第571話
ホルニ工房。
今日は、マツとクレールの小柄作り。
土置きが終わり、最後の焼入れだ。
「では少々お待ちを」
ラディが鞴を、ぐー、ぐー、と押すと、風が送られ、火が強まる。
炭を放り込み、もう一度、鞴を動かし、細い鉄棒の先に小さな板が着いたような物で、炭をかき混ぜ、もう一度。
ぐんぐんと熱くなってくる。
「凄い熱!」「うへえ!」
ラディが火の前に座って、じっと火を見る。
頷いて、
「良いでしょう」
やっとこをクレールに持たせて、後ろに回り、ぴったりくっつき一緒に掴む。
「クレール様。行きます」
「は、はい!」
おどおどするクレールを押すように、火の前に歩いて行く。
「うわ! 熱いですよ!」
クレールが顔を逸らす。
「大丈夫です。さあ、座って。入れましょう」
「はいっ!」
2人で一緒に火に入れる。
ぱちぱちと火花が跳ねる。
しばらくして、クレールが堪らない、という顔で、
「まっ、まだですか?」
「んん・・・」
一旦、火から出す。
真っ赤になった鉄。
「まだですね。もっと黄色い感じになるまで」
「はいー・・・」
じりじりじり・・・
2人の顔は汗だくだ。
もう一度出して、ラディが頷く。
「うん。もう良いでしょう」
火から出して水に入れると、じわー! と凄い音がして、水蒸気がもうもうと上がり、水がぶくぶくと泡立つ。
「うわ! うわあ! 凄いですよ!? 大丈夫ですか!?」
「水煙を吸い込まないよう、気を付けて下さい」
「はい、はい!」
ぷくぷく・・・ぷく、と泡が止まる。
くい、くい、とやっとこを回し、水から出す。
「出来ました」
「おおー! 完成ですか!」
「はい。後は、この長い部分を切り落として、荒く研いで形を整えます。
終わりましたら、イマイ様に研いでもらいましょう」
クレールが手袋を取って、そー、と指を伸ばす。
ラディが慌てて、
「お待ち下さい!」
「うぇ!?」
「赤くはないですが、まだ凄く熱いです。火傷します」
「ご、ごめんなさい・・・」
「いえ。では、これで焼入れ完了です。後はお任せ下さい」
よいしょ、としゃがみこむようにして、ラディの腕を下をくぐり、
「お願いします!」
ぺこ、とクレールが頭を下げる。
む、とラディが頷いて、横の金床の上にそっと小柄を置き、
「では、師匠」
「はい!」
ぐ、とマツが細い腕を上げる。
ラディがやっとこを持って来て、マツに持たせ、後ろに回る。
小柄の長い所を挟み、
「では、参りましょう」
「はい!」
くっついて火に歩いて行く。
すごい熱。
「ラディさん」
「はい」
「どうでも良い事なんですけど」
「なんでしょうか」
「胸、大きいですね」
「は?」
「すみません。緊張して、何か話していないと・・・」
「大丈夫です」
ゆっくりと火の前に座る。
うわ、とマツが顔を逸らす。
「では、入れましょう」
「は、はい」
ぐ、と2人の手が延びて、火の中に小柄が入れられる。
「ああ、凄い! 熱いです! 火傷してしまいそう!」
「大丈夫です」
ぱちぱちぱち、と炭が焼ける音。
ラディが真剣な目で火を睨む。
マツは顔を逸し、薄目を開けて火を見ている。
「目がおかしくなりそう・・・」
「この程度なら大丈夫です。ご安心下さい」
「はい・・・」
んん、んん、とマツが唸り声を上げる。
少しして、ラディが火から出す。
「そろそろですね。もうひと焼きしましょう」
「はい」
ぐ、と火に入れ、くい、くい、とラディが少し動かす。
取り出して、うん、と頷く。
「師匠、これは良く焼けました」
水に突っ込む。じゃー! と凄い音。
ぶくぶくと泡立ち、水蒸気がもうもうと上がる。
「吸い込まないよう、お気を付け下さい」
「はい」
ぷく、ぷく、ぷく・・・
泡が止まった。
水から上げると、焼き立ての小柄から、まだほのかに水蒸気が上がる。
「これで、後は研いでもらうだけですね。
まだ熱いのですね?」
「はい。お気を付け下さい」
から、と金床の上に置き、2人で眺める。
まだ表面は荒く、いかにも「鉄」という感じ。
「師匠の物は沸出来。クレール様の物は匂出来になりましょう」
「どのような違いでしょう」
「大雑把ですが、沸出来というものは、父の作のような物です。
細かい粒がきらきら光る感じです。
匂出来は、カオルさんのモトカネのような物です。
粒が光る感じではなく、光り方が少し柔らかいような」
「なるほど」
「高い熱が強く加わると沸出来。熱が低いと匂出来です。
クレール様の物は土も厚く、結構早く出したので、匂出来ですね」
「ありがとうございます」
「では、半刻ほど店の方でお待ち下さい」
「はい。よろしくお願いします」
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ラディの母と豆大福を食べながら、ぺちゃくちゃ喋っていると、からっと仕事場の戸が開いた。
「あっ!」
「出来ましたか!?」
「はい。お待たせ致しました」
紙に巻かれた研ぎ前の小柄が、2人の手に渡される。
「まだ日も高いです。今日中に出来上がりましょう」
ばく、とクレールが豆大福を放り込み、ごくっと茶で流し込んで、
「マツ様! 早く行きましょう!」
「うふふ。はい」
2人が立ち上がり、ラディに頭を下げる。
「ありがとうございました」
「ありがとうございましたー!」
とたとたとクレールが走って出て行く。
「あらあら・・・うふふ。お母上も、お邪魔致しました」
「いえいえ! また来て下さいませ」
「それでは失礼致します」
マツが綺麗に頭を下げて、出て行く。
くす、とラディが小さく笑う。
「どうだった? 上手く出来た?」
「はい。クレール様の物は、面白くなりそうです」