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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十一章 シュウサン道場、再び
567/766

第567話


 からからから・・・


「只今戻りました」「只今戻りました!」


 マツとクレールが魔術師協会に戻って来た。


「ああっ!」


 と、カオルの声がして、すぱ! と玄関に出てくる。


「お、お帰りなさいませ! すぐに買い物に!」


 くすくすとマツが笑って、


「買ってきました。今夜はニジマスのムニエルで勝負ですよ」


「奥方様の手を煩わせ、申し訳もございません!」


 ば! とカオルが土下座。


「うふふ。良いのですよ。相当お疲れのご様子でしたもの。

 私達も、楽しませてもらったんです」


「明日が楽しみですね!」


 クレールがにっこり笑う。

 マツは、よ、と土間を上がって、


「さ、カオルさん。皆で夕餉の支度をしまよう。

 ええと、全員入る訳にはいきませんし、2人ずつで・・・

 入れない人は、マサヒデ様に見えないように、地下で隠れて」


「は!」



----------



 マツとカオルが台所に立つ。


「ニジマス、ですか?」


「はい」


「ムニエルと言えば、海の魚かと」


「川魚でも美味しく出来るんですよ」


「ふむ」


「鮎の方が良かったかしら。ニジマスは骨が大きくて硬いし・・・」


 マツが小首を傾げる。

 カオルがじっとニジマスを睨み、


「確かに、骨が硬いですね」


 まな板を出して包丁を握り、さ、と腹を開く。


「はらわたはちゃんと出してありますね。このまま焼いても」


「ええ」


 マツがぱらぱらと塩をかける。

 マサヒデは鮎は頭ごと食べてしまうが、ニジマスはさすがに無理だ。

 ふ、とカオルが笑って、どん、と頭を切り落とし、さささ、と骨を取り除く。


「あっ!」


 まな板の隅に、綺麗に骨が積まれている。


「ふっ・・・」


 カオルも皮の方に、ぱらら、と塩をかける。


「カオルさん!」


 カオルが包丁を乗せたまな板を、す、とマツの方にやり、


「どうぞ」


「む・・・」


 料理に慣れたマツも、さすがにこれは無理だ。

 ピンセットで1本1本取り除くしかないが、可能なら空きっ腹に一番乗りで優位を取りたい。


「む、む、私はこれで結構です」


 にや、とカオルが笑う。


「では」


 さらりと拭いて塩を取り、少し待ってぬめりを取る。

 塩胡椒とほんの少しのハーブをかけて、小麦粉を綺麗にまぶす。

 あっという間に終わってしまい、カオルが竈門に火をつけて、フライパンを熱くする。バターを溶かし、じわわわ・・・と焼いていく。

 一番乗りは私だ、とマツの方をちらりと見ると、


「ふっ」


「む・・・」


 横でマツが余裕の顔を見せている。

 何かあるのか・・・


「半分切って、私達の味見用に取っておきましょうね。

 マサヒデ様も、4切れは多いと思いますし」


「は」


 ひっくり返し、開いた身の方も焼いていく。

 すぐに焼けて、あっと言う間に完成。


 焼いたニジマスを皿に乗せ、半分切ってもう一枚の皿に乗せる。


「では、私が焼く番ですね」


 ぽちゃ、とマツが小さな水球を出して、フライパンの上で綺麗にぐるぐると回す。油を取っているのか? と、カオルが見ていると、フライパンが一瞬だけ薄い氷で包まれる。熱ですぐ溶けてしまったが・・・


(冷ます? 熱したのに、なぜ冷ます?)


 よいしょ、とマツが油を出して引く。

 この匂いはオリーブオイル?


「ふふふ・・・これもお勉強。

 早くマサヒデ様の所に持って行きたいでしょうけど、見てて下さいね」


 マツが冷めたフライパンにニジマスを置き、ぽ、と魔術で火をつけて、竈門にフライパンを乗せ、焼き始める。火は着いたばかりで、まだ弱い。

 弱火から焼き始めるのか・・・


「じっくり焼くのがコツなんですよ」


「は」


 数分して、火が強くなり、皮に焼色が付いた所で、やっとバター。

 じゃー、と音がして、バターが泡を立てながら溶けていく。


「こうやって、揺すりながら」


 軽くフライパンを揺すり、


「バターが焦げ付かないように・・・そして」


 さじを取って、溶けたバターを上からかける。

 何度か繰り返し、


「うん、そろそろ良いでしょう」


 さ、と懐紙を重ねて並べ、ニジマスを置く。

 上にも懐紙を乗せて、油を取っている。

 フライパンは火の上に置いたまま・・・


(う! ソースか!)


 じゃわわと音を立て、ぶくぶく泡立っていたバターの泡が細かくなった所で、


「今です!」


 さ! と醤油を加え、竈門からフライパンを上げる。

 懐紙をどけて皿の上に乗せ、つー、とバターと醤油のソースをかけ、


「ふふふ。出来ました」


 半分に切って、カオルが焼いた物と同じ皿に乗せ、


「さあ、まずは私達の分を味見して頂きましょう。

 中々良い勝負だと思うのですが」


「は・・・」


 骨を完全に取り除き、身は勝った。

 焼き方は負けた。

 味付けも負けた。


「クレールさん、シズクさん。空きましたよ」


「はい!」「はあーい!」


 2人が台所の地下の書庫から出てくる。


「そこのお皿に乗っているのが、味見用です。

 私達の分も残しておいて下さいね」


 さっとマツとカオルは膳を持って出て行った。


 すん、とクレールとシズクが鼻を鳴らす。

 食通と、鋭敏な鬼族の鼻が、台所の香りを嗅ぎ分ける。


「醤油を使いましたね」


「だね。あと油だ。バターだけじゃないな」


「これはオリーブオイルですね」


「まだあるよ。ハーブ? 香草? あれだ。

 何かは分かんないけど、使ってるね」


 まな板の上の皿を見つめる。

 綺麗に開かれて薄くなっている方を摘んで食べてみる。

 うん? さく、さく、と切っていく。


「む・・・骨がない・・・」


「ない・・・これはカオルだよね」


 薄く、ぱりっとした食感。

 強いバターの油の香りを引き締めるハーブ。

 噛むと、中のニジマスの柔らかな肉。

 小骨ひとつ無い。

 見事としか言いようがない。


「ううむ・・・」


「カオルには絶対勝てないな・・・」


 もうひとつ、開かれていない方を摘む。

 こちらは骨があるが・・・


「う!」


「美味い!」


 ニジマスの太い骨がある分、確かに食べにくい。

 食べにくいが、味付けは完全に勝っている。


「この香り、やはりオリーブオイルで焼きましたね。

 バターは途中で加えて焼いたのです。

 そして・・・」


 ソースのかかっていない所を摘んで食べる。


「うん・・・最後に焼いたバターに醤油を混ぜ、ソースに使ったのです。

 これは見事としか言いようがありません」


「そうか・・・」


 むむむ、とクレールが唸り、


「このソースは、焼いた時のバターをそのまま使っていますね。

 一度焼いたバターを捨てて、新しいバターを入れていれば、更に美味。

 しかし、この手抜き加減も、家庭の味という感じが出て悪くない。

 そう、ひと手間かけつつも上品過ぎず、謂わば、馴染みやすい味。

 レストランでも、家庭でも、広く上下関わらずに出せる味・・・見事です」


 シズクが半分呆れながら、


「クレール様、すげえな。よくそこまで分かるね」


 クレールがじっとマツのムニエルを睨みながら、


「私を舐めないで下さいね」


「うん・・・まあ、うん・・・」


 険しい顔をしたまま、どけられた懐紙を見る。

 油が染み込んでいる。

 クレールが懐紙を指差して、


「これを見て下さい」


 ん? とシズクが首を傾げ、


「油、拭いたやつだよね?

 マツ様とカオルが交替する時、フライパン拭いたやつ」


「・・・多分ですけど違います。これは、マツ様が焼いた魚を拭いたのです。

 そのままソースをかけると、油っこくなりすぎます。

 バランス良くするために、表面の油を拭いたのですね。

 さすがマツ様です」


「すげえー! そこまで分かっちゃうのか!」


 よくもここまで分かるものだ。

 これが食通、という者か。


「よし・・・大体は分かりましたよ。

 勝てはしないでしょうが、何とか同着には持って行きましょう」


 ニジマスをまな板の上に乗せ、ぱらぱらと塩を振りながら、


「私達に、カオルさんのような骨抜きは無理です。

 マツ様の焼き方を真似るしかありません。

 ですが、焼き方も・・・バターをどのタイミングで入れるかも・・・

 ソースで追いつくしかないですね。新しいバターを使いましょう。

 それと・・・何か、一手。私でも出来る、一手を・・・」


「うん。そうだね・・・」


 クレールの顔は真剣そのもの。

 まるで立ち会いのようだ。

 簡単な料理だって言ってたのに、なんでここまで?


 厳しい顔でニジマスを見るクレールの後ろ。

 シズクが腕を組んで、首を傾げている。


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