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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十一章 シュウサン道場、再び
565/778

第565話


 イマイ研店。


 今日はマツが初めてイマイの仕事を見学に来た。

 一服しながら、刀談義でも、と、イマイは休憩中。


 クレールが道々マツと話していた事を思い出して、


「イマイ様、質問です」


「なんだろう! 誰の刀? やっぱりコウアン?」


「いえ、なぜ刀が生まれたのですか? 剣ではなく」


「ああ、人族は力がないから、剣は難しかったんだ。

 昔の人族って、今よりも小さかったし。皆、僕より小さいくらい。

 平均で、クレール様と同じか、少し大きいくらいだったんじゃないかな?」


「え! 私と同じくらい!?」


「まあ、人族にも色々いるから、大きい所もあったと思うけどさ。

 刀の名産地みたいなこの国の人族は、小さかったんだね。剣は重すぎたんだ。

 魔の国では剣は普通にあったし、少ーしは入ってたと思うけど、この国でまともに使える人は少なかったと思うよ」


「それで、刀みたいに細いのが生まれたんですね」


「そう。最初は、剣と同じように真っ直ぐで、両刃で反りもなかった。

 でも、太さは今の刀と同じくらい」


「それがどうして刀に?」


「戦だね。聞こえは悪いけど、殺しやすい武器を考えた結果、こういう形になったわけ」


「殺しやすい、ですか・・・」


「細くて真っ直ぐだと、簡単に折れるからね。

 かといって、その頃のここらの人族だと、分厚くて太い剣は重い。

 そこで工夫。まずは反りが出来た。当たった時の力を逃がすようにだね。

 で、反りがあると、反対側は刃があると扱いづらいから、片刃になった。

 片刃にしてみたら、折れづらくなった・・・

 と、殺しやすい武器を工夫して作った結果、今の形になったんだ」


「ううん・・・」


「この変化が出てきたのは、1300年か1400年くらい前って言われてる。

 キホの国、マサヒデさんのコウアンを作った人の国だね。

 そこで考えられたって説が一般的かな。トヤマ伝が最初って説もあるけど」


「あ、昔の人族って、小さかったんですよね?

 マサヒデ様のは、普通の刀より長いですけど」


「馬に乗っても使えるように作ったからだと思う。

 昔は人も小さかったけど、馬も小さかったんだ。

 それを考えると、丁度良い長さじゃないかな」


「なるほど!」


「今は普通の刀の形だけど、元々は柄も今より長かったと思うよ」


 納得、とマツが頷く。


「後から、普通の刀の姿に変わったのですね」


「恐らく、だけどね。あ、そうだ。まだある。

 その頃って、剣術ってものがほとんど無かったんだ。

 まあ、刀が生まれたばかりってのもあるけど」


「えっ」


「刀って、その頃の戦じゃあ、ほとんど使われなかったんだ。

 ほら、槍、弓が並んでる所に、刀で向かって行くってどう思う?

 しかも、戦だから相手は鎧も着てる」


「あ・・・なるほど」


「刀は、槍なんかが駄目になって、さらに逃げられないって時に使うくらい。

 あと、槍の中に入って行って乱戦になった時とか。

 本格的に剣術が出来てきたのは、人の国の戦が終わってから。

 戦が終わって、馬に乗って戦う事、鎧を着る事が少なくなったからなんだ」


「はー・・・」


「そして、刀工の祖、コウアンが生まれ、本格的な刀の時代が始まるんだ。

 色々な作り方、色々な刀匠が生まれてきたけど・・・

 段々と、単なる武器から、見た目に美しさを兼ね備えるようになってきた。

 武器としてより、美術品として作っちゃうような伝もあるくらいだ。

 さて、これはなぜだと思う?」


「え? ええと・・・」


 クレールが考え込む。

 マツが手を挙げて、


「おしゃれですね」


 ぱん! とイマイが手を叩き、


「マツ様、正解! 貴族の皆さんが、使いもしない派手な剣を持つのと同じ。

 作り方からして、刃紋や地金に美しさが出るのは当前だけど、さらに彫りを入れたりして、拵えも派手にするようになったわけ」


「なるほど!」


 イマイが引き出しから刀を出す。

 鞘には上から下まで龍やら虎やらが彫られ、金で装飾されている。


「例えば、こんな感じに」


「す、凄いですね、これ・・・」


「本当・・・」


 さすがにマツとクレールも絶句して、派手な拵えを見つめる。

 あまりに派手すぎて、下品にも見えてしまう。


「でも、中は大したことないんだ。いや、大した事ないって言いすぎか。

 まあちょっと良いかなって所。贈り物、飾り物の刀。

 中より、この拵えの方が遥かにお金が掛かってる。

 表は派手なだけで中がその程度って、それ武器として正しい? でしょ?」


「確かに・・・」


「元々の美しさもあり、一旦は戦の世も終わった、という理由もあって、刀は武器としての面は段々と薄れてきた。だけど・・・」


 イマイが派手な刀をしまって、別の刀を出す。

 先程の刀と比べると、比べるまでもなく地味な拵えだ。


「美しさと、武器としての面を正しく持つのが、本物の刀・・・」


 すうっと抜くと、きらきらと輝く美しい刀。


「例えばこんなの」


「ああ・・・」


「すごい・・・」


「これが、本物の美しい武器、本物の刀。

 ただ綺麗というだけで、重要美術品とかになっている刀も多い。

 でもそういうのって、綺麗だけど惹き込まれるって感じはしない。僕はね。

 なぜか。本来武器なのに、美術品止まりの刀だから。

 武と美の両面が高く正しくある刀には、不思議と人を惹き込む力がある。

 それを打つのが、名刀匠なんだと僕は思ってるんだ」


 イマイが目を細めて、刀を見る。


「例えば・・・動物で言うと、虎や豹のような・・・

 美しい、しかし、獰猛で恐ろしい・・・

 ああいう動物、武と美だと思わない?」


 マツもクレールも、うっとりして刀を見る。

 にや、とイマイが笑って、


「んふふ。実はこれ、お奉行様のなんですよ」


「えっ!」


「お奉行様の!?」


 イマイが慎重に刀を納め、


「お仕事柄、これで何人も斬ってきたでしょう。

 武の面はあります。そして、これだけ美しい」


「・・・」


 イマイが納めた刀を見つめ、少し沈黙して、


「この刀を打った人は、これは凄いと国王に腕を認められ、ついに一介の鍛冶職人から貴族にまでなった」


「やはり! 素晴らしい腕だったのですね!」


「王にも認められるほど、凄い人だったんですね!」


 イマイが頷いて、


「だけど、1年もせずに貴族の位も、それまでに領地から得た収入も、全部を返上して、ただの鍛冶職人に戻ったんだ」


「え? 何故でしょう」


「そうですよね。せっかく認めて下さったのに」


「職人としての腕を認められた貴族の位だから、毎日鍛冶仕事はしてた。

 だから、領地経営は、国が与えてくれた人が全部やってた。

 この刀匠は思った。これで貴族を名乗って良いのか?

 そもそも、爵位を受け取って良かったのか?」


「・・・」


「安々と爵位を受け取った自分の心を改めろ、と、以後カイシンと変名します。

 自分の名を口にするたび、人から呼ばれるたびに、改心せよ。

 一振り打ち、銘を刻むたびに、改心せよ。

 そうして、刀鍛冶としての仕事に真剣な心を向けた。

 この刀を打った人は、そんな人だった・・・」


 イマイがマツに刀を差し出す。


「両手を出して下さい」


「は、はい」


 マツの手の上に刀を乗せると、イマイがマツの横に座る。

 右手に柄を握らせて、左手で鞘を握らせ、


「このように、刃は上を向けて。

 絶対に横にして抜いてはいけません。縦に抜くんです。

 鞘を前に向けて、ゆっくり引っ張って。固くても強く引かずに」


「ん、ん・・・」


 く、と鯉口から刀の刃が出てくる。


「そのまま、右手をゆっくり引いて、鞘もゆっくりと前に」


 刀が抜け、かくん、と鞘が落ちる。


「刀を抜く時はこうです。納める時は、逆です」


「こう・・・」


 切先が上手く鞘に入らず、ふらふらさせていると、


「先を鞘の口に乗せるようにして、入れてみて下さい」


「ん、ん・・・あ! 入りました」


「ゆっくり入れて下さい。最後に、くっと締まるまで。

 刀身の横をこすらないように、真っ直ぐ、慎重に」


「は、はい」


 これはお奉行様の大事な刀・・・

 緊張しながら、マツが刀をゆっくり入れていく。

 く、と刀が鯉口で納まった。

 うん、とイマイが頷いて、にっこり笑い、


「鑑賞する時は、このように抜き、納めます。

 これで、刀の抜き方、納め方を覚えました」


「ありがとうございます」


「刀の一振り一振りに、先程話したような歴史があります。

 ただ美しいな、綺麗だなって見るだけでは、刀は見えてません。

 カイシンがどのような人だったかを思いながら、見てみて下さい。

 見方の作法もありますけど、正直言ってどうでも良いです。

 鑑賞で大事なのは、打った刀匠を思いながら見る事。

 刀身を手で触ってしまわないようにだけ、気を付ければ良いです」


「はい」


「全体を見たら、目を近付けて見てみて下さい。

 根本から先まで見ていくと、美しさの形が変わるんです。

 皆さん、刃紋を見がちですけど、肌を見て欲しいですね。この刀は特に。

 表と裏も、微妙に違うんですよ。

 他のを見たくなったら、言って下さいね」


 そう言って、イマイは立ち上がり、研ぎ船(研ぎ作業をする所)に座る。

 横に置いてあった研ぎの途中の刀を取ると、部屋の空気が変わった。

 あ、とマツがイマイを見る。

 クレールがそっとイマイの近くに座り、


「本日は、どのような研ぎでしょう」


「これは据物斬りに使ってた刀。

 欠けたりしちゃって、あんまり斬れなくなっちゃったんだね。

 この鈍くなった刀を、また斬れるようにするんだ」


 イマイが茎に布をしっかり巻いて、クレールに持たせる。

 紙を取り、刃を乗せて、


「そのまま、下に押し付けないように、ゆっくり引いてみて下さい」


 すうーっと引いていくと、斬れていく途中で、かつっと引っ掛かり、紙が破れてしまった。


「今破れた所で刃毀れした、という訳だね。

 その先にも、いくつか捲れとか、欠けがあるから、それを綺麗に戻すんだ」


「なるほど・・・」


 イマイがクレールの手から刀を受け取り、砥石に乗せる。


「この砥石は中名倉って言って、ここで結構肌が立ってくるんだ。

 そうだよ、肌が見えてくるんだよねえ。僕はここの研ぎが一番好き。

 ここか、次の細名倉の段階で、刀の斬れ味は戻るんだ。

 この先は、美術品としての研ぎと言って良いかな。

 雲切丸は刃紋が見たくて、次までやっちゃったんだけどね。んふふふふ」


 ぴちゃ、と水を垂らし、イマイの研ぎが始まる。

 始まった瞬間、部屋の空気が引き締まり、鋭い緊張に包まれる。


 すりすりすりすり・・・

 刀を研ぐ、静かな音。

 合間に、ぴちゃ、と水を垂らす音。


 クレールが膝の上で拳を握り、目を皿のようにして見ている。

 マツも雰囲気の変化に驚いて、カイシンを抜きもせず、イマイを見つめる。

 一旦研ぎを止めて、刃を水平にして目を細めるイマイは、まるで別人。

 2人が小さく喉を鳴らして、イマイの仕事を見つめる。


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