表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者祭  作者: 牧野三河
第四十一章 シュウサン道場、再び
568/778

第568話


 マツとカオルが、マサヒデの前に緊張した顔で座っている。


 マサヒデは置かれた皿の上のニジマスのムニエルを一目見て、


「ああ。こっちがカオルさん。こっちがマツさんですね」


「え!」「何故!」


「やっぱり当たってましたか」


 カオルのムニエルをひっくり返し、さく、さく、と音を立てて箸で刻む。


「ほおらやっぱり。頭が落としてあったから、こうだと思いました。

 ぺったりと平たくなってますし、綺麗に骨が抜いてある。

 こんなの、カオルさんじゃないと出来ませんし・・・」


 マツの方のムニエルを箸で摘んで、


「こっちはタレが掛けてある。

 簡単な料理だって言ってたのに、何か凝ってる。

 ブリ=サンクのもタレが掛かってましたからね。

 となると、ああいうのを食べ慣れてるマツさんだ」


「さすがご主人様、お見事です。口にも入れずに看破されてしまうとは」


「では、お味を見て頂けますか」


「はい」


 ごく、とマツとカオルが喉を鳴らす。

 そのまま、箸で摘んだマツのムニエルを口に入れる。


「おっ」


 マサヒデがちょっと驚く。


「如何でしょうか」


「これ醤油入れたんですね。

 レストランのイメージで、洋風の料理だって思い込みがありました。

 醤油が入っていると、すごく馴染みある感じがします。

 少しだけ凝ってはいるけど、肩は凝らないというか。これ美味しいです」


「良かった!」


 マツが手を合わせる。


「では」


 カオルのムニエルに箸を伸ばし、刻んだひとつを取って口に入れる。

 ぱり、ぱり、ぱり・・・


「さすがはカオルさんです。

 ぱりぱりしてて、中は柔らかい。口ごたえは完全に勝ちです。

 バターも濃すぎないし、うっすら香草の香りもしますね」


 やった! とカオルが目を輝かせたが、


「でも、こんな骨抜き、カオルさんしか出来ないじゃないですか。

 小骨ひとつもない。誰も作れませんよ、これ。

 全然、簡単な料理じゃなくなっちゃってるじゃないですか」


「いけませんか?」


「簡単な料理だから腕の違いが、という勝負だったでしょう。

 他の誰も作れない料理では、勝負ではなくなってしまいますよ」


「む・・・」


「マツさんのタレはどうやって作ったんですか?」


 ふふん、とマツが小さく笑って、


「焼いた時に使ったバターの余りに、醤油を入れただけです」


 マサヒデが頷いて、


「はい。というわけで、カオルさんは反則負け。

 味は凄く美味しいですよ。歯ごたえもさくさくしてて、とても良い」


「くっ! 無念・・・」


 カオルが膝の上で拳を握る。


「ほら、マツさんもカオルさんの食べてみて下さいよ。

 こんなの、誰にも作れませんよ」


「では、一切れ」


 と、マサヒデが箸で切り分けたひとつを口に運ぶ。

 にやにやしていたマツの顔が、は! と真面目な顔になり、


「むっ! ううん・・・カオルさん、流石です」


「は・・・お褒め、ありがたく」



----------



 その頃、台所では。


 塩をかけ、ぬめりを取った所で、クレールがじっと腕を組んでいる。

 横でシズクがニジマスを拭いて、


「クレール様、どうしたの?」


「ん・・・」


 ずっとニジマスとにらみ合っている。

 シズクは適当に塩胡椒をかけて、


「先に焼いていい?」


「どうぞ」


 シズクが、かとん、とフライパンを竈に置いて、まな板の上に小麦粉を撒く。


「こんなかなー」


 撒いた小麦粉の上に、適当にべたべたニジマスを置く。

 ぴん、ぴん、と指で弾いて、小麦粉を落とす。


「あんまり考えすぎも良くないと思うな。

 マサちゃん待たすのもさ」


「ええ。しかし・・・」


 しかし、魚の余りはない。

 色々試す余裕がないのだ。

 一発勝負で、料理に慣れないクレールでも、簡単に出来そうな手。

 勝てはしなくとも、せめて同着に追い詰められる手は!

 台所を見回し、きらりとひとつの物に目を光らせる。

 これだ! やはりソースで勝つしかない!


 うん、と頷いて、じゃわじゃわとニジマスを焼くシズクの横で、おろし金を取る。にんにくを取り、小さな粒を選び、ぺりぺり皮を剥がしてすりおろす。

 にんにくがあまり多くてもいけない。

 きっと、他の味を消す。


「よし! 私はこれで行きましょう!」


「よいしょっと」


 ぺたん、とシズクが皿にムニエルを乗せる。


「本当、簡単に出来ちゃうね」


「ええ。シズクさんは先に持って行って、食べていて下さいね。

 焼き立ての熱いうちが、一番美味しいのですから」


「いいの? じゃあ」


 皿を持って、シズクが出て行った。


「うん」


 頷いて、ぱらぱらと塩胡椒。

 カオルが使ったように、ハーブもひとつまみ。

 香りがにんにくに負けないよう、もう少しだけ。


 小麦粉を撒いて、ぺたぺたと小麦粉の上で転がす。

 オリーブオイルも使いたい所だが、どのタイミングでバターを入れるか分からない。ここは譲るしかない。


 こっとん、と綺麗にしたフライパンを乗せて、ぼ! と火勢を強くする。

 バターを乗せると、じわじわ音を立てて溶けていく。

 見様見真似で、くりん、くりん、とフライパンを回して、バターを広げる。


「よっと」


 ぺたん、とニジマスを置くと、じゃー! と音がして焼けだした。

 少し焦げたくらいはさくさくして良いが、生焼けには気を付けて・・・


「ん! ん!」


 焦げてしまった。

 ひっくり返そうとして、フライ返しを慎重に突っ込む。

 焼けた衣が剥がれてしまうのだけは避けたい。


 ころん・・・じわじわ・・・


「ふーっ・・・」


 少し焦げたが、見た感じはこのくらいで良い。

 見た感じ、丁度さくさくして良い食感だろう。

 次は気を付けて・・・


「よし! そろそろ!」


 ばらら、と懐紙を重ねて並べる。

 フライ返しをそっと入れていく。

 焦げついてはいない。


 ぱしゃ、と懐紙の上に乗せると、じわじわと油が染み込んでいく。

 上にも懐紙を乗せて、最後の仕上げ、ソース。


 一旦、焼いたバターは捨てて、新しいバターを入れる。

 熱くなったフライパンに、勢い良くバターが溶け、泡を立てる。


(どのくらいか・・・)


 これは賭けだ。

 どこで醤油を入れるのか分からない。

 焦げそうになるくらいまで熱するか。その前か。溶けたばかりか。


 どうせ賭けなら、焦げると面倒だし、もう入れてしまうか。

 ちょろちょろと醤油を垂らす。


 じゅわー! と一気に音が上がる。

 入れすぎないように・・・ぴ! と醤油差しの口を上げ、醤油を止める。

 そして、すりおろしたにんにく。

 ぴぴ、とおろし金から落とし、フライ返しでかき混ぜ、少し熱して、


「えいっ!」


 ひょい、と竈を指差して、火を消す。

 懐紙に包まれたニジマスは、良く油を吸われている。

 皿に乗せて、ソースをかける前に確認。


 さじを取って、ソースをすくい、ふー、ふー、と吹いて、ぺろ。


「ん・・・」


 首を傾げる。

 もう少し。

 にんにくを入れたのは悪くなかった。

 だが、不足。


 バターは焦がすくらいで良かった。

 ハーブは、このソースの方に入れた方が良かったかもしれない。

 にんにく、ハーブだけでは物足りない。

 レモンやトマトなども混ぜると良いだろう。

 好みによるが、引き締める為、パセリを細かくして掛けるのも良い。


 70点。


 だが、初めてのムニエルにしては悪くない。

 急に満足感が身体を包む。


「出来たあ!」


 皿にムニエルを乗せ、さじでソースをかけていく。



----------



「出来ました!」


 満面の笑みで、クレールが居間に入ってくる。

 お! とマサヒデ達が顔を上げる。

 シズクは自分のムニエルをおかずに、ばくばくと飯をかきこんでいる。

 マサヒデがにこっと笑って、


「上手く出来たようですね」


「はい! 初めてにしては良く出来たと思います!」


 初めて。

 良く出来た。

 マサヒデ達が不安気な顔を見合わせる。


「もう! そんな顔しないで下さい! ちゃんと味見はしましたよ!

 私、味に妥協は致しません!」


「む、そうですか」


 は! とカオルが皿を見る。

 にんにく・・・香草も使っている。

 強すぎず、弱すぎず、釣り合いが取れている。

 これが初心者の料理?


「では、クレールさんは初めての料理ですから、採点を甘くします」


「ありがとうございます!」


 かちゃ、とマサヒデの前に皿が置かれる。

 少し焦げてはいるが、焦げ焦げではない。


「おや。クレールさんもソースを作ったんですね。どれ」


 ぱり、と微かな音を立てて、マサヒデが箸でつまむ。


「おっ・・・」


 マサヒデが驚きの顔でクレールのムニエルを見つめる。


「マツさん」


 マツの方に皿を出す。

 マツも少しつまんで、


「ん・・・」


 驚いてクレールの顔を見つめる。

 緊張した顔で、クレールがマツを見つめている。


「カオルさんも」


「は」


 カオルもひとつまみして、驚く。


「これが、初めてですか」


「はい! 私、紅茶以外は作ったことはございません!」


「ううむ!」


 マサヒデが腕を組んで、天井を仰ぐ。


「では、初心者の下駄を履かせて、優勝はクレールさんですね」


「えっ」


「マツさん、2位! 3位、シズクさん!」


 ぴた、と箸を止めて、シズクがマサヒデを見る。


「え? 私が3位? カオルは?」


「失格です」


「ええ?」


 なんで? とクレールとシズクが顔を見合わせる。


「く・・・」


 カオルが悔しそうに膳を見つめる。


「簡単な料理で腕の違いを比べる、という勝負だったのに、1人だけ物凄く難しい料理を作ったので、カオルさんは失格です。小骨ひとつ無いんですよ? こんなの、一流料理人でも作れませんよ。確かに美味しいですけど」


「ぶぁーはははは!」


 げらげらとシズクが笑って、マツも笑う。

 うんうん、とクレールが真剣な顔で頷く。


「味もさることながら、あの技には驚きました」


「ふふふ。では、冷めないうちに夕餉を始めましょう。

 シズクさんは始めちゃってますが。

 さ、皆さん、いただきます」


「「「いただきます!」」」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ