第565話
イマイ研店。
今日はマツが初めてイマイの仕事を見学に来た。
一服しながら、刀談義でも、と、イマイは休憩中。
クレールが道々マツと話していた事を思い出して、
「イマイ様、質問です」
「なんだろう! 誰の刀? やっぱりコウアン?」
「いえ、なぜ刀が生まれたのですか? 剣ではなく」
「ああ、人族は力がないから、剣は難しかったんだ。
昔の人族って、今よりも小さかったし。皆、僕より小さいくらい。
平均で、クレール様と同じか、少し大きいくらいだったんじゃないかな?」
「え! 私と同じくらい!?」
「まあ、人族にも色々いるから、大きい所もあったと思うけどさ。
刀の名産地みたいなこの国の人族は、小さかったんだね。剣は重すぎたんだ。
魔の国では剣は普通にあったし、少ーしは入ってたと思うけど、この国でまともに使える人は少なかったと思うよ」
「それで、刀みたいに細いのが生まれたんですね」
「そう。最初は、剣と同じように真っ直ぐで、両刃で反りもなかった。
でも、太さは今の刀と同じくらい」
「それがどうして刀に?」
「戦だね。聞こえは悪いけど、殺しやすい武器を考えた結果、こういう形になったわけ」
「殺しやすい、ですか・・・」
「細くて真っ直ぐだと、簡単に折れるからね。
かといって、その頃のここらの人族だと、分厚くて太い剣は重い。
そこで工夫。まずは反りが出来た。当たった時の力を逃がすようにだね。
で、反りがあると、反対側は刃があると扱いづらいから、片刃になった。
片刃にしてみたら、折れづらくなった・・・
と、殺しやすい武器を工夫して作った結果、今の形になったんだ」
「ううん・・・」
「この変化が出てきたのは、1300年か1400年くらい前って言われてる。
キホの国、マサヒデさんのコウアンを作った人の国だね。
そこで考えられたって説が一般的かな。トヤマ伝が最初って説もあるけど」
「あ、昔の人族って、小さかったんですよね?
マサヒデ様のは、普通の刀より長いですけど」
「馬に乗っても使えるように作ったからだと思う。
昔は人も小さかったけど、馬も小さかったんだ。
それを考えると、丁度良い長さじゃないかな」
「なるほど!」
「今は普通の刀の形だけど、元々は柄も今より長かったと思うよ」
納得、とマツが頷く。
「後から、普通の刀の姿に変わったのですね」
「恐らく、だけどね。あ、そうだ。まだある。
その頃って、剣術ってものがほとんど無かったんだ。
まあ、刀が生まれたばかりってのもあるけど」
「えっ」
「刀って、その頃の戦じゃあ、ほとんど使われなかったんだ。
ほら、槍、弓が並んでる所に、刀で向かって行くってどう思う?
しかも、戦だから相手は鎧も着てる」
「あ・・・なるほど」
「刀は、槍なんかが駄目になって、さらに逃げられないって時に使うくらい。
あと、槍の中に入って行って乱戦になった時とか。
本格的に剣術が出来てきたのは、人の国の戦が終わってから。
戦が終わって、馬に乗って戦う事、鎧を着る事が少なくなったからなんだ」
「はー・・・」
「そして、刀工の祖、コウアンが生まれ、本格的な刀の時代が始まるんだ。
色々な作り方、色々な刀匠が生まれてきたけど・・・
段々と、単なる武器から、見た目に美しさを兼ね備えるようになってきた。
武器としてより、美術品として作っちゃうような伝もあるくらいだ。
さて、これはなぜだと思う?」
「え? ええと・・・」
クレールが考え込む。
マツが手を挙げて、
「おしゃれですね」
ぱん! とイマイが手を叩き、
「マツ様、正解! 貴族の皆さんが、使いもしない派手な剣を持つのと同じ。
作り方からして、刃紋や地金に美しさが出るのは当前だけど、さらに彫りを入れたりして、拵えも派手にするようになったわけ」
「なるほど!」
イマイが引き出しから刀を出す。
鞘には上から下まで龍やら虎やらが彫られ、金で装飾されている。
「例えば、こんな感じに」
「す、凄いですね、これ・・・」
「本当・・・」
さすがにマツとクレールも絶句して、派手な拵えを見つめる。
あまりに派手すぎて、下品にも見えてしまう。
「でも、中は大したことないんだ。いや、大した事ないって言いすぎか。
まあちょっと良いかなって所。贈り物、飾り物の刀。
中より、この拵えの方が遥かにお金が掛かってる。
表は派手なだけで中がその程度って、それ武器として正しい? でしょ?」
「確かに・・・」
「元々の美しさもあり、一旦は戦の世も終わった、という理由もあって、刀は武器としての面は段々と薄れてきた。だけど・・・」
イマイが派手な刀をしまって、別の刀を出す。
先程の刀と比べると、比べるまでもなく地味な拵えだ。
「美しさと、武器としての面を正しく持つのが、本物の刀・・・」
すうっと抜くと、きらきらと輝く美しい刀。
「例えばこんなの」
「ああ・・・」
「すごい・・・」
「これが、本物の美しい武器、本物の刀。
ただ綺麗というだけで、重要美術品とかになっている刀も多い。
でもそういうのって、綺麗だけど惹き込まれるって感じはしない。僕はね。
なぜか。本来武器なのに、美術品止まりの刀だから。
武と美の両面が高く正しくある刀には、不思議と人を惹き込む力がある。
それを打つのが、名刀匠なんだと僕は思ってるんだ」
イマイが目を細めて、刀を見る。
「例えば・・・動物で言うと、虎や豹のような・・・
美しい、しかし、獰猛で恐ろしい・・・
ああいう動物、武と美だと思わない?」
マツもクレールも、うっとりして刀を見る。
にや、とイマイが笑って、
「んふふ。実はこれ、お奉行様のなんですよ」
「えっ!」
「お奉行様の!?」
イマイが慎重に刀を納め、
「お仕事柄、これで何人も斬ってきたでしょう。
武の面はあります。そして、これだけ美しい」
「・・・」
イマイが納めた刀を見つめ、少し沈黙して、
「この刀を打った人は、これは凄いと国王に腕を認められ、ついに一介の鍛冶職人から貴族にまでなった」
「やはり! 素晴らしい腕だったのですね!」
「王にも認められるほど、凄い人だったんですね!」
イマイが頷いて、
「だけど、1年もせずに貴族の位も、それまでに領地から得た収入も、全部を返上して、ただの鍛冶職人に戻ったんだ」
「え? 何故でしょう」
「そうですよね。せっかく認めて下さったのに」
「職人としての腕を認められた貴族の位だから、毎日鍛冶仕事はしてた。
だから、領地経営は、国が与えてくれた人が全部やってた。
この刀匠は思った。これで貴族を名乗って良いのか?
そもそも、爵位を受け取って良かったのか?」
「・・・」
「安々と爵位を受け取った自分の心を改めろ、と、以後カイシンと変名します。
自分の名を口にするたび、人から呼ばれるたびに、改心せよ。
一振り打ち、銘を刻むたびに、改心せよ。
そうして、刀鍛冶としての仕事に真剣な心を向けた。
この刀を打った人は、そんな人だった・・・」
イマイがマツに刀を差し出す。
「両手を出して下さい」
「は、はい」
マツの手の上に刀を乗せると、イマイがマツの横に座る。
右手に柄を握らせて、左手で鞘を握らせ、
「このように、刃は上を向けて。
絶対に横にして抜いてはいけません。縦に抜くんです。
鞘を前に向けて、ゆっくり引っ張って。固くても強く引かずに」
「ん、ん・・・」
く、と鯉口から刀の刃が出てくる。
「そのまま、右手をゆっくり引いて、鞘もゆっくりと前に」
刀が抜け、かくん、と鞘が落ちる。
「刀を抜く時はこうです。納める時は、逆です」
「こう・・・」
切先が上手く鞘に入らず、ふらふらさせていると、
「先を鞘の口に乗せるようにして、入れてみて下さい」
「ん、ん・・・あ! 入りました」
「ゆっくり入れて下さい。最後に、くっと締まるまで。
刀身の横をこすらないように、真っ直ぐ、慎重に」
「は、はい」
これはお奉行様の大事な刀・・・
緊張しながら、マツが刀をゆっくり入れていく。
く、と刀が鯉口で納まった。
うん、とイマイが頷いて、にっこり笑い、
「鑑賞する時は、このように抜き、納めます。
これで、刀の抜き方、納め方を覚えました」
「ありがとうございます」
「刀の一振り一振りに、先程話したような歴史があります。
ただ美しいな、綺麗だなって見るだけでは、刀は見えてません。
カイシンがどのような人だったかを思いながら、見てみて下さい。
見方の作法もありますけど、正直言ってどうでも良いです。
鑑賞で大事なのは、打った刀匠を思いながら見る事。
刀身を手で触ってしまわないようにだけ、気を付ければ良いです」
「はい」
「全体を見たら、目を近付けて見てみて下さい。
根本から先まで見ていくと、美しさの形が変わるんです。
皆さん、刃紋を見がちですけど、肌を見て欲しいですね。この刀は特に。
表と裏も、微妙に違うんですよ。
他のを見たくなったら、言って下さいね」
そう言って、イマイは立ち上がり、研ぎ船(研ぎ作業をする所)に座る。
横に置いてあった研ぎの途中の刀を取ると、部屋の空気が変わった。
あ、とマツがイマイを見る。
クレールがそっとイマイの近くに座り、
「本日は、どのような研ぎでしょう」
「これは据物斬りに使ってた刀。
欠けたりしちゃって、あんまり斬れなくなっちゃったんだね。
この鈍くなった刀を、また斬れるようにするんだ」
イマイが茎に布をしっかり巻いて、クレールに持たせる。
紙を取り、刃を乗せて、
「そのまま、下に押し付けないように、ゆっくり引いてみて下さい」
すうーっと引いていくと、斬れていく途中で、かつっと引っ掛かり、紙が破れてしまった。
「今破れた所で刃毀れした、という訳だね。
その先にも、いくつか捲れとか、欠けがあるから、それを綺麗に戻すんだ」
「なるほど・・・」
イマイがクレールの手から刀を受け取り、砥石に乗せる。
「この砥石は中名倉って言って、ここで結構肌が立ってくるんだ。
そうだよ、肌が見えてくるんだよねえ。僕はここの研ぎが一番好き。
ここか、次の細名倉の段階で、刀の斬れ味は戻るんだ。
この先は、美術品としての研ぎと言って良いかな。
雲切丸は刃紋が見たくて、次までやっちゃったんだけどね。んふふふふ」
ぴちゃ、と水を垂らし、イマイの研ぎが始まる。
始まった瞬間、部屋の空気が引き締まり、鋭い緊張に包まれる。
すりすりすりすり・・・
刀を研ぐ、静かな音。
合間に、ぴちゃ、と水を垂らす音。
クレールが膝の上で拳を握り、目を皿のようにして見ている。
マツも雰囲気の変化に驚いて、カイシンを抜きもせず、イマイを見つめる。
一旦研ぎを止めて、刃を水平にして目を細めるイマイは、まるで別人。
2人が小さく喉を鳴らして、イマイの仕事を見つめる。