来ないよ!」


 直刃?

 マツとクレールが顔を合わせる。

 すう、とイマイが布で拭いて、目を細めて顔の前に上げる。


「ああ・・・沸えも綺麗だあ・・・すーごいな、これぇ・・・」


 口を半開きにして、目を細め、光りにかざす。


「沸え?」


「うん・・・沸え・・・」


 あ、とイマイが気付く。

 両方とも、沸出来?


「あれ? 沸出来?」


 んん? とマツも首を傾げて、


「あの、直刃って、真っ直ぐの模様ですよね? 描いたのは、私です」


「え? じゃあ、こっちがマツ様の?」


「多分・・・」


「あれえ?」


 イマイが首を傾げる。


「ラディさんは、クレールさんは土が厚く、早めに出したので、匂出来と」


「ううん、それじゃあ、まず匂出来になるはずだけど・・・」


 クレールの小柄を取る。


「どう見ても沸出来だなあ・・・ううん・・・」


 2人の前に2本の小柄を差し出し、


「ほら、両方ともきらきらしてる。すっごく沸えが出てる」


「あら、本当」


「綺麗ですね!」


 ううん? とイマイが首を傾げる。


「ええと、直刃がマツ様でしたよね。

 クレール様の方を先に研ぎます?」


「お願いします」


 マツの小柄を置いて、クレールの小柄を改めて研ぎ始める。



----------



 イマイが指で地艶を掛けながら、


「いや、こーれは謎だあ・・・」


 ぽつんと呟く。

 手を止めて、目を丸くして小柄を眺め、小さな声で、


「ぅぉ・・・ぅぉぉ・・・」


 と声を出す。


「何これ? 見た事ない。面白いなあ、こんなのになるんだ・・・」


 ん? とマツとクレールが小柄からイマイに顔を向ける。


「いや、凄い刃中の働きだ。これ、誰が見てもミカサ・・・

 ミカサ伝だね、間違いなく。これ良いわあ!」


 しゅう、と紙で地艶の汚れを拭き、ほら、とイマイが2人の前に小柄を出す。


「見た事ないでしょこれ!」


 刀がよく分からない2人にはさっぱりだが、きらきらしているのが分かる。


「これ、きらきらしてますから、沸出来なんですよね?」


 イマイが興奮して、小柄を指差す。


「そう! すんっごい沸えが付いてるの! ほら、先の方のこの辺とか」


「綺麗ですね!」


「うん! でもこれ何? これは何だろう!?」


 イマイが興奮しながら困惑している。

 戻してまた水を垂らし、すりすりと指で研ぎながら、


「ああー・・・どうしようこれ」


「どうしたんですか?」


「いや、研ぎって、もう最初に出来上がりの姿が頭に出来てるんだけど・・・

 全然想像してたのと違う。突き抜けてるなあ・・・」


「ええー!?」


「初めてだあ・・・こんな感覚・・・」


「だ、大丈夫なんですか?」


 イマイが眉を寄せて、


「普通は想像通りに、完成の姿が出るんだけど・・・」


 すりすりすり・・・ぴたり。


「これ、全然想像と違う! 全く別物!

 どうしたら良いんだ!? こんなの初めてだあ・・・」


「そこを何とか!」


「ううん・・・これさ、焼きが甘いのに、これだけ沸えが出て・・・

 沸の出方が尋常じゃない・・・刃紋もこれ、何て表現したら良いんだろう?

 ね、クレール様、どうしたら良いと思う?」


「え!? 私ですか!? ええと、イマイ様、何とか!」


「何とかって・・・出っ来るかなあ? こんな刃紋、見た事ない!

 どう刃取りしたら良いんだ!? 誰か教えてくれないかなあ」


 イマイが腕を組んで、じーっとクレールの小柄を見つめる。


「普通だったら、差込(さしこみ:研ぎ方のひとつ)なんですけども」


「はい」


「これだけ焼きが甘いと、差込しても、刃紋が分からない」


「はい」


「じゃあ、どうすれば良いのか・・・」


「・・・」


「分からないっ!」


 イマイが悔しそうに目を瞑り、下を向く。


「そこを何とか!」


「んー、とりあえず、見えてる所の刃取りをしてく・・・しか、ないよね」


 すりすりすり・・・ぴた。


「あれ?」


「また何か!?」


 イマイが目を細めて、顔に小柄を近付ける。


「ここ、焼きが入ってないと思ってたけど、研いでたら焼きが出て来た。

 いーや、どうなってるんだこれ。

 ラディちゃんも、焼きが入ってないと思ってるはずだし、見せたいなあ」


 イマイがマツの小柄を手に取り、両手にそれぞれの小柄を持ち、


「マツ様のも、凄く良く出来てるけど」


「はい」


「何て言うか、悪く聞こえるかもしれないけど、良く出来てる刀。

 凄く技術力があるってのが、はっきり分かる。

 綺麗な直刃で、刃中の働きもあるし、沸えがあって肌も美しい。

 この辺が見所だってなるけど」


「はい」


 クレールの小柄を上げ、


「クレール様のは、どこをどう見ても見所しかない。

 ここが見所って言うのはなくて、全部見所。前代未聞」


「そんなに!?」


「うん。もう、これ全てが見所。

 肌も刃紋も、もう全身の全てが見所しかない。

 これはサダスケは・・・超えたね。

 焼きが甘いのに、何故か沸えがしっかりついてるでしょ。

 ここにでっかい飛び焼きまで・・・あって・・・? んん?」


 あれ? とイマイが目を細めて、小柄を水平にして、


「ええ? んー・・・? あれっ!? これ映りか!?

 うわ、映りまで出てる!? ええ!? どうなってんの!?」


 イマイが驚いた顔で、おお? おお? と顔を左右に動かす。


「刃紋は見た事ないでしょ。その上、二重刃。

 こんなの誰にも焼けないよ。もう奇跡としか言いようがないもの。

 いや、これはコウアンもあの世で悔しがってるはずだよ」


「ええー!?」


 イマイが真剣な顔でクレールの顔を見て、


「これ、カゲミツ様に見せたら、間違いなく取り上げられるね。

 絶対に見せちゃ駄目だよ。気を付けてね。

 見られても駄目だよ! 絶対にだよ! いいね!?」


「そこまで!?」


「うん。100年後の人がこの小柄見たら、絶対驚く。

 クレール? そんな刀工いたのか!? 名工だよこの人! って。

 これ、刀剣年鑑に載るよ。重要保存は確定。特別重要もいくかな。

 国宝も十分視野に入ると思うね」


「こここ国宝!?」


 すりすりすり・・・ぴた。


「あ、あれっ!?」


「今度は何が!?」


「・・・また二重刃だ。切先も二重刃になってる」


 イマイがマツとクレールに小柄を差し出し、切先を指差して、


「ほら、刃紋の中に刃紋がある。ね?」


「あ、確かに線がありますね・・・これが二重刃?」


「へえ・・・」


 イマイが首を振り、


「ああ、何だこれぇ? もう訳が分からない。

 どこ刃取りしたら良いか、さっぱり分かんないもん」


 口を半開きにして研ぎながら、


「クレール様、天才だよ。素人が映りを出せるとか・・・

 いや待て待て、本当に映り・・・?」


 イマイが小柄を傾けて、ちら。


「あ、やっぱり映りだわ。天才確定」


「天才ですか!?」


「うん。クレール様、天才」


 興奮しながら、困惑しながら、クレールの小柄を研ぐイマイ。

 新たな天才刀工が生まれてしまったのか。


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